第7話 奇妙な休戦協定、あるいは蜜と革のサンドイッチ

路地裏に満ちていた黄金の光が、蛍の光のように淡く空へと溶けていく。  後に残されたのは、静寂と、気絶してぐったりと横たわるルカ、そして壁にもたれて荒い息を吐く二人の女性だけだった。


「……ふぅ。なんてデタラメな魔力だい。街中の人間が起きちまうかと思ったよ」


 マイアが髪を乱したまま、深い溜息をついた。


 彼女は痛む体を起こし、倒れているルカへと視線を向ける。その瞳にあるのは、先ほどまでの獲物を狙う欲求に加え、何か得体の知れない「畏敬」に近い感情だった。


「……貴様のせいだ、泥棒猫。ルカに無理をさせた」


 エルザが剣を鞘に戻し(鞘は近くに転がっていた)、ふらつきながらルカの元へ歩み寄る。


 彼女はルカを抱き上げようと膝をつき、その白く透き通るような頬に触れた。


「熱い……。魔力の放出で、知恵熱を出しているのかもしれん」

「連れて帰るんだろ? 団長様」


 マイアが、いつの間にかエルザの背後に立っていた。


 エルザは鋭い視線を向けるが、マイアは両手を上げて降伏のポーズをとる。


「休戦だよ、休戦。こんなところでまたやり合って、あの子をこれ以上傷つけたくないだろ? ……それに、今の光で衛兵や野次馬が集まってくる。ここを離れるのが先決さ」


 エルザは数秒間、苦渋の表情でマイアを睨みつけた後、小さく舌打ちをした。


「……いいだろう。ただし、騎士団のキャンプに着くまでだ。変な気を起こせば、今度こそその首を刎ねる」

「はいはい、怖いねぇ。……ほら、貸しなよ。アタシが道案内してやるから」


 マイアはそう言うと、自身の黒いマントを広げ、エルザとルカをその影の中へと招き入れた。




 夜の街を、三つの影が音もなく駆け抜ける。


 エルザはルカを大切に横抱きにし、マイアが盗賊のスキルで気配を殺して先導する。


 ルカはエルザの腕の中で、浅い呼吸を繰り返していた。


 無意識に寒さを感じたのか、彼は身を捩り、エルザの胸元へと顔をうずめる。


「ん……うぅ……」

「よしよし、大丈夫だ……。すぐにお家テントへ着くからな」


 エルザは走りながら、ルカをあやすように背中を撫でる。


 その指先が触れるたび、ルカの背中に残る光の羽の残滓が、微かに明滅した。  インナー越しのエルザの豊かな胸の弾力が、クッションとなってルカの顔を優しく受け止める。その光景を横目で見ていたマイアが、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「ちぇっ。役得だねぇ、団長様は。……帰ったら、アタシにも触らせておくれよ?」

「断る。……と言いたいところだが、貴様の協力がなければ、野次馬に見つかっていたかもしれん。……少しだけなら、許してやる」


 エルザの言葉に、マイアが目を丸くし、そしてニヤリと笑った。

 共通の秘密ルカを持ったことで、敵対していた二人の間に、奇妙な連帯感が生まれつつあった。






 騎士団の宿営地へ戻ると、幸いにも天幕の周囲は静かだった。

 エルザはルカを慎重にベッドへと寝かせる。最高級の羽毛布団の上に、ルカの白い体が沈み込む。


「……さて。約束通り、ここまでだ。出て行ってもらおうか」


 エルザが振り返り、冷徹に告げる。

 しかし、マイアは当然のようにブーツを脱ぎ捨て、ベッドの端に腰掛けていた。


「嫌だね。アタシも見張り番をするよ。……だって、アンタが寝てる隙に、他の誰かがこの子を盗みに来るかもしれないだろ?」

「貴様が一番信用ならんのだが……」


 エルザは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 だが、ルカが不安そうに身じろぎをし、何かを求めるように手を伸ばしたのを見て、議論を打ち切った。ルカを一人にするわけにはいかない。そして、この腕利きの盗賊を外に放り出して、また忍び込まれるよりは、目の届くところに置いておく方がマシだ。


「……勝手にしろ。ただし、ベッドの端だ。ルカに近づきすぎるなよ」


 そう言って、エルザはルカの左側に、マイアは(言いつけを破って)右側に潜り込んだ。







 小鳥のさえずりと共に、ルカは目を覚ました。  身体が重い。まるで、泥の中に沈んでいるように動けない。けれど、その泥は驚くほど温かく、甘い匂いがした。


「……ん?」


 目を開けたルカの視界に入ってきたのは、左右に迫る二つの「山」だった。


 左側には、エルザ。

 薄いインナーがはだけかけ、白く滑らかな肌と、重力に従って横に流れる巨大な胸の隆起が、ルカの顔のすぐ目の前にあった。彼女の腕はルカの首の下を通り、ガッチリとホールドしている。


 右側には、マイア。

 レザースーツのファスナーを少し下げ、胸元の谷間を露わにしている。彼女はルカに足を絡めるようにして抱きついており、その鍛え上げられた太ももの肉感が、ルカの腰回りをがっしりと挟み込んでいた。


「え……えええっ!? エ、エルザさん!? マ、マイアさん!?」


 ルカの悲鳴に近い声。

 それに反応して、二人の美女が同時に瞼を開けた。


「ん……。おはよう、ルカ。……良い朝だな」

「ふわぁ……。おはよう、天使様。……昨日の続き、しよっか?」


 右からは騎士の聖なる石鹸の香り。左からは盗賊の野性的な革と汗の香り。

 異なる二つの「柔らかさ」と「匂い」に挟まれ、逃げ場のない密着状態。

 初心なルカの顔は、瞬く間に茹で蛸のように真っ赤になった。


「あ、あの! ど、どいてください! くる、苦しいです……っ!」

「ダメよ。貴方はまだ熱があるかもしれない。……こうして、私たちが温めてあげないと」

「そうそう。病人は大人しく挟まれてなよ。……ほら、こっち向いて?」


 エルザがルカの頭を胸に抱き寄せれば、マイアが負けじとルカの下半身を太ももで擦り上げる。

 朝の天幕の中で、ルカの貞操を脅かす「二重の愛の檻」が完成していた。

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