おんな芸人転生記~貧乏貴族の領地経営?無理に決まってるでしょ?!

湊しのぶ

第1章:バナナの皮と二度目の人生:【離れからの逆転劇】

第1ブロック:【死因、バナナの皮】(第1話〜第8話)第1部第1章

第1話 【悲報】売れない女芸人、バナナの皮で逝く


 「……嘘よん」


 それが、四十二年の人生を締めくくる最後の一言になるとは思わなかった。


 おはようございます。


 私の本名は、開拓民子かいたくたみこ


 芸名もそのまま、開拓民子かいたくたみこ


 芸歴10年、狭い狭い世間様からは「ああ、あの時々ネット番組で毒を吐いてるおばさんね」という絶妙に薄い認識をされているピン芸人だ。


 わかりやすい言葉で言うなら『売れない女芸人』である。

 名前だけでも覚えていって……と言いたいところだけれど、それももう叶わないらしい。


 あぁ、芸人養成所で叩き込まれた『あいさつ大事』と『じこしょうかい大事』の二つ目が終わろうとしている。


 今まさに、私は自分の人生が『オチ』に向かって加速しているのをスローモーションのような視界の中で理解していた。


 場所は、所属事務所である『華菱興業』の古びた階段。


 あの事件後から毎年行われるコンプライアンス研修という芸人にとっては何とも皮肉な講習を終えた帰り道のことだった。

 私の格好は、前日の営業で着たままの『綺麗なジャイ子』スタイル。

 真っ赤なベレー帽を被り、不自然なほど直線に整えられたオンザ眉毛。


 「ブスと美人の差は認知の歪みなんです!」なんてルッキズムを皮肉る歌ネタを全力で披露した後の、抜け殻のような帰り道。


 そこで私は、踏んでしまったのだ。

 マンガやコントの中でも、今時誰も使わないような古典的な小道具。

 黄色く、少し茶色く変色し、ぬらぬらとした殺意を放つ本物のバナナの皮を。


 「……あ」


 靴の裏が世界との摩擦を拒絶した。

 重力という冷徹な演出家が、私の四十二歳の体を容赦なく宙へ放り出す。


 ふんばり?

 そんなもん効くかぁ! こちとら売れてないけど四十二歳やぞ。


 視界が回転する。

 中学校の廃校を再利用した事務所の汚い天井。

 壁に貼られた「売れっ子芸人のテレビ番組宣伝用」のポスター。

 そして、自分が被っている安物のベレー帽が脱げ、ひらひらと舞うのが見えた。


 死ぬ間際、人は走馬灯を見ると言うけれど私の場合は少し違った。

 脳裏に浮かんだのは?

 過去の楽しい思い出でもなく、別れた男や離婚した元旦那の顔でもない。


 マイナー配信プラットフォーム『ワイワイ放送』の、あの狭くて、ぜんぶが雑で、でも温かい画面だった。


 大手配信サイトの『MYtube』には見向きもされず収益化に届かなったけれど、あそこだけは違った。

 いつも二十人ほどしかいない視聴者、そのうち十人の『イツメン』たちが囲んでくれる、安酒を飲みながらの過疎雑談。


 「民子さん、今日もハイヒールみかんさんのコスプレだね」

 「民子さん、今日はキスした?」

 「投げ銭十円送るから、なんか面白いこと言ってよ」


 そんな金額の大小じゃないやり取りこそが、私が『芸人』であることを証明してくれる唯一の居場所だったのだ。


 ああ、今夜の配信、予告しちゃってたのになぁ……。


 イツメンたち、ごめん。

 今日の配信は、どうやらお休みになりそうだわ。

 なんせ、配信者本人がこれから本物の『ネタ』になっちゃうんだから。


 ドシャッ、という鈍い音が響いた。

 首の付け根あたりに熱い感覚が走った直後、全身の感覚が氷のように冷えていく。

 痛みはない。

 ただ、ひたすら虚しい。

 視線の先には、階段の下で私を見下ろす、あのバナナの皮。


 この死因、絶対ネットで叩かれるわ。

 「バナナの皮で四十二歳女芸人死亡、格好はジャイ子」そんな見出しが躍るのを想像して私は意識が遠のく中で自嘲した。

 せめて、もう少しマシなネタで死にたかった。

 おしゃれなカフェのテラスで、意識高い系のボンボローニでも食べながら優雅に窒息死するとかさ。


 意識が暗転する。

 音も、光も、事務所のカビ臭い匂いも消えていく。

 私は、永遠に続く深い闇の中へと落ちていった。


 ……はずだった。


 「……様。

 ……お嬢様! ストレイお嬢様!」


 耳元で、誰かが泣きわめく声がする。

 うるさいわね。

 死んだ人間くらい静かに寝かせておきなさいよ。


 ピン芸ナンバーワン大会、エントリーしたのに素人枠に入れられてて『応募者多数のため今回のエントリーは御縁がなかったということで――』ってメールが来た時は呪詛と酒を吐くまで飲んだっけ?

 まぁ、とりあえず何年間も客席の冷めた空気と戦い続けてきたんだから最後くらい無音の世界がいい。


 けれど、声は止まらない。

 それどころか、頬に温かくて湿った何かが落ちてきた。

 涙? 私のために泣いてくれる人なんて、あの『ワイワイ放送』のイツメン以外にいたかしら。


 重い瞼を、必死に押し上げる。

 視界は霞んでいるけれど、そこには見覚えのない天井があった。

 剥がれかけた壁紙、雨漏りの跡。

 事務所の階段よりはマシだけど、それでも十分に下積み時代の古いスイッチボックスがついたボロアパートを彷彿とさせる惨めな部屋。


 「……お嬢様!

 ああ、神様、ありがとうございます……!」


 視線を横に向けると、そこには一人の少女がいた。

 十代半ばだろうか。

 煤けたメイド服を着て、顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした必死な顔の女の子。


 誰? 子役? それとも、ドッキリの仕掛け人?


 私は声を出そうとして、自分の異変に気づいた。

 喉が細い。

 手が小さい。

 そして、何より体が驚くほど軽い。

 四十二歳の蓄積された腰痛も、酒焼けした喉のイガイガも、全部消えている。


 「ストレイ、お嬢様……?

 気分はいかがですか?

 すぐにお水を持ってまいります!」


 ストレイ?

 それが私の名前?


 私は震える手で、自分の髪に触れた。

 指先に触れたのは、かつてのバサバサになったボブじゃない。

 絹のように細く、滑らかな、銀色の長い髪。


 私は混乱する頭で、目の前の少女、ケイナと呼ぶべき子が差し出した錆びた鏡を覗き込んだ。


 そこに映っていたのは、ジャイ子のコスプレをした四十二歳のおばさんではなかった。

 不健康なほど白く、けれど驚くほど整った顔立ちをした、十四歳前後の、儚げな美少女。


 「……嘘でしょ」


 二度目の人生の第一声も、やっぱりそれだった。


++++++++


 鏡の中に映る銀髪の美少女は、呆然と私を見返していた。

 整った目鼻立ちに、透き通るような白い肌。


 もし前世でこの顔だったなら、今頃「美人すぎる芸人」としてバラエティのひな壇を総ナメにして、深夜にひっそり『ワイワイ放送』でイツメン相手に愚痴を吐く必要もなかっただろう。


 だが、その可憐な少女の瞳は不健康に落ち窪み今にも消えてしまいそうなほど頼りなかった。


 「お嬢様、落ち着いてください。

 毒のせいでまだ頭が混乱されているのですね」


 メイドのケイナが、震える手で私の背中をさする。

 ……毒?

 穏やかじゃないワードが聞こえたわね。

 その瞬間、私の脳内に自分のものとは違う記憶が泥流のように流れ込んできた。


 この子の名前は、ストレイ・フロンティア。

 子爵家の長女でありながら、実母を亡くした後は継母アイリスによってこの「離れ」に押し込められた、いわゆるネグレクト令嬢だ。

 そして、さっきケイナが口にした通り、数日前から届けられる食事には『毒』が混ざっていた。

 体が動かないのも喉が焼けるように熱いのも全部そのせいだ。


 『皆で領主さん』なんていう、怪しげな投資詐欺に引っかかった無能な父リックザク。

 家計の火の車を隠すために、邪魔な前妻の娘を『病死』として片付け、少しでも資産価値のあるうちに他家へ売り払うか、あるいは抹殺しようとする継母アイリス。


 「……あーあ、こりゃひどい。

 ここへ転生する前、コンビ時代の元相方、ディーノが借金取りに追われてた時より最悪じゃない」


 思わず漏れた言葉は、自分でも驚くほど低く冷めていた。

 不思議と恐怖はなかった。

 あるのは、四十二年生きてきた女の『呆れ』と、芸人として培ってきた『反骨心』だ。


 「お嬢様……?

 今、何を……?」


 「いいのよケイナ。

 それより、この部屋にまだあの『スープ』は残ってる?」


 私は顎で、サイドテーブルに置かれた冷え切った皿を指した。

 そこには、具のない濁った灰色の液体が残っている。

 ストレイの記憶によれば、これを飲んだ直後に彼女の意識は途絶えた。

 つまり、これが私の『バナナの皮』の代わりというわけだ。


 私は震える指先で、そのスープに触れようとした。

 その時、視界に変なものが映った。


 空気中に、キラキラと光る『糸』のようなものが見える。

 最初は飛蚊症かと思ったけれど違う。

 スープから立ち上る湯気のような魔力の揺らぎが、私には服の織り目や綻びのように見えていた。


 (何これ……。

 このスープ、縫製がめちゃくちゃじゃない)


 変な感想が頭をよぎる。

 本来なら栄養となるはずの魔力の糸が、どす黒い変色した糸に強引に継ぎ合わされている。

 それが毒の正体なのだと、服飾のプロとしての本能が理解した。

 売れない芸人の傍ら、生活のために必死で通った服飾専門学校の知識と、数々の衣装制作バイトで培った経験が、今、異世界の理とカチリと噛み合った音がした。


 「ケイナ、もう泣かなくていいわよ。

 顔がぐちゃぐちゃ。

 せっかくの可愛い顔が台無しじゃない」


 「えっ……?」


 私はケイナの頬を伝う涙を、細い指でそっと拭った。

 ストレイの記憶にある、怯えた少女とは明らかに違う私の口調にケイナが目を見開く。


 「色々あって悩むのはやめたの。

 死にかけたんだもの、これからは好き勝手に振る舞わせてもらうわよ」


 そう、私は一度死んだのだ。

 それもバナナの皮なんていう、最低のオチで。

 二度目の人生がこんなゴミ溜めから始まるなら、あとは這い上がるだけ。

 この汚れた世界、私が洗濯して綺麗に縫い直してあげる。


 まずは、この体の中に巣食っている『黒い糸』――毒素から、シミ抜きしてやりましょうか。

 服飾において、汚れを落とす洗浄「クリーニング」と、傷んだ箇所を直す修復「リペア」は基本中の基本。

 それを、自分自身に行えばいいだけの話だ。


 「見てなさいよ、お義母様。

 私をただの『にわか令嬢』だと思ったら、大間違いなんだから」


 私は不敵に微笑み、指先に集中した。


 視界に広がる無数の魔力糸。

 それを掴む感覚は、針に糸を通すあの瞬間の集中力に似ていた。


 それが、私の新しい舞台の幕開けだった。




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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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