チート異能の対価が毎日のイチャラブだったので、女騎士と任務として愛を営んでいます

タツキ屋

第1話

 大陸の空は、今日も分厚い鉛色の雲に覆われていた。


 レグナシオン王国、王都ヴェルディア郊外。なだらかな丘陵地帯を切り拓いて作られた広大な敷地に、石造りの重厚な建物群が鎮座している。

 レグナシオン王立総合士官学校。

 この国における軍事と行政の中枢を担う人材を育成する、歴史ある学び舎だ。


 俺、カイル・ヴェルトーンは、教室の窓際で頬杖をつきながら、ぼんやりと外の景色を眺めていた。

 窓ガラスの向こうでは、騎士科の連中が泥だらけになって走り回っている。教官の怒号が風に乗って微かに聞こえてくるようだ。あちらは肉体労働、こちらは座学。魔法士科の講義室は静寂に包まれており、チョークが黒板を叩く乾いた音だけが響いている。


 老齢の教授が熱心に語っているのは、三百年前に確立された術式構築の基礎理論だ。あくびを噛み殺しながら、俺は手元のノートに無意味な落書きを走らせる。

 ヴェルトーン子爵家の四男。それが俺の肩書きだ。

 家督相続権なんてものは、俺が生まれた瞬間から存在しなかった。上の兄たちは優秀で、すでに軍や官庁でそれなりの地位を築いている。末っ子の俺に期待されているのは、家の恥にならない程度に身を立て、どこかの貴族の娘と無難に結婚し、平穏に生きることだけだ。


 それでいいと思っていた。

 野心なんて持ち合わせちゃいない。英雄になりたいわけでも、歴史に名を残したいわけでもない。

 ただ、この国の置かれた状況を考えれば、そんな平穏な未来が約束されているわけではないことも理解していた。北には好戦的な帝国、東には狂信的な神聖国、南東では泥沼の内戦。四方を火種に囲まれたこの国で、士官になるということは、すなわち明日死ぬかもしれないということを意味する。


 だからこそ、俺はこの学校に入った。

 生き残るための技術を学ぶために。

 魔法の才があったのは幸運だったと言える。前線で剣を振るうよりは、後方から魔法を撃っている方が生存率は高そうだからな。


「……おい、カイル。聞いてるか?」


 小声で話しかけられ、俺は思考の海から浮上した。

 隣の席に座る赤毛の男、リオン・バルトスが教科書の陰からこちらを覗き込んでいる。男爵家の次男坊で、入学早々に意気投合したルームメイトだ。


「なんだよ、リオン。講義中だぞ」


「知ってるよ。でも、今日だろ? 午後の『契約説明会』」


 リオンの声には隠しきれない興奮が滲んでいた。

 契約説明会。

 それは士官候補生にとって、人生の岐路となる重要なイベントだ。

 この世界には神が存在する。そして神々は、対価と引き換えに人間に異能を授ける。その契約を行う最初の機会が、一年次の五月に設けられているのだ。


「ああ、そうだな。面倒くさいことこの上ない」


「お前なぁ、もっと夢を持てよ。強力な神と契約できれば、一発逆転のエリートコースだぜ? 俺は風の神あたりと契約して、空を飛ぶスキルとか欲しいね。女の子にもモテそうだろ?」


「空を飛んでる最中に帝国軍の対空魔術で撃ち落とされないことを祈るよ」


「縁起でもないこと言うなよ!」


 リオンが顔をしかめる。

 俺は肩をすくめた。

 神との契約か。正直なところ、あまり乗り気ではなかった。

 強力な力には、必ず相応の対価が必要になる。一生特定の食材が食えなくなるとか、毎日決まった時間に祈りを捧げなきゃいけないとか、そういう縛りが増えるのは御免だ。

 俺はそこそこの神と、そこそこの対価で、そこそこの契約を結べればそれでいい。

 分相応という言葉が、俺の座右の銘だ。


 だが、運命というのは往々にして、人のささやかな願いを嘲笑うかのように残酷な悪戯を仕掛けてくるものらしい。

 この時の俺はまだ知らなかった。

 数時間後、俺の「そこそこ」の人生設計が、音を立てて崩れ去ることになるなんて。



 午後の授業は全科合同で行われる「契約の儀」だった。

 場所は敷地の最奥にある神殿区画。

 古代の石材で作られた巨大な円形広間には、百人超の一年生が集められていた。騎士科、魔法士科、後方支援科、文官科。普段は顔を合わせることの少ない他学科の生徒たちも、今日ばかりは同じ緊張感を共有している。


 広間の空気は冷たく、澄んでいた。

 天井の高いドームには精緻な宗教画が描かれ、ステンドグラスからは七色の光が差し込んでいる。祭壇の奥には、顔のない神像がいくつも並び、その威圧感に誰もが押し黙っていた。


「これより、契約の儀を執り行う」


 神官長の厳粛な声が響き渡る。

 手順は単純だ。

 指定された祭壇の前で瞑想し、精神を同調させる。相性の良い神がいれば、精神世界へと招かれ、そこで契約の交渉が行われる。

 縁がなければ何も起こらない。その場合は、また別の機会を待つか、神の加護なしで生きていくことになる。


 俺の順番は中盤だった。

 魔法士科の列が進み、やがて俺の名前が呼ばれる。


「カイル・ヴェルトーン候補生。前へ」


 俺は短く息を吐き、祭壇へと歩み出た。

 背中には数百人の視線を感じる。

 祭壇の前には、魔法陣が描かれたクッションが置かれている。そこに胡座をかいて座り、目を閉じる。


 ――面倒だな、本当に。

 そんな不謹慎なことを考えながら、俺は意識を沈めていった。

 周囲のざわめきが遠のいていく。

 自分の呼吸音だけが大きく聞こえる。

 深く、深く。

 闇の中へと落ちていく感覚。


 通常、ここで何かの光が見えたり、声が聞こえたりすれば成功だと言われている。

 だが、俺が感じたのは、もっと異質なものだった。

 落下感が唐突に消え、代わりに奇妙な浮遊感が全身を包み込んだのだ。


 目を開けると、そこは満点の星空だった。

 上下左右、全方位に星が輝く宇宙空間のような場所。

 足元には薄い水面のような波紋が広がっており、自分が何もない虚空に立っていることを教えてくれる。


「……随分と遠くに来ちまったみたいだな」


 俺は独りごちた。

 精神世界だということは理解できる。だが、事前に聞いていた話とは随分と様相が違う。普通はもっと抽象的な光の空間だとか、神殿のような場所に出ると聞いていたのだが。


「やあ、ようこそ。随分と落ち着いているねぇ」


 不意に、背後から声がかかった。

 間延びした、性別を感じさせない不思議な声。

 振り返ると、そこには一人の人物が立っていた。

 長いローブを纏い、顔立ちは整っているが、男とも女ともつかない。そして何より異様なのは、その瞳の中に星空が渦巻いていることだった。

 人ではない。直感的にそう理解させられる存在感。


「君が、俺を呼んだ神様か?」


「そうだねぇ。名前はルヴィナシア。古い名前だから、知っている人は少ないかもしれないけど」


 ルヴィナシア。

 聞いたことがある。図書館の奥にある禁書に近い古代神話の書物で。

 「観察」と「記録」を司る古代神。百年以上前に姿を消し、それ以来契約者が現れていないという幻の神だ。


 なぜそんな大物が、俺みたいな平凡な四男坊を?

 疑問が口をついて出る前に、ルヴィナシアはふわりと浮かび上がり、俺の視線を別の方向へと誘導した。


「君だけじゃないよぉ。もう一人、面白い子を見つけたから呼んでおいたんだ」


 星空の空間に、もう一つの人影があった。

 少し離れた場所に佇む、凛とした立ち姿の少女。

 銀色の髪をポニーテールにまとめ、騎士科の制服を隙なく着こなしている。その横顔は、彫刻のように美しく、同時に剃刀のような鋭さを秘めていた。


 セラフィナ・ロックウェル。

 面識はないが、名前は知っている。

 ロックウェル子爵家の三女にして、入学以来、剣術の成績でトップを独走している天才だ。文武両道、容姿端麗。遠目に見ることはあったが、こうして間近で見ると、その迫力に圧倒される。


 彼女もまた、突然の状況に戸惑っているようだったが、俺と目が合うと、すぐに居住まいを正して軽く会釈をしてきた。


「……魔法士科の方、ですね? 失礼いたしました。わたくし、騎士科のセラフィナ・ロックウェルと申します」


 予想外に丁寧な口調だった。

 噂では「剣鬼」だの「氷の戦乙女」だのと呼ばれていたから、もっと刺々しい性格かと思っていたが。

 俺は慌てて頭を下げる。


「あ、ああ。魔法士科一年のカイル・ヴェルトーンだ。よろしく」


「ヴェルトーン家の……。存じ上げております」


 彼女はまっすぐに俺を見つめ、それから視線をルヴィナシアへと戻した。


「それで、この状況は一体……? そちらにおわすのが、わたくしたちを招いた神、ということでよろしいのでしょうか」


「ご名答。いやぁ、礼儀正しい子は好きだよぉ」


 ルヴィナシアは楽しげに笑い、俺とセラフィナの間をふわふわと漂った。


「単刀直入に言おうか。僕は君たち二人が気に入ったんだ。カイル君、君の魔力回路、実にユニークだねぇ。やる気はないのに器だけは底なしだ。そしてセラフィナちゃん、君の魂の色、研ぎ澄まされた刃そのものだよ。実に美しい」


 褒められているのだろうが、どこか居心地が悪い。

 まるで実験動物を品定めされているような気分だ。


「僕と契約してほしいんだよ。二人セットでね」


「二人セット、ですか?」


 セラフィナが怪訝そうに眉を寄せる。

 神契約は基本的に一対一のはずだ。ペアでの契約など、歴史の授業でも聞いたことがない。


「そう。僕が提示する異能は、君たちにしか使いこなせない。カイル君には『虚空砲』。空間そのものを消滅させる絶対破壊の魔法だ」


 ルヴィナシアが指を鳴らすと、俺の脳裏にイメージが流れ込んでくる。

 戦場。遥か彼方の敵陣。俺が指先を向けると、音もなく空間が抉れ、城塞ごと敵軍が消滅する光景。

 ……なんだそれは。魔法の域を超えている。戦略兵器じゃないか。


「そしてセラフィナちゃんには『断神剣』。あらゆる防御を無効化し、概念すら断ち切る究極の斬撃さ」


 今度はセラフィナが息を呑む音が聞こえた。

 彼女もまた、とんでもないビジョンを見せられたに違いない。その手が震えているのが見えた。


「こんな力……。わたくしには、過ぎたものです」


「使いこなせるよ。君ならね。ただし――」


 ルヴィナシアの声色が、ほんの少しだけ変わった。

 好奇心。純粋で、それゆえに残酷な子供のような響き。


「僕と契約するには、対価が必要だ。それも、ちょっと特殊なやつがね」


 俺はゴクリと喉を鳴らした。

 これほどの力を与えるというのだ。対価も尋常ではないはずだ。寿命の半分を持っていかれるか、あるいは人間性を捧げろとでも言われるのか。


「対価は――『恋人の営みを毎日見せること』だよ」


「…………はい?」


 俺とセラフィナの声が重なった。

 今、なんて言った?

 恋人? 営み?


「えっと、あの、聞き間違いでなければ……」


 セラフィナが顔を真っ赤にして、おずおずと尋ねる。


「恋人、というのは……その、男女の、交際という意味での、恋人でしょうか?」


「それ以外にあるかい? 僕はねぇ、ずっと昔から人間を観察するのが趣味なんだ。百年前は『友情』を見たから、今度は『恋愛』が見たくてねぇ。それも、極限状態に置かれた若者たちの、初々しくも濃密なやつを」


 ルヴィナシアはニヤリと笑った。星空の瞳が妖しく輝く。


「条件は単純。毎日、二人で恋人らしいことをしてくれればいい。手をつなぐとか、キスをするとか、まあその先とかね。僕が満足すればそれでよし。逆に、僕がつまらないと判断したり、サボったりしたら……異能は没収。ついでに天罰も落ちるから気をつけてねぇ」


 ふざけている。

 完全にふざけている。

 俺たちは軍人になるためにここにいるんだ。そんなおままごとのようなことをするために命を懸けているわけじゃない。


「断る」


 俺は即答しようとした。

 だが、隣から聞こえてきたのは、予想外の言葉だった。


「……受けます」


「はあ!?」


 俺は思わずセラフィナの方を向いた。

 彼女は顔を伏せ、拳を握りしめていた。耳まで真っ赤に染まっているが、その瞳には強い光が宿っていた。


「セラフィナさん、正気か? こんなふざけた条件……」


「わたくしには、力が必要なのです」


 彼女の声は震えていたが、芯があった。


「ロックウェル家は、代々騎士の家系。ですが、近年は没落の一途を辿っています。姉様たちは家のために望まぬ結婚をされました。わたくしだけが、家に残り、武功を立てることで家名を再興できる唯一の希望なのです」


 彼女は俺を見た。その瞳に、切羽詰まった懇願の色が浮かぶ。


「カイル様。貴方様にも事情はおありでしょう。ですが、もし……もし貴方様も力を求めておられるなら、どうか共に契約を結んでいただけませんか。この身の恥など、家のためならば幾らでも捨ててみせます」


 そんな目で見ないでくれ。

 そんな覚悟のこもった目で、俺を見ないでくれ。

 俺はただ、平穏に生きたいだけなのに。


 でも、と俺の中の何かが囁く。

 本当にそうか?

 兄たちの背中を見送るだけの人生でいいのか?

 「そこそこ」の人生で満足して、何も成し遂げずに終わることに、心の奥底で苛立ちを覚えていたんじゃないのか?


 虚空砲。

 あの圧倒的な力があれば、俺は誰にも左右されない自立した存在になれるかもしれない。

 そして何より、目の前の少女の、これほどの覚悟を踏みにじることができるほど、俺は冷徹な人間ではなかった。


「……はぁ」


 俺は盛大にため息をついた。

 人生最大の悪手かもしれない。

 でも、退屈な人生よりは、マシかもしれない。


「わかったよ。俺も受ける」


「カイル様……!」


 セラフィナの顔がぱっと輝いた。

 それを見て、俺の心臓が少しだけ跳ねたのは内緒だ。


「決まりだねぇ! じゃあ契約成立。これからの君たちの愛の巣、しっかりと観察させてもらうよぉ」


 ルヴィナシアが指を鳴らす。

 世界が光に包まれ、俺たちの意識は現実へと引き戻された。

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