『防災行政無線』
示門やしゃ
第1話
『防災行政無線』
夜空一面に星が散らばっている。
澄んだ星空を一人の女──
彼女は週末に天体観測をして過ごしている。
──やっぱり、星はいいなぁ。人とは違って安定して綺麗だし。
本日金曜日は熱帯夜だが、クロップドトップスを着ているおかげで快適に過ごせている。その上、夜風が程よく肌に触れてきて気持ちいい。
明日は休日で、早起きする必要がないので心置きなく夜空を観察できる。夏の大三角を望遠鏡越しに見ていると、
『──』
防災行政無線から音楽が流れ出した。
「……え?」
時刻は深夜十二時。しかし、今流れている音楽は本来昼の十二時に流れるものだった。間違って放送されてしまったのだろうか。
辺りを見回していると、自宅前の通りに異変があった。深夜にも関わらず、夏祭りが開催される日のように人で溢れかえっている。
イベントでもあったのだろうか。と奈緒は考えたが、そのような告知は周りで聞いたことがない。それにイベントにしては話し声一つ聞こえず、異様な程静かだった。こんなことは初めてだ。
好奇心が湧いた奈緒はスマートフォンと財布をポケットに突っ込んで自宅を出た。
自宅前の通りでは虚ろな表情を浮かべた人々が同じ方向に歩いている。
「あのー、すいません」
集団の中の一人に話しかけてみるが、応答はない。それどころか、足を止める気配が微塵もない。
奈緒は歩幅を彼に合わせてついていく。今度は肩をゆすってみた。
「聞こえますか? 皆でどこに行くんですか?」
相変わらず、反応は帰ってこない。目線をたどってみると、焦点が合っておらず、どこも見ていないようだった。
集団の列はまだ先まで続いている。もう少し歩いてみることにした。
歩いても歩いても集団の列は途切れない。一体どこまで続いているのだろうか。
思えば、異常といえば防災無線と歩いている人々しかなかった。最初は好奇心がそそられたが、そろそろ飽きてきた。
──帰ろうかな。
そう思っていた所、向こう側から歩いてきた者とぶつかった。
「あっ、すいません」
奈緒は謝罪してぶつかった者を見た。その瞬間にひゅっと息を飲んで青ざめた。
それの表情は周りの歩いている人々と同じで、人の形を部分的に保っていたものの、左腕は黒いゲル状の物で肥大化していて、肩にはマゼンタ色の大きな目がついていた。
マゼンタ色の目で奈緒をにらむと、一直線に彼女の方へと走ってきて、肥大化した左手を伸ばしてきた。
後ずさりして尻もちをつく。間一髪で肥大化した左手からは逃れられたが、マゼンタ色の目が下を向いて再び奈緒に狙いを定めた。彼女は再び左手が伸ばされるよりも速く立ち上がって走り出した。
異形の者はその後を追って走ってきた。
異形の者を撒いて奈緒は駅前のショッピングモールにある駐輪場の影に身を隠した。
──なんなのあれ?
息をひそめて駐輪場の陰から顔を出すと異形の者がさっきよりも増えていた。
──さっきは一人ぐらいしかいなかったのに……。
追いかけられて無我夢中で逃げてきたが、安全地帯に来られたわけではないようだ。危険度は先ほどよりも上がっているように見える。
異形の者と集団を観察していると、最初とは違うものが見えてきた。前者はランダムに辺りを見回りするように歩き回っているが、集団は一方向に歩いている。なぜこんな違いがあるのだろうか。好奇心が湧いて駐輪場の影から身を乗り出してみる。すると、異形の者の一人がマゼンタ色の目を奈緒がいる方へ向けた。
咄嗟に身を隠したが、異形の者は駐輪場近くまで迫ってくる。奈緒は口を両手で抑えて、一分子の空気も外に漏らさないようにして息を殺した。
コンクリートを踏む音が鼓動を速める。背後には異形の者の気配がじりじりと近づいてくる。
強い視線が奈緒の背中に突き刺さってきた時だった。異形の者はどこかに走り去った。見られていたと思ったが、暗かったことが幸いしたのだろうか。とにかく、危機は脱したようだった。
好奇心はあるが、異形の者たちが跋扈している今の状況で飛び出すのは自殺行為だ。どうすれば集団の行先を見ることができるのだろうか。それとも、大人しく帰るべきだろうか。
少し考えて足元を見回す。落ちていた小石を拾って駐輪場の陰から出て、右腕を振って小石を遠くに放り投げた。そうすると、かんと音が鳴って異形の者たちの視線が一斉に音の方へと向いた。その隙に奈緒は集団の中に紛れ込む。
集団の中で歩幅を合わせて、表情を変えずに歩いていく。彼女の考えはこうだった。
──あの変な化け物が歩いている人たちには襲い掛からなかったから、この人たちに紛れ込めば私も襲われないはず。
音で引き付けた異形の者たちが戻ってきて、再び彼らは辺りをうろつき始めた。その中の一体が奈緒の近くまでやってくる。
──まずい。バレたか?
鼓動が高鳴ったが、精いっぱい無表情をキープする。その甲斐あってか、異形の者は何事もなかったかのように別の方向へと歩いて行った。奈緒の目論見通り、安全に集団の行先を特定することができそうだ。
集団の中に紛れて歩いていると、山の方に行きついた。ここには駅前とは比べ物にならない程虚ろな表情を浮かべた人々が集まっていた。
頂上へ向かう坂道は足場が悪く、少し油断すれば転びそうだった。気を引き締めなくては。周りには異形の者たちが跋扈している。そんな中で転倒すれば間違いなく見つかる。
──大丈夫。万が一でも逃げられる。
奈緒も無策でここに来たわけではなかった。頂上へ続く道は森を切り開くようにして作られている。もし見つかったとしても草むらや木々の間に紛れて逃げれば身を隠しながら逃げることができる。
大丈夫。大丈夫と奈緒は心の中で自身に言い聞かせる。というのも、こうでもしなければ恐怖を払拭できなかったからだ。鼓動から息づかい等も全て異形の者たちに見られているのではないかと思うと気が気でなかった。
頂上に近づくと、マゼンタ色の光が見えてきた。あの場所には神社があるはずだが、いつもと様子が違う。
背伸びをして集団の先を見ようとした時だった。背後からぶつかられて転倒した。それに巻き込まれて集団の中で複数人が転倒した。
異形の者たちが一斉に奈緒の方を向き、一直線に走ってきた。作戦通りに木々に紛れようとしたが、それよりも速く異形の者が立ちふさがり奈緒を組み伏せた。
身をよじって逃げようとするが、首にかかった手は力が強すぎて振りほどくことができなかった。
「っぐ、あぁ、が……」
苦しくて声が漏れる。どうやら、抵抗すればするほどきつく絞められるようだった。振りほどくことはできない。
異形の者は奈緒を持ち上げるとマゼンタ色の光が見えた方向に運び出した。
──あっちに運ぶんだとしたら、運ばれた先で……。
拘束が解かれるはずだ。そう考えて、奈緒は抵抗をやめた。
案の定、マゼンタ色の光がある方向には神社があった。しかし、空が光っているだけで光源が何かは分からない。
そうこうしているうちに境内に運ばれてきた。目の前にはお社が見えて、その周りを集団が囲んでいる。
異形の者にお社の前に運ばれると、予想通り奈緒の身体は地面に落とされた。その瞬間に、彼女は全力で走り出した。一秒でも早くその場を立ち去ろうと、全力で腕と足を動かした。
異形の者が追ってきている気配はない。逃げられる。そう思っていたときだった。
マゼンタ色の光が奈緒の背後で強く輝いた。
その光はとても魅力的に感じられて、今すぐにでも後ろを振り返りたかった。だが、本能がそれを拒絶する。振り向いたら取り返しがつかないことを理屈ではなく感覚で理解していた。だが、光の魅力に抗えず、奈緒はついに振り返ってしまった。
──ああ、きれい。
星のようなマゼンタ色の大きな目玉が彼女を見下ろしていた。それは奈緒が今まで見たどの季節のどんな星よりも美しかった。
強い衝撃が腹部にぶつかり、中に異物感が発生した。視線を落としてみると、臍に黒い触手のような物が突き刺さっていた。かなり奥まで入っているにも関わらず、痛みはない。根を張るように黒い血管のような物がカビの菌糸のように奈緒の身体を臍から腹、胸から首へとぞわぞわと心地の良い感覚を伴って侵食してくる。
「っお、おおおおっ──あっ」
頭まで侵食が到達したと同時に、思考が全て消滅し、奈緒は白目を剥いて、彼女の上半身は破裂して黒いゲルになって辺りに飛び散った。残された下半身は溶けて地面の中に染み込んでいった。
布団の中に潜っていると、防災無線から音楽が流れた。
『──』
少年は気になって布団から出てみる。時刻は夜の十二時だった。この時間に音楽が流れるのはおかしい。
月明りが差し込むカーテンの向こう側にぞろぞろと歩く人影が見えた。好奇心の赴くままに少年はカーテンの隙間から外を覗いてみた。
外には虚ろな表情を浮かべた人々が同じ方向に歩いている。見た目は普通の人間と変わらなかったが、どこか異常な光景だった。その中にひと際目立った存在がいる。クロップドトップスを纏った虚ろな表情を浮かべた女。だが、両腕が黒く変色して肥大化していた。
少年は青ざめてカーテンを閉じ、再び布団の中に潜った。
『防災行政無線』 示門やしゃ @zimon-yasha
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