かつてのわれらは
アルストル
第1話
ーーー???ーーー
この地に神があり、世は全てこともなし……。
清らかな風が吹き、大地には生命が宿る。
人は祈り、神は沈黙し、わずかばかりの恩寵を与える。
秩序は保たれ、争いは許容範囲に収まっている。
それでいい。
……いや、このままがいい。
このぬるま湯のような世界こそ、望まれた楽園。
痛みは鈍り、怒りは薄まり、
誰も神に問い返さない。
――考えなくていい。
決めなくていい。
さあ、共に微睡もう。
共に仮初の園を謳歌しよう。
私も、もう少しだけ……
眠らせておくれ。
ーーーーーーーーー
《ピー、ピー、ピー、……》
微睡みの中、遠くから何かが聞こえてくる。
等間隔に刻まれる音が、なぜか心地よかった。
(私は……何を?)
今がどういう状況なのか、見当がつかない。
ただただ、気だるい眠気に身を委ねている。
《ピー、ピー、ピー、……》
――思い出せない。
いままで、何をしていたのだったか。
《ピー、ピー、ピー、……》
どれほど時間が経ったのだろうか。
《ピー、ピー、ザザザ……エラーが検出されました。》
一定間隔だった音に、ノイズが混じる。
(……何だ?)
《エラー、エラー。稼働率が基準値を下回っています。
機能の維持に問題が発生しています。》
状況は分からない。
ただ、おぼろげな意識の奥で、鈍い痛みが広がっていく。
理由のない不安が、じわじわと胸を締めつける。
《エらー、エラー。被験者の脳に、重大ナ影響がハッせい。
スミやカな対処、が必要デス。》
(……何、が……)
《エラー、えらー。危険域にトウ、たつ。
安全ソチのため、ヒけんシャの排出ソチをジッコウ、いたシます。》
(……排出……?)
《ロック解除。
あナタの行ク先に、サチ多からンことヲ……》
その言葉の途中で、
激しい痛みと吐き気が頭を貫く。
世界が歪み、意識が遠くなるのを感じる。
ピチョン、ピチョン、……
しずくの落ちる音が、静寂の中にやけに大きく響いている。
(……寒い。なんだ、ここは……?)
横たわった湿り気のある地面から、じわじわと体温を奪われている。
ぼんやりとした頭を小さく振り、そっと目を開けた。
――暗い。
背後で点滅する微かな光のおかげで、正面の岩肌がぼんやりと浮かび上がっている。
振り返ると、今にも途絶えそうな光を放つ円筒状の装置が目に入った。
装置は半ば岩に取り込まれ、
前方の扉だけが、無理やり押し開かれたように上を向いている。
(……なんなんだ、一体。ここはどこなんだ……?)
左右を見渡す。
鍾乳洞のように歪んだ岩壁と、底の知れない暗闇が続いているだけで、他には何も見えない。
(私は……今まで、何を……? いつっ……)
記憶を辿ろうとした瞬間、
頭の奥に鈍い痛みが走り、思考がそこで途切れた。
(……一体、何だってんだ……)
周囲を探ろうと、慎重に体を起こす。
だが光源は、背後の装置が放つ明滅する光だけだ。
この明かりを失えば、一歩も動けなくなる。
そして、その光も、あと数分もすれば、消えてしまいそうだ。
「おいおい……消えるなよ。頼むぞ」
思わず装置に近づき、声をかける。
だが返事はなく、光は願いに反するように、さらに弱まっていく。
「……うそ、だろ」
次の瞬間、
装置の点滅が、ふっと途切れた。
世界は、完全な暗闇に包まれる。
寒さのせいか、それとも恐怖のせいか。
足元から、じわじわと震えが這い上がってくる。
(何もわからないまま……こんな真っ暗闇の中で、凍え死にするのかよ……)
手探りで周囲を探る。
だが触れるのは、湿った岩肌と、先ほどまで光を放っていた謎の装置だけだ。
(いや……凍える前に、狂ってしまいそうだ)
直前まで見えていた範囲に、危険なものはなかった。
それでも、闇の奥から何かがこちらを見ているような錯覚が、頭から離れない。
「まじか……どうする。どうしたらいい……?」
小声で呟いた言葉が、虚しく反響するだけで、返事はない。
「っ……落ち着け。
何か……光を起こせるものはないか。考えろ。思考を止めるな」
自分を叱咤し、頬を叩く。
痛みだけが、まだ現実に繋ぎ止めてくれていた。
(装置を……直せるか? 叩いたり、揺すったり……)
手探りで装置に触れ、叩き、撫でる。
だが返ってくるのは、鈍い衝撃と痛みだけだった。
(次……次は……身につけてるものは……?)
自分の体をまさぐる。
薄く、滑らかな布地の上下。
ポケットはなく、手の中は空っぽだ。
(……どうする。どうする……!)
腕で頭を抱え込んだ、そのとき。
――首元で、何かが軽く跳ねた。
「……なんだ?」
反射的に掴む。
手の中に、握りこめるほどの小さな物体があった。
「なんでもいい……なにかあってくれ……!」
首元にぶら下がっていたそれを、必死に探る。
だが、何の反応もない。
「あぁ……だめか……」
喉の奥が、きゅっと縮む。
「……頼む……光……ひかりだ。
光が、欲しい……」
理屈でも、理論でもない。
ただ、生きたいという衝動だけで、首元のそれを強く握りしめ、声を絞りだす。
当然、何も起きない。
力が抜け、膝をつく。
「……あぁ……終わった、か……?」
その瞬間――
パキッ。
頭上で、何かが割れるような音がした。
はっと顔を上げる。
中空に、ガラス片のようなものが舞い、溶けるように消えていく。
その中心に、弱く、しかし確かに光を放つ“何か”が浮かんでいた。
透けて見える。
だが、そこに「在る」と、直感的に分かる。
「…………」
呆然と見上げていると、
その物体の表面に線が走り、ぱかりと開いた。
中から現れたのは、
くりくりとした二つの目。
唐突に視線が合う。
思考が止まり、
口から、間の抜けた声が漏れた。
「……はへぇ?」
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※世界観重視でゆっくり進みます。合いそうでしたらお付き合いください。
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