第2話 世界不適合者

 

 導流どうりゅうリタは胸の高さまで伸びたフェンスに方肘を乗せ、真下に広がる低層区アンダーディストリクトを意図もなく眺めていた。


 黒いオーバーサイズのブルゾンに伸縮性の強いスキニーパンツという出立ちは、いつも通りの適当なスタイルだ。


 六月の午後六時。

 恒常的に排気ガスを被る低層区の灯りはひどく鈍い。

 光量の強さは経済力に等しいと聞いたことがあった。

 リタが振り返れば、威圧的に聳え立つ建築群の鋭い稜線は、多彩な光を放っていた。


 リタが立つ高台は低層区から測れば三〇メートル、色の冠を持つ五区の中で東に位置する黄地区きちくにある。

 日本という形骸が失われ、地方都市が国家となってから一〇〇年が過ぎた二一三〇年、五つの区からなる都市国家BIO《ビオ》東京とそれを取り囲むドーナツ状の低層区アンダーディストリクトが日本列島の中心であった。

 

 判決、商取引の締結、進路や就職先などは、スマートコントラクトという電子プログラムが決定をする。

 本来は人口減少が引き起こす深刻な就労者不足と、権力の情緒的判断を阻止するために導入されたものだが、行政府は徐々にシステム管理権限を肥大化させ、この一〇〇年で人々は見事に飼い慣らされた。


 一つの法規定がある。

 それは、スマートコントラクトによるマイナスの決定(法令違反等)が累積すると五区内での居住権を失い、低層区アンダーディストリクトに流されてしまう。

 生活基盤は整っているが、アンダーディストリクトの住人が五区内へ入る際には行動制限がかかる。ある種の権利が失われているのだ。


 失効市民ルーザーシティズンと揶揄される彼らの存在が、五色区に住む人々に無形の優越感を抱かせ、有史以来続く、もはや人の特性ともいえる差別が色濃く存在していた。


 突然、アンダーディストリクトから煙が湧き上がり、銃声が聞こえた。

 治安維持を司る制御隊のサイレンが耳に飛び込めば、焦げた匂いが風に乗ってリタまで届いた。ありふれた日常た。鼻腔を右手で塞ぎながら、リタはフェンスから遠ざかった。

 

 コンビニは便利だ。

 リタのように無口で無愛想な人間でも、人と接することなく買い物ができる。

 全ての商品は自動的に運ばれて陳列、ここからがようやく人の仕事だ。とはいっても、自分の欲しいもの自動運転の買い物カゴに入れるだけ。あとはカゴにモバイル端末をかざせばICタグが合計金額を弾き出し、決済して完了となる。再生紙の袋にも自動的に入れてくれる。  


 リタが袋を持ち上げてみると結構に重たい。一週間分だからそれも当然かと思いながら、喧喧とコマーシャルで満ちた店内から飛び出した。

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