第二地区

 第二地区はのどかであった。


 それには、二つの理由がある。

 

 一つ目は、大陸中央部の未踏域地帯『アンノウン』から離れている為。


 二つ目は、聖王本国から物資の搬入を目的とする、港がある第一地区に隣接しているため、補給も潤うのだ。


「のどかだよな」


 そう呟いた移住市民のセカンド・フォレ―スは、家畜用の餌の牧草山の頂上に腰を掛け見上げる。


 彼の視線の先には、もう見慣れた青色がぼやけだし、緑色を含んだ黄土色に滲みだす空を見上げる。


「本当にいくの? フォレ―ス?」

 

 目を潤ませた少女に声を掛けられたフォレ―スの白い透き通った肌を、風土特有の冷気を帯びた風が通り抜ける。


 フォレ―スは少女の顔には目もくれず、自分の厚手の服の懐をまさぐりながら、少女の問いに答える。


「ああ、クチクに行く補給隊が今晩出立するからな。今日を逃したら次はいつか分からない」


 フォレ―スは懐から、焼け焦げ、泥と血で汚れた一冊の手帳を取り出す。それを見つめる彼の眼には燃える何かが確かに宿っていた。


 少女はフォレ―スのいる頂上への道筋を探すが、見当たらず、牧草山の周囲をメ―メ―鳴く山羊達と一緒にグルグル回りだす。


 フォレ―スは手帳のページを風にめくらせる。


 ほとんどのページが、破れたり、赤黒い染みを蓄えている。


 書き込まれていた文明人の象徴たる文字を、無秩序で美しくない芸術品へと変容させ、憂鬱な感情を見る者の心情に混ぜこむのである。

 

 その鬱憤を晴らすかのように、フォレ―スは溜め息と言葉を少女にぶつける。


「お前はついてくるなよ。あと、母さんにも言うなよ? いいな?」


「わかってるよ。フレアはママには言わないよ」


 フレアの言葉に、眉を顰めるフォレ―ス。


「つ・い・て・く・る・な」


「うっ! だって、だって、お兄ちゃんまでいなくったら、フレア……フレア……」


 嗚咽を始めるフレアに、呼応するかのように、子山羊達もメ―メ―鳴きを強める。


「泣くなよ。あと、お兄ちゃん呼びは恥ずかしいからやめろよ」


 フォレ―スは頂上から、身軽に大地に降り立つと、妹のフレアの頭を撫でる。


「ちゃんと、父さんと一緒に帰って来るからさ」


「本当?」


「ああ、本当さ!」


 フォレ―スは手帳の最後のページを見る。


 唯一読める最後の文字だけが、フォレ―スの目には、寝巻物語の財宝地図が如く煌びやかに、彼の眼を釘付けにする。


「帰ってきたらエアロス父さんと、皆と一緒に晩御飯を食べよう」


 フォレ―スは、黄土色に染まる空の方、大陸中央側の彼方を見る。


 そこには第九地区。通称『クチク』が血と硝煙と閃光を食み、さいごの可能性を文明人にみせるのだ。

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