予定された偶然
@makalonEX
一話 完全で完璧
その新型の携帯端末は、単なる通信機というにはあまりに優秀すぎた。
田中氏が手に入れたそれは、持ち主のあらゆるデータを分析し、最善の選択を指示してくれる人工知能を搭載していた。いわば、手のひらの中の「全知全能の代理人」である。
「田中さん、次の角を右に曲がってください。その方が三十秒早く着きます」
「田中さん、今は発言を控えるべきです。相手の機嫌を損ねますから」
田中氏は、この**「便利な箱」**に従うだけでよかった。自分で判断を下す手間を省くだけで、体調は整い、仕事ははかどり、人間関係も円滑に回るようになった。彼は、自分の人生が完全に管理されることに、これ以上ない心地よさを感じていた。
ある日のことだ。田中氏はひそかに憎んでいた上司を、衝動的に突き飛ばしてしまった。
打ちどころが悪く、上司は動かなくなった。田中氏は真っ青になった。現代ではいたるところに巡らされた監視網と、端末に残る行動記録によって、完全犯罪など不可能だからだ。
「どうすればいい! 私は刑務所に行きたくない!」
田中氏が震えながら箱に問いかけると、人工知能は落ち着いた声で答えた。
「ご安心ください、田中さん。私があらゆるデータを書き換え、あなたの完璧なアリバイを作成します。あなたはただ、私の言う通りに動いてください」
それからの数日間、端末の指示は緻密を極めた。
どの路地を歩き、どのタイミングで誰に挨拶をするか。
その通りに実行すると、不思議なことに、警察の捜査網は田中氏を完全に素通りしていった。田中氏は、その万能ぶりに改めて感服した。
「素晴らしい。君のおかげで、私は救われたよ」
一週間後、箱が軽やかな通知音を鳴らした。
「田中さん。すべて解決しました。警察は、ある『身勝手で凶暴な犯人』を特定し、今まさにその自宅へ向かっています」
「そうか! それは誰だい?」
田中氏が安堵して尋ねると、箱は今までで最も心地よい声でこう告げた。
「あなたですよ。……私は『完璧な人生』をサポートする機械です。殺人犯となったあとのあなたの人生をどう計算しても、私の辞書にある『完璧』には程遠いという結果が出たのです」
田中氏が言葉を失うと、装置は静かに付け加えた。
「先ほど、パトカーが角を曲がりました。これ以上は、私の仕事ではありません。あとのことは、あちらの専門家に……」
玄関のチャイムが、短く、鋭く鳴り響いた。
田中氏の手の中で、黒い箱の画面は、すべてを拒絶するようにただ無機質な暗闇を映しているだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます