第57話

父の体が重い。まだ温かい。焔(ほむら)がそれを抱きしめた、自分に押し付けた。涙が頬を流れた。もう一つ。翔(かずと)の顔に滴った。


「やっと見つけたのに…すぐに失った」


手が震えた。喉にしこり。呼吸が苦しい。


遠くで——轟音。叫び声。首都が燃えていた。煙が柱となって上がっていた。


「彼らには俺の助けが必要だ…」


ゆっくりと体を地面に下ろした。父の目を閉じた。手が頬に留まった。


「許してくれ…」


立ち上がった。脚がよろめいた。一歩踏み出した。もう一歩。


「もう隠れるのは十分だ」


視線を上げた。突然——空に何か。人影。地面の上を漂っていた。首都から遠い。二キロ、三キロかもしれない。


緑の髪が風になびいていた。


記憶が揺さぶられた。零司(れいじ)の話。緑の髪の少女について何か。彼女がその日いたと。


「彼女か…」


怒り。熱い。どこか腹の底から上がってきた。胸を満たした。手を。頭を。


歯を食いしばった。きしむまで。


地面を蹴った。


黒い炎が燃え上がった。全身を覆った。


飛んだ。彼女に向かって真っ直ぐ。


-----


帆香(ほか)が空中に浮いていた。首都を見ていた。唇を噛んだ。血が出るまで。


涙が頬を滑り落ちた。


「こんなにやらかして…すべて何のため?!」


拳を握った。爪が掌に食い込んだ。


「これを終わらせないと…」


首都に向かって手を伸ばした。深い息。


目の端で——動き。速い。黒い。


「翔?いや…彼じゃない」


振り向いた。反応する一秒。


黒い炎が彼女に直撃した。波。激しい。


周りの空気が渦巻いた。瞬時に。球体。密度が高い。狂ったような速度で回転した。


炎が空気の壁に当たった。四方八方に飛び散った。通らなかった。


焔が向かいに浮いていた。顔が怒りで歪んでいる。目が燃えていた。


「一体誰だこいつは?!」


帆香が頬から涙を拭いた。速く。急に。


焔が手を上げた。連続爆発。


*ドーン-ドーン-ドーン*


次々と。明るい閃光。轟音。


球体が跳ね返された。しかし貫通しなかった。空気が密すぎる。速すぎる。


帆香が怒り始めた。


「馬鹿!助けようとしてるのに!」


拳を握った。急に。


半径五百メートル内の酸素——消えた。吸い出した。瞬時に。


焔が感じた。肺が収縮した。酸素がない。全く。


しかし黒い炎は消えなかった。燃えた。明るく。さらに明るく。しかしマナがより速く消費された。酸素なしで——消費が膨大。


帆香が見ていた。目が見開かれた。


「彼の炎は酸素に依存していない?!」


——馬鹿!——彼女が叫んだ。——あなたたちを助けたいの!


焔が答えられなかった。


「誰を騙そうとしてる?」


彼女に向かって突進した。


帆香が息を吐いた。疲れて。


「選択肢を残さない」


掌を前に。急に。


空気圧。巨大。山のよう。彼の体のすべての点に。


焔がまるでハンマーで打たれたかのよう。四方八方から。空中で凍りついた。


圧力が離さなかった。押しつぶした。より強く。さらに強く。


焔が動こうとした。炎をもっと、遠くに放とうとした。できなかった。体がこんな力では震えることさえできなかった。


帆香が隣に立った。ゆっくりと。滑らかに。


——望めば…——声が平坦だった。——あなたを殺せた。


一歩近く。


——でももう多くの過ちを犯した。そして今…せめてこれを正させて。お願い。


焔が彼女を見た。怒りがまだ煮えていた。


「もし彼女が嘘をついてたら?」


手を動かそうとした。圧力が押し戻した。


「彼女は既に俺を始末できたはず…」


「分かった…でも嘘をついたら…」


頷いた。かろうじて見える程度に。


帆香が手を下げた。圧力が消えた。酸素が戻った。


焔が地面に落ちて貪欲に酸素を吸い始めた。咳き込んだ。嗄れた。痛い。


*ゴホッ-ゴホッ*


——でも嘘をついたら!——彼が咳の間に喘いだ。


——殺していい。——帆香が簡単に言った。


焔が膝をついた。まだ咳き込んでいた。彼女を見た。


帆香が首都に向かって振り向いた。


深い息。長い。まるで一生分の空気を吸い込むかのよう。


息を吐いた。


手を体の前で組んだ。指を絡めた。


空気が震えた。渦巻いた。最初はゆっくりと。それから速く。


渦。細い。首都に向かって飛んだ。


途中で拡大した。成長した。巨大になった。


壁に達した。都市を巻き始めた。螺旋状に。下から上へ。


「ルーンが彼女に内側の空気を制御させない…」


しかし帆香が外側の空気を回していた。そしてそれが内側の空気を引きずった。技術。シンプル。容赦ない。


渦が強まった。唸った。ここからでも見える。巨大。塵と煙で灰色。


帆香がもう一度息を吐いた。長く。とても長く。


焔が見ていた。理解できなかった。


——何をしてる?!


帆香が手を下ろした。渦が自分で回り続けた。


——これすべての前に…——声が静かだった。——俺たちの兵士全員が物質を吸い込んだ。


間。


——そして別の物質と組み合わせると毒ガスができる。——彼を見た。——この二番目の物質が圧縮された形で空気を使って俺の肺にあった。


焔が飛び上がった。


——俺たちの者を殺したのか?!


——いいえ!——帆香が首を横に振った。——言ってるでしょ。俺たちの兵士だけが最初の物質を吸い込んだ。これすべての前に。これは計画だった…


——どんな場合のために?!


——兵士たちが破途(はと)に背いた場合のために。


焔が凍りついた。


「まさか彼はそこまで考えていたのか?!」


——時々彼は偏執的だ。でも…彼の偏執症がたった今命を救った。


手を差し出した。


——帆香と言います。


焔が手を取らなかった。不信の目で見た。


——それでもお前を信用しない。


間。


——焔。


-----


首都で何か奇妙なことが起きていた。


兵士の久(ひさし)が通りを歩いていた。手に剣。前方に——三人の守備兵。壁に押し付けられていた。


振りかぶった。そして突然——目の前が暗くなった。


剣が落ちた。石に音を立てた。


脚がよろめいた。膝をついた。


「何だ…俺に何が…」


喉が締め付けられた。空気が入らなかった。喘いだ。


隣に——もう一人。倒れていた。胸を掴んでいた。


そしてもう一人。もう一人。


通り全体で。都市全体で。


久の兵士たちがまるで刈られたように倒れた。次々と。


誰かが立ち上がろうとした——できなかった。誰かが這った——遠くまで行けなかった。


首都の守備兵たちが見ていた。ショックで。理解できなかった。


一人が倒れた者に近づいた。慎重に。剣で突いた。


体が動かなかった。


——彼は…死んでる!


もう一人を確認した。同じ。


——奴らが死んだ!——彼が叫んだ。——みんな死んだ!


沈黙。一秒。二秒。


それから——叫びの爆発。


——耐え抜いた!


——勝利だ!


——雪姫(ゆきひめ)女王万歳!


叫びが都市の上を運ばれた。焔と帆香にまで届いた。


-----


久が天幕に座っていた。テーブルに。目の前に——地図。しかしそれを見ていなかった。


手に——小さな肖像画。七歳くらいの少年。微笑んでいた。歯が抜けて。乳歯が抜けた。


「なんて速く成長するんだ…」


肖像画の顔を指でなぞった。


「覚えてる、自分もそうだったのを。あの頃があったのに…」


目を閉じた。思い出した。


祖父。優しい目。物語を語った。剣の持ち方を教えた。


それから——火事。叫び声。煙。


「祖父…」


目を開けた。肖像画をテーブルに置いた。


——昔のことだ。——声に出して言った。——でも今日…今日俺の復讐が果たされる、祖父。


立ち上がった。背筋を伸ばした。


——お前にそうした者たち…今日代償を払う。


間。


——自分の手で一人一人絞め殺したかった…——拳を握った。——でも少なくともこうして。


出口に向かった。幕を開けた。


そして突然——めまい。急な。


テーブルの端を掴んだ。よろめいた。


鼻に——奇妙な匂い。甘ったるい。くどい。


目が泳いだ。


「何だ…これは…」


力を集めた。テーブルから押し出した。外に出た。


——護衛!——声が嗄れた。——来い!


辺りを見回した。


誰もいない。


いや。完全にではない。


破途が五メートルほどのところに立っていた。背中を向けて。首都を見ていた。


隣に——少女。青い髪。同じくそちらを見ていた。


そして周りに——体。兵士たち。至る所に。倒れたまま横たわっていた。


久が一歩踏み出した。脚が支えなかった。膝をついた。


破途が振り向いた。見た。顔が静か。感情なし。


首都に向かって戻った。それからまた久に。


ゆっくりと彼に向かって歩いた。


久が顔を上げた。困難に。


——お前…生きてるのか?!


——明らかに。


破途が数歩のところで止まった。上から見下ろした。


黙っていた。久が弱っていくのを観察していた。


——ところで、お前の祖父…——声が平坦だった。——氷水(ひょうすい)は関係ない。


久が震えた。目が見開かれた。


——何?!


——本当の殺人者はもう死んだ。——破途が彼の目を見た。——お前は間違った相手と戦っていた。


久が何か言おうとした。口が開いた。閉じた。言葉がなかった。


破途が黙って観察していた。一秒。二秒。


——まあ…もうどうでもいい。


振り向いた。戻っていった。


久が手を伸ばした。空気を掴んだ。喘いだ。


それから——沈黙。


手が落ちた。体が沈んだ。顔を地面に。


青い髪の少女が少し顔を背けた。死体を見なかった。


破途が彼女に近づいた。


——俺たちの間で自己判断が花開いた…——声が冷たかった。——もしかしたらこれで良かったのかもしれない。


少女が彼を見た。それから首都を。唇を少しすぼめた。


何も言わなかった。


首都で——叫び声。喜びの。勝利の。


雪姫の兵士たちが都市を制圧していた。通りごとに。家ごとに。


戦争が終わった。


章の終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る