愛しいアナタにこの花を。

花より団子よりもお茶が好き。

【花言葉】

 その日は君との別れの日だった。

 だから私はその花を一輪用意して君に贈ったんだ。

 きっと君はいつか私を忘れてしまうだろう、それなら私の想いだけでも君に残したかった。

 例えその花が枯れようとも、私が君にその花を贈った事実は変わらない。


 それだけで

 私にはもう、何もいらないのだから――。


 ◇◇◇


【愛しい〝貴方〟に。】


 きっと君は気付いていないだろうね。

 私が君にどうしてこの花を贈るのか、けれど君はいつものように微笑むんだ。ちょっと照れくさそうに、でも心から嬉しそうに。

 そんな時の君の笑顔は、とても可愛らしい。


 なんて、言葉にしたらきっと君は「僕は、成人男性だよ?」って、困った顔をするだろうね。


 女の私などよりずっと女性のような繊細な心を持つ君は、時折そんな事を気にしている、けどだからこそ私は惹かれたんだ。


 私に無いものを、君はもっているから。


「どうしてこの花だったの?」


 別れ際、空港のロビーで君にその花を贈ると、君は不思議そうに聞いてきた。

 私が「君に贈るならこれしかないと思ったから」と言えば「そうなんだ」と、その一輪の花を眺める。

 何かその花に仕掛けられた謎でも解こうとするように。

 その姿が愛しくて無意識に見とれていると、気付いた君と視線が交わる。

 ふわりと太陽のように笑って「ありがとう」とはにかむ君。


 あぁほらやっぱり、思った通りだ。

 私はこんなに幸せでいいのだろうか。そう思いながらも君の可愛いらしさが私にも少しはあればとも思う。

 君はこんな私を良いと言ってくれるけど、いつか愛想を尽かして、もっと可愛いらしい人のところへ行ってしまうんじゃないかな。


「それじゃあ私はそろそろ行くよ」


 飛行機の出発の時間が迫っていた。旅立ちの日に相応しい気持ちのいい青空が、窓の外に広がっている。

 スーツケースを片手にその場から離れようとして、君が何かを言いかけ口を噤んだ。

 その胸に一輪の花をぎゅっと抱き締めて。


 私は飛行機の座席に腰を落ち着けると、静かに瞳を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶのは勿論……。


 あの時は、まさかその一年後に、君が私を追い掛けて来てくれるなんて思ってもみなかったよ。


「――どうしても貴女にこの花を渡したくて!」


 その日、私はまるで君が来るのを知っていたかのように、休みをとって家にいた。

 このところ忙しいのか君とは連絡がとれていない。既読だけがついたそれから目を背けて、今どうしているかとアパルトマンの窓から、美しい景観の街並みを眺めていると、その下でおろおろと立ち往生する見覚えのある姿に、思わず窓を全開に身を乗り出す。

 大きな声で名前を呼べば、気付いた君が顔を上げ、喜びと安堵が入り交じったように私の名を呼んで笑った。

 夢かもしれないと思いながら急いで君の元へと向かう。

 外に出れば少し大人びた君が、私と眼が合うと力強く抱き締めた。

 たった一年離れていただけなのに、どこか力強くなった君。

 夢ではないと実感すると、私も君をしっかりと抱き締め返す。


「良かった! 暗証番号がわからなくて入れなかったんだ! こっちは随分日本と違うんだね!」

「そんな事よりどうして君がここに?」

「どうしても今日、貴女に〝この花〟を渡したくて!」


 そう言って渡されたのは、四本の真っ赤な薔薇の花。


「……!」


 それは私が去年の今日、彼に渡した花と同じだった。


「本当に貴女はずるいよ。僕、あのあと調べて凄い焦ったからね」


 と言いながら、嬉し涙を浮かべる君は、やっぱり相変わらずだ。


「僕だって貴女しかいないよ」


 貴女に負けないサプライズをと、今か今かと今日この日を待ってたんだと。


「死ぬまで気持ちは変わりません」


 照れながらハッキリとそう言われた。

 その姿が愛しくて、その言葉が嬉しくて、柄にもなく私まで照れそうになる。


 翌日、私は真新しい花瓶を買って、四本の薔薇をそれに生けた。

 そしてそこにもう一本。


 全部で五本になった花を見て、君は眼を見開くと


「本当、貴女には敵わないよ」


 と、困ったように破顔した。



 私達は強く思う。


 〝あなたに出会えた心からの喜び〟を。


『愛しいアナタにこの花を。』END.


 ◇◇◇


【愛しい〝貴女〟に。】


 その日は貴女と初めて出会った日で、そして貴女との別れの日だった。


 数週間前に仕事で暫く、いやいつ帰って来れるか分からないと、貴女がいつものように淡々と述べた時、僕は驚きで思わず持ち上げた珈琲カップを落としそうになった。

 なんと答えるべきか分からずただ『そうなんだ』と、僕は平静を装って、マスターご自慢の珈琲を口にする。

 彼女に動揺を悟られたくない『行かないで』なんて、女々しい事を言うのは男として恥ずかしい。そう思ったから。


『頑張ってね』


 と、無理して笑って言えば、貴女は静かに微笑んで『ありがとう』と言う。


 どうしてそんなに落ち着いていられるのか、僕にはわからなかった。絶対こんなのおかしい。


(もしかして別れ話を切り出したいのか?)


 そう思うと不安と妙な見栄から何も聞けず、今日この日を迎えてしまった……。



「そろそろ、時間だね」


 空港のロビーで最後の一時ひとときを過ごしていると、貴女は言葉少なに一輪の花を僕に手渡した。

 とても綺麗で真っ赤な花を。きっと貴女の事だから、この花には何かしらの意味があるのだろう。

 けれどじっとその花を眺めても、そこにどんな意味が込められているのか、僕にはわからない。

 だから「どうしてこの花だったの?」と聞けば、貴女は「君に贈るならこの花しかないと思ったから」と言って、目元を緩め微笑む。

 その姿を見て僕はホッとした。少なくとも“別れの花”ではないのだと。

 きっとこの花には僕が想像するよりずっと素敵な意味が込められているのだろうと。

 そう思うと嬉しさと愛しさが込み上げて、僕は自然と「ありがとう」と微笑んだ。


「それじゃあ私はそろそろ行くよ」


 無情にも飛行機の出発の時間が迫っていた。

 涼やかな笑顔を見せた貴女は、スーツケースを片手に僕から離れて行ってしまう、そう思うと不安になって、思わず花をぎゅっと強く握る。

 貴女はとても素敵な人だから、きっとあちらに行っても誰にでも好かれてしまうのだろう。

 そうなった時、貴女は僕を覚えていてくれるだろうか?

 僕以外の誰かを、選んでしまうのではないだろうか。

 最後に何か声をかけたくて、でも今この口を開いたら、多分情けない言葉しか出て来ない。

 貴女を乗せた飛行機は、あっという間に青空へと消えてしまった。


 僕は一人、空港を背に家へと向かい、貴女から貰った一輪の花を見つめる。

 この花は、不安がる僕を慰める為にくれたのではないだろうか。

 だとしたら、自分はなんて情けないのだろう。

 昔からよく言われるのだ。この顔のせいも相まって女みたいとか、女々しいとか。

 けれど確かに僕は、男らしくない。いつもそうだ。むしろ男らしいのは……勿論そんなところが凄く素敵だし尊敬しているけど、僕は……。

 貴女はこんな僕がいいと言ってくれるけど、本当にそうだろうか。

 考えれば考えるほど、不安になっていく気持ちを振り払い、携帯で花の意味を探る。

 いったい何を僕に伝えたかったのだろう。少し緊張し、掌に汗が滲む。

 見つけたページをスクロールすると、そこに求める答えがあった。

 心臓が、大きく脈打つ。


(一つは一目惚れ、もう一つは)


「……アナタしかいない」


 彼女がくれた花は、一輪の真っ赤な薔薇。

 薔薇は色や本数によって花言葉が違う。


「赤い薔薇はあなたを愛しています。そして一本ならアナタしかいない」


 思わず来た道を振り返った。彼女を乗せ消えた先の空を見上げて、カァと顔が熱くなる。いや全身が火照ったように。

 あぁもう貴女は本当に。いつもいつも。


「どうして一番欲しい言葉をくれるんだ」


 なんと言うサプライズだろう。もう先程までの不安なんて、全てどこかへ消え失せてしまった。

 あぁなんて事だ。貴女はこんなことを恥ずかしげもなくさらりとやってのける。


 僕は貴女に敵わない。


「いや、違う」


 このままでいい筈がない。僕だって貴女に負けない。

 この気持ちを伝えたい。



 ――その翌年。

 僕は海を越えてその場所にいた。勝手の分からぬ街に翻弄されながら、貴女に教えてもらった情報を頼りに、白いアパルトマンを見つけ出す。

 出入り口のパスコードが分からず困っていると、上の方から懐かしい声がした。

 ずっと間近で聞きたかった声、たった一年の月日は何十年にも感じられてとても長かった。

 顔を上げると沢山並んでいる窓の一つに思っていた通りの、いや以前よりも魅力的な彼女がこちらを驚いた顔で見ている。

 嬉しくてホッとして、名前を呼べば、貴女は直ぐに引っ込んだ。


 貴女が降りて来てくれる短い間、僕の胸はやたらと煩い。ドキドキドキドキと、こんなに胸が高鳴ったのはいつぶりだろう。


 ずっと、今日この日を待っていた。

 逸る気持ちを押さえてずっと――。


 走って来る貴女と目が合うと、僕は我慢出来ずに強く強く抱き締める。

 あぁ貴女はこんなに細かっただろうか。こんなに小さかっただろうか。愛しさが後から後から込み上げる。

「どうしてここに」と問われ。


「どうしても今日、貴女に〝この花〟を渡したくて!」


 そう言って四本の真っ赤な薔薇を。

 直ぐにその意味に気付いて、貴女は僕を見上げる。


「本当に貴女はずるいよ。僕、あのあと調べて凄い焦ったからね」


 と言いながら、再会出来た事に嬉し涙が止まらない。


「僕だって貴女しかいないよ」


 それは貴女が僕にくれた花言葉。

 そして、僕が貴女に贈るのは――。


「死ぬまで気持ちは変わりません」


 その翌日。彼女の家の玄関には、真新しい花瓶が用意されていた。

 そこには僕が贈った花と、もう一本。

 全部で五本になった花の意味に驚いて


「本当、貴女には敵わないよ」


 と苦笑した。


 僕達は強く思う。


 〝あなたに出会えた心からの喜び〟を。



『愛しいアナタにこの花を。おまけ』END.



―― あとがき ――

【花言葉】

赤い薔薇:あなたを愛してます

一輪の薔薇:あなたしかいない

四本の薔薇:死ぬまで気持ちは変わりません

五本の薔薇:あなたに出会えた心からの喜び

薔薇やチューリップは一本で一輪とも呼ぶ。

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愛しいアナタにこの花を。 花より団子よりもお茶が好き。 @otyagskn

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