Control+ S

雨宿 たまこ

愛哀傘

episode:1

 彼氏が他の女と相合傘をしている。傘なんてささなくてもいいくらいの小雨だというのに、二人は一つの傘に収まって肩を寄せ合い、アスファルトが湿って独特なにおいを放っている上をゆっくりと歩いている。淡い水色の傘は持ち手に人気子供向けアニメキャラクターのチャームが付いていて、それは今朝私が自宅から持ってきた傘だと目視で確認した。

 傘立てに自分の傘がないので、誰かが間違えて持って行ってしまったのか盗まれたものだと思っていたが、まさか彼氏が他の女を濡らさないために使っているとは考えもしなかった。自分の彼女は濡れてもいいけれどその女は濡らしたくないのかと、彼女である私はその女より下なのかと、彼の中で私の存在意義とは何なのかと悶々としていると、二人は曲がり角を進んで見えなくなった。

 梅雨明けのカラッとした天気が続き、雨が降ってもゲリラ豪雨だろうという時期に空は小さく泣いている。まるで私の心のよう、なんてポエミーな感傷に浸っているが、実際のところゲリラ豪雨のように泣けない自分に納得もしているのだ。彼の中で私の存在が小さきものだったように、私の中での彼もそれくらい小さい雨粒だった。

「さっき相合傘してたのって寿奈じゅな力也りきやだよね?」

「やっぱあの二人付き合ってたんだ、チアリーディング部のエースと生徒会長ってお似合いすぎるでしょ」

 後方から歩いてくる同じ学校の女子生徒がそんな会話をしているから、私と彼が付き合っていたなんて噂は一ミリもたっていなかったのかと悲しくなった。

 力也と付き合ったのは高校に入学してすぐのこと。手芸部の作品展に生徒会として観覧に訪れた際に、新入部員の私の作品を褒めてくれたのがきっかけだった。レジンを使ったイヤリングの数々を手に取って、付けてもいいかと聞いてくれた。男子がイヤリング?と最初こそ疑問に思ったものの、どうぞと言ったら徐ろに私の耳に手を伸ばしてイヤリングを付けてくれた。

「やっぱり作った本人に一番似合うね、黒髪にパープルのビーズが映える」

「あっ、あ…ありがとうございます」

「じゃあ頑張ってね、心乃香このかちゃん」

イヤリングを付けてくれた手が震えていたのを、今でも覚えている。耳たぶに触れるちょっと冷たい指先、顔と顔との距離が近くてホクロの数を数えられるほど。あんな経験をしてしまったら惚れてしまうのは絶対的。

 そんな美しい出会いからの告白までは早かったから、単純な性格をしていると自分でも思う。ベタに放課後、生徒会室を除いたら力也しか残っておらず、今だと思って突撃して思いを伝えた七月。泣きそうになりながら「私の作品が私に一番似合うって言ってくれたことが嬉しかった」「だから好きになったというと単純だけど」「気づいたら目で追っていて」「ずっと先輩のことを考えていて」「好きでたまらないです」と怒涛の告白を遂げた。力也は気まずそうに微笑みながらも「ありがとう、心乃香ちゃん。僕で良かったら付き合ってください」と応えてくれた。

 人生で初めてできた彼氏は、生徒会所属の人気者。誰しもが憧れる理想の先輩で、三年生の先輩からも信頼が厚い期待の星。浮かれてしまわないように必死だった。なのに今、目撃してしまった現実に心が壊れるほどの衝撃を受けていないことに驚いている。

 次の日、登校すると傘立てに傘は戻っていて、何事もなかったかのようにチャームが揺れている。犬モチーフのキャラクターで子供に大人気のマスコット、カプセルトイで三百円。初めてのデートで出かけたショッピングモールで見つけた思い出のチャームが、少しだけ目の塗装が剥げて悲しそうに笑っている。

「心乃香!ビッグニュース聞いてよ!三年の佐藤先輩と生徒会長、付き合ってるんだって」

「知ってるよ、昨日相合傘してたもん」

「えー!やば、超青春してるじゃん」

 教室内の女子はそんな話題で持ちきりのようで、浮かれている女子とショックを受けている女子と半々くらい。それくらい憧れの先輩だった力也と一年付き合っているというのに、私は嫉妬されることもなく、いじめられることもなく、噂になることもなかった。

 だがしかし、勝手に傘を持って行かれたことについては苛立っている。メッセージアプリで力也に「昨日、私の傘使った?」と何も見ていないふりをして送信すると、五分ほどたってから「使ってないよ」と一言返ってきた。これで何か感じて謝ってくれたらそれでいいのに、嘘をついて隠そうとしていることにムカついた。ここで「ごめんちょっとだけ借りた」とか「黙って借りてごめん」なんて言葉が返ってくることを期待していたかもしれない。

 昨日の鬱屈とした天気とは打って変わって今日は快晴、地面も嘘のようにカラッと乾いていて、陸上部の朝練の声が響く。カラカラに乾いたアスファルトは昨日二人が歩いていた足跡すら消してしまった、形跡も残っていない。まるで私と力也の関係のよう。

 私と力也の関係は続いているのだろうか、だとしたら力也は二股をかけていることになるが、メインとなっているのはチア部の佐藤先輩で私はサブ。第一夫人と第二婦人のようにお互いが認め合っている関係なら、昨今の多様性を踏まえてポリアモリーという選択ができるかもしれない。けれど現代日本でそれは許されないのだ。

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2026年1月3日 11:18

Control+ S 雨宿 たまこ @1997_harapeko

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