私の月

けんじょうあすか

第1話

むかしむかし、この王国には勇者がいました。

腐敗しきった階級社会から弱きを守る、いわゆる義賊です。

権力者の不正を暴き、金を盗んでは貧しき人々に分け与え、反逆罪として理不尽に捕まった人々を開放する。

権力者たちは、月の勇者を血眼になって探しましたが、正体につながる手がかりは全くありません。


それもそのはず。

月の勇者には秘密の不思議な力があったのです。

危機が迫りくるとき、選択をしなければならないとき、正解に導いてくれるような鈴のような音が月の勇者は聞こえていました。


民衆からは、いつしか、その義賊は月の勇者と呼ばれるようになりました。


そして、ある時、ぱたりと姿を消しました。







エイヴァは洗面台の上に設置してある鏡で自分の姿をとらえた。


ろうそくにぼうっとうつし出される自分の姿は3年の間に変わってしまった。


健康的に日に焼けた肌。

茶色い髪。

すこし丸くなった顔。

もう不思議な音は聞こえない耳。


もう見慣れてしまった。


一方で、黒に近い赤い目、服の下に隠された消えない傷跡はどうしても変わらない。

3年前まで『月の勇者』であった自分も残っているように思えてくる。


「フィン、早く寝なさい。」


遠くで母、アマンダの声がした。


「えー、まだ姉ちゃんも寝てないよ。」


フィンの不服そうな声が聞こえる。


「フィンはいつも朝起きれないでしょ。」


「起きれてる。」


「いつもエイヴァに起こしてもらってるじゃない。」


アマンダとフィンの声ははっきりと聞こえる。


先ほど染めていた髪をまじまじと見る。

染め残しはなさそうだ。


もう慣れたもので、きれいに茶色に染まっていた。

ここにきてから茶色に髪を染めるようになった。

もともと銀色のような色素の薄い髪だったため、簡単に茶色に染まる。


もう昔とは違う。


エイヴァは茶色の髪をかるくまとめると、ろうそくを持って風呂場から出る。


「私が見てるから、ちょっとだけ。」


エイヴァが言うと、アマンダが折れる。


「ちょとだけよ。いつもありがとね、エイヴァ。」


「ううん。全然。おやすみ。」


「おやすみ。」


アマンダはそう言って自室に戻る。


父親のローガンにも「おやすみ。」を言う。


「おやすみ、エイヴァ。」


ローガンは優しく言う。


ローガンとアマンダがドアを閉める。


今日も一日が終わる。

朝早起きして、農作業を始める。

日が落ちる前に帰宅してご飯をみんなで食べる。


最近は一日の終わりに、フィンに文字を教える。


もうフィンは一通り文字は読み書きができるようになった。

だが、知識欲は抑えられないみたいだ。


「うん、よく書けてる。」


エイヴァが言うと、フィンは照れくさそうに笑う。


「じゃあ次はこれ読みたい。」


フィンがどこからもってきたのか、真新しい本を持ってくる。


『月の勇者』


題名を見たとき、底のない谷に落ちていくような気がした。


「これ町で今流行ってるんだって。今日町から来てた物売りの兄ちゃんにもらったんだ。」


知っている。

内容まで知っている。


その中の月の勇者は、エイヴァから言わせればでたらめだ。


でも、その中の『月の勇者』は輝いていた。

みんなに勇者と呼ばれる存在。


「つきの、ゆうしゃ・・・あってるでしょ?題名だけでもかっこいいし、本当にいたんでしょ?」


フィンは、目を輝かせていた。


エイヴァは力なく微笑んだ。


現実では、月の勇者はもうどこにもいない。


あの不思議な音が聞こえなくなって、エイヴァは月の勇者でいられなくなった。

潔く『月の勇者』を諦めて隠居するでもなく、ドラマチックに軍につかまって処刑されることもなく、不格好にもがいて苦しんで、その結果、王都から逃げてここにたどり着いた。


「そうなんだね。それはまた明日にしよう。」


フィンは食い下がらなかったがエイヴァは、フィンをなだめて自分の少しつめたいベッドにもぐった。






また明日。

それは来ないことを、今のエイヴァは知ることができなかった。



ぽつぽつと集まりだした村人は茫然としていた。


「ローガンたちはもう出てきたのか?」


「いや、誰も出てきてない。」


「ああ、でももう火は・・・」


口々に人は言う。


「ああ、もうこれはもう助からない。」


誰もがそう思い、ただ一軒の家屋が焼け落ちるのを見ることしかできなかった。




熱い。

目の前が赤い。


そして、なぜか眠い。


誰かに体を揺さぶられてる。


頭がくらくらする。


誰か何か言ってる。


「・・・月の勇者。」


本はまた明日にしようって言ったのに。


口元に布があてられて体が宙に浮く。


「死ぬな。あなたは月の勇者でしょう。」


そう、私は。






「ああ、これはもう助からない。」


誰かが小さな声で言った。

もう村人たちは大勢集まっていたが、何をすることもできず立ち尽くしていた。


火はもう家全体にまわっていて、人の手で消火することは絶望的だ。


「誰か出てくるぞ!」


一人の村人が指さす。

その先には、両手で農民の女を抱えて出てくる貴族の麗人がいた。


赤い炎に反射して、金色の目はきらりと光を帯びていた。


貴族がしがない農民を命がけで助けることを予想できたか。


村人は一同、あっけにとられ、その光景をただ見つめることしかできなかった。








エイヴァは、ゆっくり目を開けた。


視界がぼやぼやするが、次第に焦点が定まってくる。


頭がずきずき痛む。


エイヴァは、いい匂いのするシーツから首から上だけだしていて寝かされていた。


ゆっくりと首だけ動かしてあたりを見る。

そして自分の家でない知らない場所にいることに気づいた。


体が重く、目に見える範囲で観察する。


まだ夢の中にいるような感覚で、不思議と落ち着いていた。


ここは自分の家よりもはるかに良い場所だった。


まずエイヴァがいるこの部屋自体も広いのに加え、ベッドがエイヴァのもの以外見当たらない。一人部屋らしい。


窓からはやさしい月の光が差している。


ちゃんとした作業ができる机もあるし、衣装棚らしきものまである。


何度か見たことのあるつくりだ。


月の勇者であった時の記憶にさかのぼる。

重要な文書はこういうところにあったりする。


意識がどんどん現実に引き戻されている感じがした。

すうっと血の気が引いていく。


その時、扉が静かに開いた。

反射的にエイヴァはそちらに目を向け、金色の目と目が合った。


麗人はゆっくりと扉を閉めて、にっこりエイヴァに笑いかける。


「おはようございます。月の勇者。」














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私の月 けんじょうあすか @asuka_9701

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