前世の記憶で未来が全部わかる俺は、現代ダンジョンを最短攻略

てゅん

第1話 世界が変わるまで

世界が変わるのは、あと七二時間。


 正確には――二〇二六年二月五日、午前七時十二分。東京湾岸の潮風公園。そこに最初のゲートが開く。


 俺の名前は時南尚人。二十六歳。都内のSIerに勤める、どこにでもいる社畜SE……だった。


 “だった”と過去形にするのは、俺が一度この未来を生きて、死んでいるからだ。


 前の人生で、俺は十年かけて理解した。


 世界が変わった日、人は二種類に分かれる。


 覚醒アウェイクできた者と、できなかった者。


 ダンジョンに潜れる者と、潜れない者。


 そして、奪う側と、奪われる側。


 日本は、あっという間に後者になった。資源とインフラを外資に握られ、治安は崩れ、政治は後手に回り、地方は干上がった。俺も例外じゃない。守る力もないくせに、守りたいものだけは増えていって――最後は、目の前で全部失った。


 だから二度目の人生では、同じ轍は踏まない。


 優しさは捨てない。人に手を差し伸べるのは、嫌いじゃない。


 ただし、損得勘定は外さない。


 “助ける”のは、未来の利益になるからだ。俺が守りたいのは、顔も知らない不特定多数の「日本」だ。国が沈めば、俺の生活も沈む。だから浮かせる。誰かの善意に期待するんじゃなく、俺の手で。


 逆に――敵対するなら、容赦はしない。


 前世で学んだ。法律も世間体も、命の前では紙切れだ。表沙汰にならない形で、二度と歯向かえないように潰す。そう決めている。


 俺の頭の中には、これから起こることの“台本”がある。


 どこにゲートが現れ、どの順番でダンジョンが増え、どの企業が暴騰し、どの政治家が失脚し、どの都市が崩れるか。何月何日、何時何分、どのニュースが流れるか。スタンピードの発生地点まで、全部。


 だから準備は単純だ。


 「いつもの通り」に生きる顔をしながら、「未来の通り」に動く。


     ◇


 まずは現金化。


 銀行アプリで残高を確認して、限度額ギリギリまで引き出す。ダンジョン解放直後、決済網は一度落ちる。復旧はするが、その一度が致命傷になる。前世で学んだ“当たり前”だ。


 次に装備。


 アウトドアショップで登山靴、厚手の手袋、ヘッドライト、救急キット、携帯浄水器。刃物は買わない。日本で正面から武器を買うのは面倒だし目立つ。代わりに工具コーナーで小型のバールと、頑丈なハンマー。用途は「DIY」。それで十分だ。


 食料は保存が利く高カロリーのものを中心に。水は二リットルを二本。あと、腹を壊さないための整腸剤。地味だが、生存率に直結する。


 買い物袋が両手に食い込む帰り道、マンションの管理人が共用部の倉庫を整理していた。


「手伝いましょうか」


「え、いいの? 助かるよ」


 段ボールを運び終えてから、俺は水を一箱だけ、そっと置く。


「これ、賞味期限が近いんで。よかったら非常用に」


 嘘だ。期限はまだ先だ。


 でも、こういう嘘は嫌いじゃない。近所の子どもが泣き叫ぶ未来は、見たくないから。――ついでに言えば、非常時に味方が多いのは、単純に得だ。


 善意は投資になる。だから、やる。


 そして一番大事なのが、場所取り。


 初回のゲートは、潮風公園の海沿い。最初に入った者には、システムから“初回突入者ボーナス”が配られる。内容はランダム――ではない。条件付きだ。前世の俺はその条件に気づくのが遅れた。


 ・発生地点から半径十メートル以内

 ・発生“前”からそこにいる

 ・発生から三十秒以内に突入


 この三つを満たすと、ユニークスキル枠が一つ追加で開く。たった一つ。だがその一つが、十年後の世界の序列を決める。


 俺は潮風公園まで歩いて三分の場所に、ウィークリーマンションを契約した。名義は個人。理由は「在宅勤務のための環境確保」。会社にはテキトーに説明して、有休を三日取る。


 上司は渋い顔をしたが、どうでもいい。


 この会社は一週間後、ダンジョン対応の案件で炎上して潰れる。俺が残っても救えないし、救う気もない。俺は日本を救いたいのであって、無能な管理職の尻拭いをしたいわけじゃない。


 退勤のエレベーターで、同僚の黒崎が肩をぶつけてきた。


「おい時南。今週、有休三日ってマジ? こっちは死にそうなんだけど」


「マジ。死にそうなら、ちゃんと休め。倒れても会社は守ってくれないぞ」


 黒崎は顔をしかめた。


「綺麗事言うなよ。お前だけ逃げる気か?」


「逃げるんじゃない。動くんだよ」


 前世の俺なら、取り繕っていた。今は違う。余計な好感度を稼ぐ必要がない相手には、コストをかけない。


 黒崎は眉をひそめ、声を落とした。


「調子乗んなよ。お前、例の見積もり……ミスってたよな? あれ、俺が上に言ったら――」


 ああ、来た。脅し。


 前世の黒崎は、ダンジョン対応で“覚醒”できず、弱者を食い物にする側に回った。俺が知っている未来では、こいつのせいで一人死ぬ。俺が助ける予定の人間だ。


 俺は足を止めて、黒崎の目を見た。


「言えばいい。ついでに、君が先月から社内の備品を転売してる件も、全部出す」


「……は?」


「監視カメラの死角を避けてるつもりだろうけど、君、社用スマホの位置情報を切り忘れる癖がある。あと、フリマアプリのアカウントも。匿名のつもり?」


 黒崎の顔色が変わった。


 俺は本当はまだ“全部”は揃えていない。だが、揃える方法を知っている。三日後、この世界のルールが変われば、情報はもっと簡単に取れる。


 だからここでは、脅し返すだけでいい。


「俺に敵対するなら、続けて。君の人生、静かに終わらせる方法ならいくらでもある」


 黒崎は唇を噛み、何も言えずに去った。


 胸の奥が冷える感覚がした。こういう自分を、嫌いじゃない。必要な冷たさだ。前世の俺が足りなかったもの。


 そして――黒崎のような小物は、いずれ“表に出ない形”で処理する。


 今はまだ、優先順位が低いだけだ。


     ◇


 二月五日、午前六時四十分。


 潮風公園は、いつも通りだった。


 犬の散歩をする老人。ジョギングする会社員。海を眺めるカップル。観光地特有の、のんびりした空気。世界が終わる直前だなんて、誰も思っていない。


 俺は海沿いのベンチに座り、紙コップのコーヒーを飲む。足元には、工具箱に偽装したバッグ。中身は装備一式だ。


 時間つぶしにスマホを眺めるふりをしながら、周囲を観察する。


 “条件”を満たす人間は、俺だけでいい。


 ……とはいえ、前世の経験上、“偶然の天才”はいる。何も知らないくせに、たまたま条件を踏み抜く奴が。


 だから念のため、発生地点の近くに立っている老人に声をかけた。


「すみません。海風、冷えますよ。向こうのベンチの方が陽が当たります」


「おや、そうかい? じゃあ、移ろうかな」


 俺はポケットから使い捨てカイロを一つ渡す。老人は驚いた顔をしたが、すぐに笑った。


「若いのに、気が利くねえ」


「たまたまです」


 老人が遠ざかる。これで半径十メートルは、ほぼ空く。


 優しさは、時々、戦略になる。


 午前七時十一分五十秒。


 空気が変わった。


 潮の匂いが、いきなり薄くなる。代わりに、鉄錆と湿った土を混ぜたような匂い。耳の奥がキーンと鳴って、視界の端が歪む。


 カップルの女がスマホを落とす。


「え、地震?」


 違う。これが、前触れだ。


 俺は立ち上がり、発生地点――海沿いの石畳の真ん中に歩く。ちょうど、潮風に当たるモニュメントの前。半径十メートル。完璧。


 午前七時十二分。


 空が裂けた。


 いや、裂けたように“見えた”。実際は、空間の接続が起きたのだ。前世で、研究者たちはそれをそう呼んだ。


 目の前に、黒い長方形が現れる。高さ二メートル、幅一メートル。鏡のように光を吸い込み、表面には薄い霧が流れている。


 ゲートだ。


 人々が悲鳴を上げ、逃げ出す。スマホを構える者もいる。そうだ、現代だ。まずは撮る。……その配信が、世界の常識を変える。


 俺は息を吐く。


 走らない。焦らない。三十秒以内ならいい。これも条件の一部だ。発生直後のゲートは不安定で、勢いよく飛び込むと“弾かれる”確率が上がる。


 歩いて、触れる。


 冷たい。水でも金属でもない、無機質な冷たさ。


 次の瞬間、視界が真っ白になった。


     ◇


 目を開けると、そこは白い部屋だった。


 壁も床も天井も、境目がわからないほど均一な白。影すら薄い。空気が澄みすぎていて、逆に気持ち悪い。


 そして、目の前に浮かぶ文字。


【システムへようこそ】


【地球圏にダンジョンを解放しました】


【適合個体を確認……】


【個体名:時南 尚人】


【初回突入者ボーナス:適用】


 俺は心の中でガッツポーズをした。予定通り。


 次の行が続く。


【追加ボーナス:ユニークスキル枠+1】


 よし。


 さらに、その下に。


【称号を付与します】


【称号:《開幕の先駆者》】


【称号:《報復者》】


 ……二つ目は、前世でも取った。俺の“性格”を、システムは最初から把握しているらしい。


 悪くない。


 画面が切り替わり、ステータスStatusが表示された。


――――――――――

【ステータス】

名前:時南 尚人

レベル:1

HP:100/100

MP:100/100


筋力:10

敏捷:10

耐久:10

知力:10

魔力:10

運:10


スキル:

・《言語理解》

・《基礎身体強化》


ユニーク:

・《損益配分》

――――――――――


 俺は、笑った。


 《損益配分》――前世で、喉から手が出るほど欲しかったスキルだ。


 俺が得た経験値、スキルポイント、ドロップ――それらを“任意の対象”に配れる。つまり、俺一人が強くなるだけじゃない。強くしたい人間を、選んで強くできる。


 金も力も、貯め込むだけじゃ国は動かない。回して、循環させて、仕組みにする。そうすれば日本は沈まない。


 俺はこのスキルで、国を立て直す。


 ――そして、敵対した連中には“損”だけを配ってやる。


 画面の端に、赤い通知が点滅した。


【緊急クエスト発生:国土防衛】


【第一防衛線:東京湾岸】


 来たか。


 前世の“台本”では、これはもう少し後だった。だが、俺は知っている。俺がここに立つことで、引き金が早まることも。


 世界は変わる。俺の都合のいい方向に。


 白い部屋の奥で、扉がひとつ、音もなく開いた。


 そこから、湿った土の匂いと――獣の息遣いが流れ込んでくる。


 俺は工具箱のバッグを肩にかけ、扉へ向かった。


 初日から、忙しくなりそうだ。

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