第一章 アメリカから来た天才レーサー

第1話 Let's go ! WRX !

 ――


 寒さも落ち着き、若葉の緑が彩る6月上旬。日本モータースポーツのメッカである、三重県・鈴鹿サーキット。


 SUPER TC 第4戦・鈴鹿。

 決勝日の日曜日、グランドスタンドは満員。


 グランドスタンドから見下ろすホームストレートには、30台のマシンがずらりとスターティンググリッドに整列し、その前にはカーナンバーのプラカードを掲げたレースクイーンが立っている。


 モータースポーツとは、スポーツの世界と同時にエンタメの世界でもある。


 グリッド上では、各チームがレースに向けた打ち合わせや最終セッティングをしており、その中で所々ではメディアの取材を受けているレーサーもいたり、一般人が見学に訪れたりと、華やかな形相を呈する。



 4番グリッドに鎮座する、ブルーのスバル・WRX。

 それを背に立つ、ブルーのレーシングスーツを着た若い青年がいた。


 真っ赤な髪に、真っ白な肌。サングラスを頭に乗せたその姿は、一端のハリウッドスターに見えなくもない。

 ハイテンションで盛り上げるサーキットのDJが、グリッド順にドライバーを紹介していく。


『4番グリッド、カーナンバー6、CBE SUBARU WRX。ジョニー・ヤマダ!』


 ジョニーを紹介すると、観客からの歓声と拍手が響く。


「キャーッ! ジョニー!」

「ジョニーせんしゅー!」

「頑張ってー!」


 ジョニーが着ているレーシングスーツと同じ、ブルーのウェアを着たグランドスタンドの観客からの声援に、ジョニー・ヒデオ・ヤマダ、日本名『山田 英雄』はにこやかに手を振った。


「ジョニーくん!」

「社長。お疲れ様です」

 ジョニーに声をかけてきたスーツ姿の男性は、『チェリー・ブロッサム・エンタープライズCBE』の社長・櫻澤正照おうさわ まさてるだ。ジョニーのスポンサーであり、日本行きのチャンスをくれた大恩人。ジョニーの背筋が伸びる。


「今日は調子がいいと聞いてね。どうかね、調子は」

「マシンの状態はいいですよ。今日はいいとこまで行けると思います」

「そうかそうか、期待してるぞ。今日は娘も来てるんだ」

愛姫あきさんもですか。どこにいるんです?」

「グリッドに来てくれと言ったんだが、恥ずかしがり屋だからね。ガレージでモニターを見てるよ。『私が行くとジョニーが緊張しちゃうから』だそうだ」

「あはは、そんなこと無いのに」

 お嬢様だが、案外気を遣ってくれる娘だ。きっとテレビモニターから自分の姿を眺めているのだろう。


「"All set, Johnny. Car is ready.

."(セットアップは終わってるぞ、ジョニー)」

「"Copy"(了解)」

 チーフエンジニアの安田新一やすだ しんいちから告げられ、WRXのEJエンジンに火が点る。


「頑張ってくれよ、ジョニーくん。今日も応援してるぞ」

「はい、ありがとうございます」

 頭を下げると、社長はポンと肩を叩いてグリッドを後にしていった。


 ジョニーのマシンのエンジンが点火したのと同時に、各マシンのエンジンが始動していき、グリッドから人が離れていく。華やかなお祭りから一転して、ここからは戦いの世界になる。


 チーム監督の菅谷英治すがや えいじ、チーフエンジニアの安田新一やすだ しんいち、チーフメカニックの茶谷和夫ちゃたに かずお、データエンジニアの島津光祐しまず こうすけ、トラックエンジニアのロディ・アンダーソン、そしてアドバイザー兼スポッターの武信家たけ のぶいえらと綿密な打ち合わせを重ねながら、ジョニーはコックピットに腰を下ろす。


 シグナルのグリーンライトが点滅し、まずは1周のフォーメーションラップへと入る。


 レーサーたちは鈴鹿のコースをゆっくりと回りつつ、マシンを左右に振る。すこしでもタイヤに熱を入れる動きだ。

 場内では実況アナウンサーの潮田正治しおた まさはるが決勝グリッドを紹介している。


『ポールポジションは開幕戦ウィナー、BMWのエース、フランツ・ベックマン。2番手には第2戦のウィナー、昨年の王者・渡瀬純一わたせ じゅんいちのGRカローラが並びます』


『3番手はBMW期待の若手、サイボーグ・ツヴァイことラファエル・シュナイダー、そして4番手からは自己最高グリッド、ジョニー山田のWRXがチャンスを窺っています。ここまで外車と日本車が続きました』


『3列目は第3戦のウィナー、“日野マジック”都倉渥とくら あつしのシビックと、トヨタ期待の若手エース・神谷智之かみや ともゆきのカローラ』


『4列目からは、中川創一なかがわ そういち監督の秘蔵っ子・髙石大和たかいし やまとのシビックと、ピエール鈴木監督の秘密兵器、セバスチャン・デュラルージュのメガーヌが並びます』


『5列目に並ぶのは、英国紳士、マイケル・ブランドンが操るアウディRS3、そして最速の遺伝子を受け継ぐ男、星朋弥ほし ともやのスカイライン』


『6列目は外国人勢。イギリスからの刺客、アーノルド・フレッチャーのフォード・フォーカスと、WRCからの刺客、ミカ・トイヴォネンのカローラ』


『7列目はスカイライン勢。プリンス・オブ・ニッサン、公原竜也きみはら たつやと、ヨーロッパ帰りの貴公子、中津明なかつ あきら


『8列目は理論派と熱血漢の二人。東京大学理工学部卒のインテリレーサー、勝谷新太かつや あらたのカローラと、魂の走り屋、槌田岳つちだ がくのレクサスIS』


『9列目からは、トヨタの若大将、松井太陽まつい たいようのカローラと、異色の最速ゲーマー、ネルソン・ラモスのシビック』


『10列目はベテランの2人、金子拡かねこ ひろむのシビックと、森尾信二もりお しんじのGRプリウス』


『11列目に、スペインのマタドール、ドミンゴ・フェルナンデスのクプラ・レオンと、3年ぶりのシートゲット、矢野賢吾やの けんごのシビック』


『12列目は、共に予選は不本意に終わった、ボルボS60のドナルド・コールマンと、シビックを操る大英帝国の新星、バートン・ジョーンズ』


『13列目からは、カナダ系ベトナム人のジャック・スアンが駆るヒョンデ・エラントラと、アニメ、超音速レッツ号カラーのアルファロメオ・ジュリエッタを操る玉木徹夫たまき てつお


『14列目、プジョー306を操るオーナードライバーの二足の草鞋、佐藤修一さとう しゅういちと、最年長47歳、寺野君康てらの きみやすのマツダ3』


『そして最後列は、トラブルで予選ノータイムに終わった、フランチェスコ・ピアッツァと長谷川秋則はせがわ あきのりのスカイライン2台が、上位を狙っていきます』


『以上30台、ポールポジションから30位まで目が離せない、どれを見ても個性溢れるマシンとドライバー。オープニングラップは瞬きができないでしょう!』


 ――


『"Starting on softs. Temps look okay, should last around 15 laps. Just stay in the mix in the first stint."(スタートはソフトタイヤで行くぞ。この気温だと、タイヤは15周くらいまでは持つはずだ。とにかく前半は食らいついていけ)』

「"Copy. I’ll push hard right from the start."(了解。前半からハイペースで飛ばします)」

「"Copy. Just watch out for the BMWs at the launch. They’re FR, they'll have the traction advantage. They're gonna dive in."(それからスタートはBMWに警戒しろ。あいつらはFRだ。スタートで伸びてくるぞ)」

「"Copy that." (了解です)」


 アナウンサーが熱くサーキットを盛り上げる中、ジョニーはアドバイザーの武と無線でやり取りをしつつ、マシンを左右に振ってタイヤを温める。


 開幕前のテストではマシントラブルで満足に走ることもできず、開幕戦でもマシントラブルが発生して、予選最下位から10周でリタイア。第2戦は何とか完走を果たし16位。

 そしてマシンにアップデートを施した前回第3戦では、ジョニーのミスでスピンしたものの、終盤までトップ10内を争い、ようやく浮上のきっかけが見えた。


 そして迎えた第4戦。さらなるアップデートを施したマシンはセッティングがばっちりハマり、自己最高の予選4位。初ポイントどころか優勝も夢ではないところへマシンを仕上げてきた。


 ここまでこれたのも、チームのメンバー。

 そして、応援してくれたファン。

 家族。

 ――そして、四人の女性たち。


 すべてに、意味がある。


 だからこそ、今日は負けられない。


 初ポイント。

 初表彰台。

 ――初優勝。


 どれもまだ、手にしていない。

 だが今日は、手を伸ばせる場所にある。


 そのためにも、そして更なる夢の為にも、このレースを戦う。


『さあ、ホームストレートの30台。勝つのはチャンピオンの意地か、それともドイツの誇りか、或いは青の勢いか、はたまた新しいヒーローか、その答えは50周後に明かされます!』


『"This is it, Johnny. The door is wide open. Make it count."(願っても無いチャンスだジョニー。思いっきり全てをぶつけろよ)』


「I’m on it.」


 ジョニーはステアリングを握り、アクセルを煽る。

 WRXのEJエンジンが、応えるように吠えた。


 前方には、カローラ。

 そのさらに前に、二台のBMW。

 そして、鈴鹿の1コーナー。


 ――逃げ場は、もうない。


 シグナルの3つの赤が、一つずつ消えてゆく。そしてグリーンが光り、ジョニーはアクセルを踏みこむ。



『ブラックアウト! レーススタートです!』


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