『SnowWhite ―鏡の国の反魂術―』

カナタ

第1話:鏡の向こうの白雪姫



​1. 鏡の中の少年


​ 昔々、ある王国に双子が生まれました。

 双子は吉兆であり、双子は凶兆である。

 恐れられたその子供たちは、周囲によって「ある秘密」を伏せられたまま別々に育てられることとなりました。

 二人の引き合う力が、どれほど強大で恐ろしいものか、大人たちは知っていたからです。

​ 双子の片割れは、女の子。

 透けるような白い肌に、鮮やかなエメラルドグリーンの髪。

 人形のように美しいその少女は「シラユキ」と名付けられ、教育係の「シンピ」から王女としての礼儀を教わりながら、十四年もの月日を城の中で過ごしてきました。

​ けれど、彼女には幼い頃からの悩みがありました。

 ――時折、ひどい悪夢にうなされるのです。

​ 夢の鏡越しに、自分そっくりの顔をした銀髪の少年が、声にならない声で助けを求めている。

 手を伸ばしても届かない。自分には、どうすることもできない。

​ 思い詰めたシラユキは、ある日、禁忌の場所へと足を踏み入れました。

 城の奥深くに鎮座する、古びた鏡。

​「鏡よ鏡……『あのコ』を助けるために、私に力を貸して!」

​ シラユキが強く願った瞬間、鏡は眩いばかりの光を放ちました。

 一歩遅れてシンピが鏡の間へ駆け込んだときには、そこはもう、がらんどう。

 シラユキの姿は、どこにもありませんでした。


​2. 鏡の中から現れた美少女


​ 場面は変わって、現代日本。

 俺の名前は「響(ヒビキ)」。どこにでもいる普通の高校二年生だ。

 成績も運動神経も、可もなく不可もない。受験までまだ少し時間がある、中途半端な日常をダラダラと過ごしていた。

​ そんな俺にも、重大な秘密がある。

 同じクラスの「アヤちゃん」が好きだということ。

​ 理由なんてわからない。ただ、最初の席替えで隣になった瞬間から、強烈に惹かれてしまった。

「高山くん、おはよう」

俺の気持ち、何も知らない彼女の無邪気な挨拶1つでいつも俺はノックアウトだ!

 だけど、恋愛弱者の俺がグイグイいけるはずもなく、ただ遠くから眺める日々。

​ しかも、俺は気づいてしまった。

 アヤちゃんの瞳が、自分ではない「別のやつ」を追って揺れていることに。

​「あぁ、そっか……」

 項垂れても、好きだという気持ちは消えてくれない。

​ そんな悶々とした思いを抱え、俺は気づけば旧校舎の廊下の突き当たり、誰も使わない鏡の前に立っていた。

​ その時だった。

 鏡の奥で、何かが「キラッ」と光った。

​「えっ、何……!?」

​ 光に包まれた俺の目の前に、突然、アヤちゃんそっくりの少女が現れた。

 現実のアヤちゃんよりも、ずっと白く、ずっと幻想的な姿で。

​「あなたが、わたしを……」

​ 一言だけ。そう紡いだ途端、彼女は糸が切れたように倒れ込んだ。

 咄嗟に彼女を抱きとめた瞬間、胸の奥から制御しきれないほどの「懐かしさ」が溢れ出した。

​ アヤちゃん? いや、違う。鏡から今、出てきたのか?

 処理しきれない事態に狼狽える俺の腕の中で、少女は安心しきったような表情で眠っている。

 その寝顔を見ていたら、なぜか自然と涙がこぼれた。

​ 悲しくなんてないはずなのに、どうして。

 少女の口元には、優しい微笑みが浮かんでいた。


​3. 観察者たちの影


​「――シンピ、めっちゃ今キレてんちゃう? 愛しのお姫様に逃げられた、とかはさすがに無いわな?」

​ タレ目の赤髪の男、マトイがニヤつきながら問いかける。

 長身の男性、シンピは怒りと動揺で声を震わせていた。

​「……だ」

「ん? 聞こえんてー」

「そのまさかだ! シラユキが禁忌の鏡を使った!」

​ マトイの顔から余裕が消える。

「……は? 聞き間違いやないよな? 反抗期にしては派手すぎやろ!」

「マトイ、貴様もシラユキの従兄妹だろう。心当たりはないのか」

「……あの子、もうすぐ十五やっけ。せやったら共鳴してんのんちゃうか。――『弟君』に」

​ シンピの顔が真っ青になる。

「そんな……今まで、誰一人として本人には言わなかったことなんだぞ」

「双子の引力かねぇ。とにかくどないするんや?」

「決まっている! 一刻も早く探し出す。この身に変えても……彼女に傷一つつかないうちに!」


​4. 今日から家族


​(……ないてる? だれが? あなたは、だあれ?)

(………………)

(え、聞こえないよ! 〇〇――!!)

​「泣いてる! 大丈夫か!?」

​ 俺の声で、シラユキが目を覚ました。

「……ここ、どこ……?」

「目が覚めた! よかった……焦ったー! 君、誰!?」

「わたし、わたしは……」

​ 混乱する彼女の耳を劈(つんざ)くような叫びが響いた。

「ひぃぃぃ! ゲキカワ美少女が目覚めたー! かわいすぎる、優勝!」

​ 俺の母さんだ。

「……母さん、うるさい! ビビるだろ!」

「あんたねぇ、『女の子が空から落ちてきて大変だ』って泣きついてきたのはどこのどいつだい! 夜勤明けで寝てたお母様に!」

「……泣いてねーし。空から落ちてきたなんてひと言も言ってなーい!」

​ 言い合う俺たちを見て、シラユキが「クスクス」と小リスのように笑い出した。

「ふふ、ごめんなさい。……ここは、あなた達のお家? 私は、シラユキと言います」

​ 俺の母さんは「シラユキちゃん! 名前まで激萌え!」と大はしゃぎだ。

 ベテラン看護師(美少女に弱い)の母さんは、事情も聞かずにこう言い放った。

​「え、うちいればよくね?」

​ シラユキの瞳が猫のように丸くなる。

「えっ、良いのですか? お母様!」

「ひーちゃん、いいよね! 今日から家族な! 母さん寝る! 十九時に起こして、カレー食べたい!」

​ 嵐のように母さんが去り、リビングには俺とシラユキが二人きりになった。

​「あの……迷惑でしたよね」

 不安そうに上目遣いで俺を見るシラユキ。

「あー、いや、シラユキは悪くないんだ。うちの母さんが横暴すぎるだけで……」

「ひーちゃんさん……は、怒ってないですか?」

「ヒビキでいいよ! 怒るわけないだろ。むしろ、うちにいていいなら、いてほしいくらいだ」

​ シラユキは真っ直ぐに俺を見つめ、輝くような笑顔で言った。

「ううん! とってもヒビキも母様も、優しくて素敵です!」

​ その顔、やっぱりアヤちゃんにそっくりで。

 俺の顔はタコより赤くなった。

​「……もし迷惑でなければ、少しの間、一緒に過ごしてもいい?」

​ 俺は、くしゃっと笑って答えた。

「母さんに逆らったら俺が殺される。……よろしくな、シラユキ」

​ 安心したのか、シラユキはソファにもたれて数秒で深い眠りに落ちた。

 俺はそっと毛布をかけ、バタバタと台所へ向かう。

「あー、マジでわけわからん一日だ……。てかカレー、時間ねえ!」


​ 鏡から現れた白雪姫。俺の日常は、この日から静かに壊れ始めた。

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