ごきげんよう、今日から世界一幸せな継母です

日向マキ

第1話 悪役令嬢(顔面)が世界を救うまで

 私は前世で保育士だった。――が、はっきり言って向いていなかった。

「せんせい、こわい……」

 理由は明確である。つり目、細い目、高身長。笑うと悪魔。黙ると処刑人。歩くと怪異。母が保育士で子どもに囲まれる背中が大好きだった。だから憧れて同じ道を選んだ。なのに現実は子どもに近づくだけで阿鼻叫喚。

「せんせいのえがお、ホラー!」

 二年目にして、私は悟った。……あ、これ私の人生、顔面ハードモードだ。

 それでも辞めなかった。子供は好きだったし、泣かれても、怖がられても、「それでも可愛い」と思えてしまう性格だったから。

 ――だからだろう。交差点に転がるボールを追いかける少年を見た瞬間、私は何も考えず身体を動かしていた。

「危ない!!」

 キキィッッ――トラックと目が合う。……終わった、私の人生。

 けたたましいブレーキ音。やがて視界がひっくり返る。

「いつか、この顔で笑っても、誰も泣かない日がくるって……本気で思ってたのに」


 そして――次に目を覚ました時。

「……重っ」

 最初に思ったのはそれだった。全身が重い。布の重み。妙に息苦しい。ゆっくり目を開けると見知らぬ天井。やたら装飾が派手。シャンデリアがキラッキラ。

「これ異世界じゃない!?」

 冷静だった。というか、もうテンプレを浴びすぎていた。顔のおかげもあってか恋愛に消極的だったせいで、乙女ゲームや恋愛漫画を嗜んでいた。まさにここはその世界だ。私は身体を起こし、自分を見る。黒。しかも真っ黒。ドレスが喪服レベルで黒い。

「さすがにこれは、悪趣味すぎん? オールブラックコーデとか好きだったけどさ……これは漆黒だわ」

 鏡を見て私は絶句した。相変わらず怖い顔。いや前世より凶悪に見えるのは気のせいではないはず。目の下に影。鋭すぎる目。そして――。

「……この、盛り髪は何!?」

 黒髪が異様に盛られている。これ絶対、威圧感を最大値まで高める仕様だ。そのとき、扉が静かに開いた。

「お、お目覚めでございます……」

 メイドと目が合った。

「ひっ」

 悲鳴というより、瀕死の音。

「あ、えっと……取って食べたりしません」

 できるだけ優しく言った。が、メイドは壁に張り付き震えながら言った。

「お、お嬢さま……いえ、王妃さま……!」

「……おうひ?」

 嫌な予感がした。寝ぼけているのかと勘違いしたメイドは私について事細かに語った。そして説明を聞いて私は理解した。私は悪名高い売れ残り令嬢。おまけに顔が怖い・性格も怖いと噂。家の立場だけを利用して王に嫁いできた政略結婚相手。死別した皆に慕われていた王女の後。つまりそれは――。

「悪役令嬢じゃんか!」

 声に出た。メイドは祈るように十字を切り、さらに震えた。

「し、しかも……王子殿下が……」

 その瞬間、廊下の奥から小さな足音が聞こえた。現れたのは五歳くらいの男の子。金色の髪。丸く、ほんのり赤いほっぺ。きゅっと結ばれた口。……かわいいぃ!!! 継母ってことね? それでも母性爆発よ!!

 私は心の中で爆ぜた。だがテンションの上がった私に対して、王子は固まり、一歩後ずさり。

「……うぇ」

 泣いた。声を殺して。必死に我慢して。でも涙は止まらない。

 ……あっこれ完全に私が悪いやつだ。

 背後から突如、低い声がかかる。

「何をした、答えろ」

 振り向くと王らしき人物がいた。怖い。普通に私より。

「存在しただけです!」

「存在が問題だと?」

「否定できません!」

 王子は王の後ろに隠れた。

 私は即座にしゃがみ、床と友達になる。

「大丈夫です! 近づきません! 触りません! 叫びません!」

「叫ぶ気だったのか」

「めちゃくちゃ」

 王が無言になった。

 私は視線だけで花瓶を見つけ、花を1本もらった。茎を曲げて輪っかを作る。

「これ、安全距離リングです」

 王子は涙目でそれを見る。

「……あんぜん?」

「これを持ってる間、私は怖くありません」

「……ほんと?」

「嘘ついたら、この黒ドレス脱ぎます」

 王子の目が、きらっと光った。

 ――こうして私は確信した。……この異世界、顔面ハードモードだけど、やるしかない。だって私は。泣かれても、怖がられても、子供が好きな保育士だから。

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