ほふりでん

Bamse_TKE

ほふりでん

――俺は暗い森の中を一人逃げ回っていた。柄にもなく、誰にともなく祈りを捧げながら。


『君みたいなクズも祈るんだね』

『何に祈っているのか知らないけれども』


 俺は逃げ回っていた。多人数が同時にしゃべっているようなエコーがかった声と、幼女を殺めてしまった事実から。


『昔々あるところに、クマに襲われている農夫がいました』


 さきほどからこの声は俺が無視しているのを承知で、しかししっかり脳内に響いていることを承知で、淡々と話し続けている。


『農夫は神様に祈りました』

『どうか、あのクマに神様の教えを授けてください』

『するとどうでしょう、クマは走る足を止め、祈るような姿勢で目を閉じました』

『農夫は助かったと神様に感謝しました』


 しばらくの沈黙の後、ちょっと笑いの混じった声がした。


『神様が言いました』

『クマは食前の祈りを終えた』

『お前も最後の祈りを忘れないように』


 くだらないジョークに付き合っている暇はない。大体この森どうなってやがる、先ほど連れ込んだ幼女と入ったときにはこんなに広くなかったはずだ。それなのに、あのお堂のなかでつい幼女を絞め殺してから、走っても、走ってもこの森から出られない。そして気が付けばまた、お堂の前に辿り着いた自分に気付かされる。


【祝殿】


いわいでん?」


 荒い息の中、俺はお堂の上に飾られた、看板のような名前を呟いた。こうしてはいられない、俺はまた違う方向に向かって走り出した。


『違うよ、これはと読むんだよ』


 またしても脳内に響く声が、俺の読み間違いをわざわざ修正しやがる。そして俺を嘲るように声が続く。


祝殿ほふりでんで子供を殺すんだから、知っているのかと思っていたよ』


「なんだそりゃ?」


 俺は初めて逃げる足を止め、脳内にうざったく響き続ける声に返事をした。足を止めた俺に、嬉しそうに弾んだ声が続いた。


祝殿ほふりでんはね、子供を神様に戻すところなの』

『ひとばしら、いけにえ、くちべらし・・・・・・』

『人を埋めたり、食べたりしてはいけないけど、神様になったのならいいよね?』

『昔から言うじゃない、七歳までは神のうちって』


 俺は聞いた内容の恐ろしさに震えた。自分がちょっと悪戯をしようとして、幼女を連れ込んだお堂がそんな建物だったとは。


『みんなから感謝され、みんなから詫び言を聞きながら、ぼくらは神に返された』

『君に殺された、この子以外は』


 最後の声が少し違って聞こえた。明らかに先ほどの声に女の子の声が混じっている。俺は絶望に目を閉じ、両手を合わせて目を閉じた。


『だから、何に祈ってるのさ』

『もしかして、神様?』


 嘲りの言葉を聞きながら、俺は深い絶望の中へと落ちていった。俺はもうじき彼らにほふられるのだろう。


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ほふりでん Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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