第8話 光の正体

「……確か、あの時、」


私はゆっくりと視線を落とし、自分の両手を見つめた。

意識の奥底、あの凍てつくような庭園での出来事が、鮮明な情景となって蘇る。




氷解:ルーシィside


目の前には、白銀の氷の世界。

ノアールの小さな体から溢れ出す魔力は、鋭い刃となって周囲のすべてを拒絶していた。

近づけば、私の肌も、肺の奥さえも凍りついてしまいそうな暴力的な冷気。


(……助けなきゃ。このままじゃ、あの子が壊れてしまう)


私は、恐怖よりも先に体が動いていた。


ゲームの中の「ノアール」ではない。

今、目の前で震え、泣き叫ぶような瞳をしている、私のたった一人の弟を救いたい……!


その一心で、私は氷の礫のなかへ踏み込んだ。

頬を氷が切り裂き、体温が急速に奪われていく。


極限の寒さの中で意識が遠のきそうになったその時、私の頭の中に、直接響く声があった。


『ねえ、あの子を助けたいの?』


鈴を転がすような、無邪気で透き通った声。


(……ええ、助けたい。あの子を一人にしたくないの…っ)


心の中でそう叫んだ瞬間、視界が白銀の氷の世界から、眩い黄金色の光に塗り替えられたのだ。


『いいよ。今のルーシィになら、力を貸してあげる。……だって君、とってもいい匂いがするんだもの。精霊(ぼくたち)が大好きな、優しい魂の匂い』


その声が聞こえた途端、身体から熱い何かが溢れ出す。

それは、かつての「ルーシャリア」が持っていた傲慢な魔力ではない。大気そのものが私の味方になり、数千、数万の小さな光の粒が、私に集まってくる感覚。


(お願い……風の精霊達!!この子を助けてあげてっ…!!)


私がノアールを背後から抱きしめた瞬間、私から解き放たれたのは、凍土をも溶かす**「黄金の風」**。

それはノアールの氷を無理やり壊すのではなく、優しく包み込み、キラキラとした光の粒へと昇華させていった。


ノアの肩が、私の腕の中で震えから解放され、温かさを取り戻していく。


(……ああ、よかった……)


ノアールに「あなたは1人じゃない」と伝え、私は安堵し、そこで意識が途切れた。


最後に聞こえたのは、『またね、愛子(いとしご)ルーシィ』という、精霊たちの楽しげな囁き声。





「……そんな不思議な声が、聞こえたんです。それから、体中の魔力が外側の風と一つになるような感覚がありました」


私の告白を聞いたルージュ兄様は、深いため息をつき、信じられないものを見るような目で私を見つめました。


「精霊からの直接の語りかけ、そして魔力の完全な同調……。ルーシィ、それは紛れもなく、風の精霊たちが自らの意思でお前を選んだ証だ。マリアーヌが持つ『光』が単なる才能だとしたら、お前のあの『風』は世界の祝福そのものだよ」


「姉様……僕が助かったのは、姉様の優しさが精霊たちに届いたからなんですね」


ノアが私の手を、祈るように強く握りしめる。



私は、自分に宿ったこの温かな力の正体をようやく理解した。


これは、この世界を「ゲーム」ではなく「現実」として愛そうとした私への、精霊たちからの贈り物なのだと。


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元悪役令嬢は、知らぬ間に聖女になっていました!?(仮) y吉。 @y_kc

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