味が先に告白してしまう
まるん。
第1話 未来は、味で分かってしまう。
誰が優しいのか。誰が嘘をついているのか。誰が怒っているのか。誰が、未来を見下しているのか。
言葉よりも先に、料理がそれを運んでくる。甘みや塩気や、舌の奥に残る苦みとして。
だから未来は、人と仲良くなるのが怖かった。
親切にされても、その親切の裏の心まで舐め取ってしまう。褒められても、褒め言葉の中に混じった退屈や軽蔑が分かってしまう。
定食屋を継いだのは、そういう自分を隠せる気がしたからだ。忙しく手を動かしていれば、味のことを考えずにいられる気がした。切って、炒めて、煮て、盛りつけて。工程は正直で、感情よりずっと扱いやすい。
けれど現実は、逆だった。
料理こそが、いちばん正直に感情を翻訳してしまう。
未来の店には、いつも同じ時間に来る客がいた。
四十代くらいの、服装も言葉遣いも丁寧な人。席は決まって入口に近い二人席。注文はだいたい同じ。食べ終えると、きちんと箸を揃えて「ごちそうさま」を言う。
「今日もおいしいですね」
その声は穏やかで、表情も穏やかで、誰に紹介しても「感じのいい常連さん」だ。
だからこそ、未来は怖かった。
その人が帰ったあと、未来は必ず鍵を確かめる。
鍵が掛かっているのを見ても、胸の奥の冷たさは抜けない。翌日、同じ時間にまた暖簾が揺れて、同じ声が店に落ちる。
未来が恐怖を抱けば、その恐怖は味に出る。
味が変われば、相手はそれを「反応」と受け取る。
だから未来は、怖がらないようにしなければならない。嫌がらないようにしなければならない。何も思わないふりを、毎日練習するしかない。
思わないというのは、思い詰めるよりずっと難しい。
その日も未来は仕込みをしていた。昼のピークが終わり、夜の準備までには少し時間がある。包丁の音だけが店内に響く、落ち着いた時間。
入口の鈴が鳴った。
この時間に客が来ることはあまりない。未来は顔を上げずに「いらっしゃいませ」と言いかけて、息が止まった。
扉を開けたのは、柊だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます