五股王太子の婚約披露、五人そろって破棄しました

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五股王太子の婚約披露、五人そろって破棄しました

 王太子レオンハルト・フォン・ヴァレンハイトには5人もの婚約者がいる。


 その噂は王都を中心にすぐに広まった。そのことについて、「器が大きい」「分断を止め、王国を救う英傑だ」という都合のよい甘い物語が多く語られた。


 その「物語」の中心にいるうちの一人、クローデリア・フォン・レーヴェンハルト公爵令嬢は、そんな世間を浅はかだと考えていた。


 王国は大きな火種をいくつも抱えていた。


 北に北方騎士団、南方商会連合、東方辺境伯、教会救護院、そして貴族院。

 王国にとって根幹となる役割を担うそれぞれが大きな勢力を抱えながら、それぞれが問題を抱えており、王国は混乱し、疲弊していた。


 王国の政治の中枢にいる、国王フリードリヒ・フォン・ヴァレンハイトを中心とした王政府はその混乱を治めることができなかった。

 王政府はその混乱の原因を、5大勢力が協調せず分断していることだと断定した。そこで重い税を課すことによって各勢力の力を弱め、王政府の支配を深めることで問題の解決を図ろうと試みたが、国民の王政府への不満は高まり、王政府打倒の機運まで高まっていた。


 そこで王政府が起死回生の策として繰り出したのが、王太子の婚約だったのだ。


   ※


 誰よりも先にレオンハルトとの婚約をしたのがクローデリアだった。


 婚約の知らせが届いてからまもなく、レオンハルトはレーヴェンハルト公爵家の屋敷を訪れた。

 柔らかい物腰と眉目秀麗なレオンハルトに、クローデリアは好感を持った。


「クローデリア、君を婚約者とできることをとても嬉しく思う」


 その言葉にクローデリアは胸が温かくなった。女性として、このような男性と婚約できるなんて、とても素敵なことだとすら思った。その矢先ーー


「ただ、一つ、伝えておかなければならないことがある。君ならきっと分かってくれると思うから特に問題はないと思うんだけれど……」


 レオンハルトはその優しい微笑みを崩さずに言った。


「君以外にも何人か婚約者がいるんだ」


「……え?」


 温かかった心が急速に冷めていくのを感じた。

 おそらく本人は、誠実に努めようと説明をしているつもりなのだろう。レオンハルトに悪びれた様子はまったくない。

 しかし、初めての婚約の挨拶の最中に、他の婚約者の存在を伝えるとは……


「驚かせたかもしれないね。でも心配しなくていい。僕は君のことを大切にする。同じように他の婚約者たちも大切にする」


 そういうことじゃない!とクローデリアは叫びそうになるのを必死で堪えた。


 息を整え、クローデリアは一つだけ質問をした。


「何人か、と仰いましたが1人ではないということですか」


「えーっと、全員で5人かな」


 5人。2人や3人でなく、5人。

 レオンハルトは得意げにしている。5人でも自分なら平等に愛することができると自信があるのだろう。


 女を甘く見すぎだ。


「他の婚約者たちとも仲良くしてくれるだろう? 王国のためにも必要なことなんだ」


 そう言って、レオンハルトは宝石のあしらわれた婚約指輪をクローデリアの手に押し付けた。

 クローデリアにはその言葉が、王太子個人としてのお願い、ではなく王政府としての命令と聞こえた。


 クローデリアは冷静になり、この多重婚約の政治的な意味を考えた。


   ※


 王太子が5つの組織の代表者の娘たちとの婚約を進めているという噂は王都を中心に、すぐに知れ渡った。

 レーヴェンハルト公爵家は、貴族院の議長を代々務める名家で、王国全土の組織とも繋がりがあり、それぞれの婚約者を特定することはそれほど難しくなかった。


 レーヴェンハルト公爵家の屋敷に、クローデリアの呼びかけで、5人の婚約者たちが集まった。

 招待の手紙を書いた時点では、何人かでも集まってくれればよいかと考えていたため、全員が揃ったことに、クローデリアは少なからず驚いていた。


 それぞれに思うところがあるのは間違いなかった。しかし、それぞれが他の婚約者の様子を伺うようにしていた。


 そこでクローデリアが口火を切った。


「私は、いえ、貴族院として、今回の婚約を好ましいものと思っておりません。おそらく王政府や王太子は王国の分断を防ぐために5人の要人との関係を強めようと画策していると思われますが、逆効果になるのではないかと」


 他の4人の婚約者たちは、そのクローデリアの発言に、誰も驚きを示さなかった。


 次に口を開いたのは、北方騎士団長の娘、リーゼ・ホルンフェルトだった。


「王太子と婚約してから、騎士団に多くの死人が出た」


 リーゼは悲しげに話した。


「婚約をきっかけに王政府が前線の指揮に口を出して来たんだ。補給路のことも考えずに無理やり行軍させられて……戦死者だけでなく餓死者まで出すことになった。

 騎士団は大きく戦力を失い、国防に影響が出ることは避けられない」


 他の4人がその内容に愕然とする中、次に南方商会連合代表の娘、マリアンヌ・グランデルが発言した。


「商会も大混乱よ。婚約をきっかけに、『商会が王政府に乗っ取られる』と思った取引先が距離を置き始めて、商品の仕入れが激減してしまって。

 供給が立ち行かなくなると、『王家のために物資を隠している』と今度は倉庫が襲われたわ。

 このままでは商会どころか、王国の流通が止まって、経済が立ち行かなくなってしまう。明日から王都にはパンも届かなくなるわ」


 5人の雰囲気がさらに重くなる中、教会救護院を背負う聖女エリシア・ブランシェが次に口を開いた。


「婚約をきっかけに王政府の圧力が強まって、治療や福祉の優先順が身分で決められるようになってしまいました。救護院の前に兵士を配置して、無理やり並び順を変えてしまうんです。

 このままでは平民や貧しい方々がどんどん倒れていってしまいます。そういった方々は栄養状態もよくないので、ちょっとしたことで亡くなってしまうことも多いんです。神の慈悲は身分証で測られるようなものではないのです」


 他の4人は悲痛な思いに襲われ、涙を流す者までいた。


 最後に東方辺境伯の娘、アデル・ヴァルデンベルクが、折り畳まれた紙を差し出した。


「隣国の密使の手紙よ」


 アデルが紙を開く。


「王政府に辺境の鉱脈を勝手に売られてしまった。税が重くなっているのに、それでも王政府には十分な財源がないのよ。このままでは、産業も衰退して、自国だけで武器を作ることもできなくなってしまうかもしれない」


 本来前向きに考えられるべき婚約を結んだ5人は、大きな絶望に落とされていた。


 婚約は、王権の強化により、分断を調停するものだというのは世間の甘い見立てであった。

 実態として王国の情勢を悪化させていることは明らかだった。

 そもそも彼らは好んで分断しているのではなく、王国の悪政による衰退により、皆それぞれの組織を維持するのに必死なだけなのだ。


 王国が分断している根本原因を解決するのではなく、「婚約」によって無理やり分断を止め、それがさらに悲劇を生み続けている。ーーこの見解で5人は一致した。


「ご意見ありがとうございます。今日は本当に有意義なお話ができました」


 クローデリアは声を一段張った。


「一つ皆様に提案があります……」


   ※


 王国の建国記念祭ーーこの式典の中で、5人の婚約者のお披露目がされることになっていた。


 王城前広場に集まった多くの観衆は、王国旗の下の壇上に注視していた。

 その壇上に、まず王太子レオンハルトが上がり、そこに5人の婚約者が続き、それぞれの顔が見えるように並べられた。


「皆、建国祭の麗しいこの日に集まってくれて感謝する。それに応えるため、今日は素晴らしい発表を届けたいと思う」


 レオンハルトはよく通る大きな声で、そう式典の開会を宣言した。


「皆も認識しているとおり、今の王国は、、とても苦しい状況にある。しかし!」


 レオンハルトはさらに声を張り上げて宣言する。


「王家が、この王太子レオンハルトが、5人と婚約することで、この愚かな5つの勢力の分断を止め、繋ぎ直す!」


 前列に並んでいた小さな集団が大きな歓声を上げたが、その後方では、まばらに拍手の音が聞こえる程度だった。


「では、この素晴らしい婚約者たちを1人ずつ紹介したいと思う。まずはレーヴェンハルト公爵令嬢クローデリア、一言もらえるか?」


 クローデリアが前に出た。その表情は婚約の幸福に満ちた女性のそれではなく、冷静で、強い決意を秘めたものだった。


 クローデリアは大きく息を吸って、宣言した。


「本日をもって、貴族院議長を務めるレーヴェンハルト公爵家のクローデリア・フォン・レーヴェンハルトは、王太子レオンハルト・フォン・ヴァレンハイトとの婚約を破棄いたします」


 レオンハルトは何が起きたのかすぐに理解できず、固まっていた。

 そしてクローデリアのほうに向き直る。


「おい、クローデリア、これはいったい……」


 レオンハルトを遮るように、リーゼが前に出る。


「同じく、私、北方騎士団のリーゼ・ホルンフェルトも婚約を破棄する。王政府により、多くの騎士団員の命が奪われた。騎士団は、国防を脅かす王政府と結びつきを作ることをよしとしない!」


 観衆がざわつき始めた。

 レオンハルトはさらに驚愕の表情を見せた。何も言葉が発せぬまま、続けてマリアンヌが前に出た。


「私、南方商会連合のマリアンヌ・グランデルももちろん、婚約を破棄するわ。王政府によって流通がずたずたにされ、王国の経済は壊滅的な状況になったわ。流通網を戻すには、王政府の支配から離れるしかありません」


 観衆のざわめきが大きくなっていく。「そういえば王都でも手に入らないものが増えているな」という声が上がり始めた。


「ま、待ってくれ。頼む。一回落ち着いてくれ。これは王国のためなんだ。君たちなら分かってくれるだろう? 僕は君たちを愛するし、王国を繁栄させなければならないんだ……」


 レオンハルトが目に涙を溜めて懇願を始める。


 それを無視し、エリシアが前に出る。


「私、教会救護院のエリシア・ブランシェも婚約を破棄いたします。皆様もすでにお気づきかと思いますが、救護院には傷も病もない王族の方々で占められ、貧民のために寄進された基金も王政府に多く徴収されてしまいました。これでは皆様に届くはずの慈悲は行き渡ることはありません。教会はこの状況を看過できません」


 観衆の怒声が目立ち始める。「俺の息子は治療が受けられず死んじまった!」「旦那も娘もご飯が食べられず死んだわ」


 レオンハルトはその場に崩れ落ち、大粒の涙を流し始めた。


 レオンハルトに構わず、アデルが前に出る。


「私、東方辺境伯家のアデルも婚約を破棄します。王政府は王国民の重要な財産である東方の大鉱脈を、勝手に売り払ってしまった。国民を裏切った王政府に従うことができるはずがないわ」


 観衆の怒号がピークとなり、会場は混沌とした。


 そこに顔を真っ赤にした国王フリードリヒが壇上に上がってくる。


「式典は中断だ! おまえたちは降りろ! これではまた王国の分断がひどくなってしまうではないか!」


 国王は王太子の婚約者たちを引きずり下ろそうとする。


 5人は婚約指輪を外し、一斉にその国王に向けて放り投げた。国王は怯み、言葉を失った。


「そうはなりません! 王政府こそが分断の原因だったのです」


 最後に再びクローデリアが宣言する。


「これはただの婚約破棄ではありません。王政府への絶縁状です。私たちが代表する5大勢力は、の統治から離れることで、それぞれの結びつきを強め、この国を復興させることを約束します!」


 王国の中枢機能を握る5大勢力の、実質上の王政解体宣言であった。


 その宣言を受け、会場を埋め尽くしていた観衆が大歓声を上げた。


   ※


 結果的に5つの勢力を同時に懐柔しようとしたのは、王政府の最大の愚策であったと言えるだろう。

 しかし、それは5つの勢力が結びつきを強めるきっかけとなったため、国と国民にとっては最良の結果がもたらされた。


 5人の元婚約者たちは、今後の連携と協力の強化を約束し、それぞれの拠点へと帰っていった。


 リーゼは北へ戻り、騎士団を再編する。マリアンヌは南へ戻り、供給を繋ぎ直す。エリシアは救護院へ戻り、重症者と貧民を救う。アデルは辺境へ戻り、密約を破棄し、辺境の防備を固める。

 クローデリアは王都に残り、王政府の解体と財産の国民への返還、および貴族院を中心とした中央政府の編成を、父とともに担う。


 この国は新しい時代での復興へ向かって進み始めるのだ。


   ※


 クローデリアは公爵家の自室で、一通の手紙を読み返していた。


「クローデリア・フォン・レーヴェンハルト


 突然の申し出で驚かれるかもしれないが、あなたに婚約を申し入れたい。


 君とは何度か王城でお会いしたことがあると思うが、あなたは知性的で品位の高い素敵な令嬢だと尊敬しておりました。


 僕は君を生涯愛し、君のことを支え続けると誓う。


 将来の王妃として、僕とともに王国を支えてもらえればと思う。


レオンハルト・フォン・ヴァレンハイト」


 クローデリアが初めにこの手紙を読んだとき、胸が高鳴ったのをよく覚えていた。


 レオンハルトが王国を復興しようとする意志は本物だったのだろう。時代が違えば、あるいは王と王政府がもう少しだけまともであれば、レオンハルトのことを好きになれたかもしれない。私も王太子妃として、ゆくゆくは王妃として、レオンハルトを支え、国を支えていくこともありえただろう。


 残念だけど、今の王国ではそれは叶わなかった。


「あなたの国を繁栄させようという意志だけは継がせてもらうわ」


 そう呟いてクローデリアは手紙を破り、炉に落とした。

 手紙は燃え、灰になって舞った。


「好きになりかけていたからこそ赦せなかったのよ」

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