使命


 その場所は、どこまで行っても乾いた土と岩が続く、果てしない荒野だった。

 そんな荒涼とした世界のただ中に、ぽつんと一軒の小さな家が立っている。そこで田中氏は、もう何年も一人で暮らしていた。

​ 田中氏の仕事は、きわめて単純だった。

 毎日、朝から晩まで、家の壁から突き出た奇妙なレバーを、一定の間隔で右から左へ動かす。ただ、それだけである。

 レバーを動かすたびに、家のどこかで「ゴトリ」と重苦しい音が響く。だが、それ以外に何が起きるわけでもない。

​「一体、これが何の役に立っているのだろう」

​ 最初の頃、田中氏はその疑問にさいなまれた。しかし、食料と水は週に一度、自動輸送機によって規則正しく届けられる。この仕事を続けている限り、生活に困ることはなかった。

 やがて田中氏は考えるのをやめた。自分は選ばれた「重要な管理人」なのだと言い聞かせ、ただ黙々とレバーを動かし続けた。これは世界を支える、目に見えない歯車の一つなのだ、と。

​ ある日のことだ。レバーの付け根が、経年劣化によってポロリと外れてしまった。

 田中氏は真っ青になった。世界が崩壊するかもしれない。彼は震えながら、レバーが刺さっていた壁の隙間を覗き込んだ。

​ 壁の中には、複雑な機械も巨大な歯車もなかった。

 そこにあったのは、レバーと連動して動く小さな木の棒と、その先に繋がれた一匹の腹を空かせたネズミだった。

 田中氏がレバーを動かすたびに、木の棒が回転し、ネズミの鼻先にエサが一粒だけ落ちる。ただそれだけの装置だったのだ。

​「そんな。私の仕事は、ただネズミにエサをやることだったのか?」

​ 呆然とする田中氏の耳に、聞き慣れない足音が届いた。

 外を見ると、調査員たちがノートを片手に歩いてくる。リーダー格の男が事務的に告げた。

​「ご苦労様。実験終了だ。『人間は全く無意味な作業を、どの程度の期間、使命だと思い込んで継続できるか』というデータの収集を完了した。君は期待以上の忍耐を見せてくれたよ。……ああ、そのネズミも回収しておいてくれ。もう用済みだ」

​ 田中氏がふと見ると、あの一軒家も荒野の景色も、ホログラムのように揺らぎ始めていた。

 彼の手元には、一匹 de ネズミを養うためだけに一生を捧げたという事実と、折れたレバーだけが残された。

​(終)

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予定された偶然 @makalonEX

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