コミュニケーション許可局 番外編|日常是正録
53歳おっさんテケナー
第1話「許可なき「善意」は、業務外対応です」
ナレーション
この会社には、
空気を読む文化がない。
正確に言えば、
空気より規程を優先する部署が存在する。
――コミュニケーション許可局。
本社・会議室前 廊下/昼
昼休み前の、静かな時間帯。
コピー機の音だけが響いている。
若手社員・**山下(24)**が、
資料を抱えて立ち尽くしていた。
山下(心の声)
(佐伯さん……だよな)
(あの人、いつも一人だし)
(ちょっと冷たいって噂だけど)
(でもさ……)
(困ってる人、放っておけないタイプに見える)
山下
「あの……佐伯さん」
佐伯ミナ(足を止める)
「はい。何でしょう」
声は低く、一定。
振り向き方に、迷いがない。
山下
「最近、忙しそうじゃないですか」
「無理してないかなって……」
一瞬の沈黙。
佐伯
「ご用件は、それだけですか」
山下
「はい。えっと……」
「もし、誰にも相談できないこととかあったら」
「俺でよければ、話、聞きますよ」
彼は“いいことを言っている”と思っていた。
善意。気遣い。人として当然。
佐伯(静かに)
「確認します」
山下
「……はい?」
佐伯
「私は、あなたに
個人的な相談を希望したことがありますか」
山下
「……いえ」
佐伯
「私が困っている、
あるいは助けを求めているという
事実確認は取れていますか」
山下
「……雰囲気、というか」
佐伯
「では、それは
推測に基づく感情介入です」
山下
「え……?」
佐伯
「善意であっても、
相手の状態を事実確認せずに
支援を申し出る行為は――」
一拍。
佐伯
「コンパッション・ハラスメントに
該当する可能性があります」
山下
「え、俺、今……
責められてます?」
佐伯
「いいえ」
首を横に振る。
佐伯
「説明しています」
山下
「でも……
気遣いって、必要じゃないですか」
佐伯
「必要です」
即答。
佐伯
「ただし、
許可を取った気遣いだけが
有効です」
山下
「……許可?」
佐伯(ここで、はっきりと)
「改めて自己紹介します」
佐伯ミナ・自己紹介
「佐伯ミナです」
「本社・第一企画部所属」
「兼務として、
コミュニケーション許可局の
規程監査を担当しています」
「私の役割は、
“悪意のない侵入”を止めることです」
山下(心)
(侵入……?)
佐伯
「人は、
善意を理由に距離を詰めます」
「そして、
断られたときに傷つきます」
山下
「それって……
普通の人間関係じゃ……」
佐伯
「違います」
静かに、断言。
佐伯
「それは、
相手の心を無断で扱った結果です」
山下
「……じゃあ、
どうすればよかったんですか」
佐伯
「手順は、簡単です」
佐伯(淡々と)
「① 事実確認」
「② 許可取得」
「③ 介入」
山下
「……具体的には?」
佐伯
「例えば」
佐伯(テンプレのように)
「『業務上の様子を見て、
お忙しそうに感じました』」
「『もし支援が必要であれば、
お声がけいただけますか』」
山下
「……それだけ?」
佐伯
「それ以上は、
相手の領域です」
山下
「冷たくないですか」
佐伯
一瞬、視線を伏せる。
佐伯(低く)
「冷たいのではありません」
佐伯
「人は、
勝手に踏み込まれたときに
一番、傷つくんです」
ナレーション
山下は、その場で
何も言えなくなった。
怒られたわけでも、
拒絶されたわけでもない。
ただ、
線を引かれただけだった。
ナレーション
――ここは、コミュニケーション許可局。
善意は否定されない。
優しさも、間違いではない。
だが、
許可なき感情介入は
善意という名の業務違反となる。
人を思うなら、
まず距離を測れ。
触れる前に、
通行許可を取れ。
それが、
誰も壊さないための
最低条件だ。
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