恋人タイムリープ ~幼馴染への告白が成功するとループするので、二人で脱出条件を「検証」しながらイチャイチャしてみたけど、イチャイチャしようとしてもループする~

久野真一

第1話 告白が成功したのに、なぜかその日の朝に戻された

 文香ふみかの家のリビングで、僕はソファに座っていた。


 スマホを開く。

 Gooleドキュメントの通知が溜まっている。

 昨夜入れたコメントに、文香が返信してきたやつだ。

 GooleドキュメントはGoole社が提供するオンラインの文書作成ツールで、リアルタイムで複数人が同時に編集できる。


 僕は彼女小説の原稿を共有して、ツッコミを入れる役割を担っている。


『ここ、時系列おかしくない?』→『直した!』

『新キャラの動きが不自然。作者に動かされてる感じ』→『うっ……確認する』

『主人公の性格的におかしいと思う』→『りっちゃん厳しい……でもありがとう』


 いつものことだ。文香が書いて、僕がツッコむ。

 それを繰り返して、デビュー作「初恋タイムリープ」は完成した。

 あの小説がキミヨムコンテストで大賞を取ってから、もう半年以上経つ。

 賞金の五十万円は、新しいノートPCと、

 何故か誘われた二人っきりの旅行代に消えた。

 高校生にしてネット小説の書籍化デビューを果たした新進気鋭の小説家。

 それが春野文香はるのふみかという少女だ。


 ただし、生活能力は壊滅的だ。


 時計を見ると、七時半。合鍵を使って入ってから、もう三十分が経っていた。

 文香の両親は共働きで、朝早くに出勤する。

 だから僕が文香を起こす係になっている。

 最初はベランダ越しに声をかけていたけど、

 最近は遠慮なく上がり込んでいた。


 奥の部屋から物音がした。やっと起きたらしい。


「……んー……りっちゃん……?」


 寝ぼけた声と共に、くしゃくしゃの寝癖をつけた文香がリビングに現れた。

 パジャマ姿で、目をこすりながら。

 ……可愛い。


 いや、そうじゃなくて。


「おはよう。もう七時半過ぎだよ」

「……えっ」


 一瞬で目が覚めたらしい。

 文香は慌ててスマホを確認して、悲鳴を上げた。


「嘘っ!? 昨日三時まで原稿やってて……!」

「締め切りまでまだ時間あるのに根を詰めなくても……」

「それはそうだけど、集中モードに入ると筆が止まらないの!」

「昔からだよね、それ」


 文香は一度エンジンがかかると平気で夜ふかしするクセがある。

 かく言う僕も同じようなクセがあるので人のことはいえない。

 たとえば、先週、二人で対戦ゲームにハマりすぎて僕も寝坊したことがある。

 あのときは文香に起こしてもらったんだった。


「とにかく早く準備して。先に行ってるから」

「十分で準備するから待ってて!」


(十分で準備できたこと、一度もないんだけどな)


 過去三年間のデータを脳内で集計する。

 平均準備時間は十八分。最短記録が十二分。十分はどう考えても無理だ。


「はいはい。十五分まで待つから」

「りっちゃん、信用してない!」

「信用してるよ。過去のデータに基づいた予測だよ」

「理系男子め……!」

「理系ですから」

「ふん……!」


 文香は頬を膨らませながら、部屋の奥に消えていった。

 ……怒った顔も可愛いと思ってしまう自分が、少し嫌だ。


 僕、冬木理久ふゆきりくは文香のことが好きだ。

 幼稚園の頃、このマンションの公園で知り合ってから、十年以上の付き合いだ。

 同じマンションの隣同士。

 僕と文香の部屋はベランダ越しに会話ができる距離にある。

 この距離感が、僕たちの関係を象徴している気がする。

 近いけど、一歩が踏み出せない。


 彼女が小説を書き始めたのは中学の頃だった。

 僕はその最初の読者で。

 今でも共有された原稿にコメントを入れる係を任されている。


「りっちゃんがいいって言ってくれたら安心して出せる」


 そう言われるたびに、胸が痛くなるほど嬉しい。


 思い返せば、ずっとこうだった。

 小学生の頃は一緒に宿題をして。

 中学生になってからは一緒に帰るのが当たり前になって。

 文香が風邪を引いたときはお見舞いに行って。

 僕が落ち込んでるときは文香が隣にいてくれた。

 いつから「好き」になったのか分からない。

 気づいたときには、もう文香のいない日常なんて想像できなくなっていた。


 でも、告白はできない。


(断られたら気まずくなる。今の関係が壊れる。隣同士だから顔を合わせざるを得ない。毎朝が地獄になる——)


 最悪のケースが見えすぎて、なかなか一歩が踏み出せない。

 それが僕という人間だった。


◇◇◇◇


 二十分後。案の定、準備に時間がかかった文香と一緒にマンションを出た。


「ねえ、りっちゃん」


 学校に向かいながら、文香がため息をついた。


「なに?」

「2巻、どうしよう」


 『初恋タイムリープ』の続編のことだ。


「……原稿見るだけでよくわかるよ」


 2巻の原稿を一緒にチェックしている僕は進捗状況もわかっている。


「1巻、十万文字で綺麗に完結させちゃったから。いい続きが書けないの」


 文香のデビュー作は、告白しようとすると邪魔が入って一ヶ月前に戻ってしまう女の子の話だ。タイムリープものとしてはオーソドックスな設定だが、緻密な考証が評価された……その考証の三分の一くらいは、僕がツッコミを入れて潰した矛盾点の修正だったりするんだけど。


「なんかいいアイデアない?」

「ループの条件を変えるとか?」

「変えるって、どんな風に?」

「例えば……ランダムにループが襲ってくる」

「それ単なる嫌展で全然面白くないよ?」

「わかってる。適当に言っただけ」


 僕は肩をすくめた。

 文香は少し考え込むように空を見上げた。


「でも、意外と面白いかも。ランダムに主人公を襲うループ」

「ボツでいいよ。僕が考えた設定なんて」

「ううん、メモしとく」


 文香がスマホを取り出してメモアプリに何か打ち込んでいる。


◇◇◇◇


 学校に着くと、教室には既に何人かの顔ぶれが揃っていた。


「おー、理久りく。おはよ」


 声をかけてきたのは桐島颯太きりしまそうた

 明るいムードメーカーで、僕とは中学からの付き合いだ。


「おはよう、颯太」

「お前、論文通ったんだって?今週の全校集会で表彰されるっぽいけど」

「運が良かっただけだよ」

「運だけで国際会議通るかよ。高二で論文って、意味わかんねえし」

「共著だから。ほとんど教授の力だよ」

「またまた。CFGがどうとかって、俺には何言ってるか全然わかんなかったけど」

「文脈自由文法。プログラミング言語とかの構造を定義する形式言語の一種」

「ほら、そういうとこ」


 颯太が肩を竦める。

 論文——「Universal IDE Generation from CFG」。

 任意の文法定義からIDEを自動生成するシステム。

 去年、地元大学の教授の研究室に出入りさせてもらうようになって、そこで書いたものだ。といっても、1st Authorはもちろん教授で2nd Authorは助教の人。僕は実装とアイデアの一部だけ貢献したので3rd Author。

 ともあれ、高校生が国際会議に論文を通すのは珍しいらしく、学校では「天才」扱いされている。でも、自分では「研究者の卵」くらいの自己評価だ。


「そういえば、春野はるのは?」

「すぐ来る。原稿書くために夜更かししてたみたいで」

「相変わらずだなー」


 颯太がにやにやと笑う。嫌な予感がする。


「で、今日もお姫様を起こしてきたわけだ」

「お姫様って何だよ」

「だってお前、毎朝王子様みたいなことしてんじゃん。『ふみちゃーん、起きてー』って」

「……そんな台詞で起こしてないって」

「じゃあ、どんな台詞で起こしてるんだ?」


 しまった。墓穴を掘った。颯太はますますにやにやしている。


「……前から言ってるでしょ。文香とは付き合い長いから」

「はいはい。幼馴染ね。幼馴染」


 「幼馴染」を二回繰り返すな。完全に信じてない顔だ。

 実際その通りなんだけど。


「ところで颯太、彼女さんとはどう?」

「急に話変えんなよ。まあ順調だけどな」


 颯太には彼女がいる。別のクラスの子で、夏頃から付き合い始めたらしい。


「あ、春野きた」


 颯太が教室の入り口を見る。

 そこには急ぎ足で教室に入ってきた彼女の姿。


「ふみちゃん、間に合ったね」

「りっちゃんのおかげだよ、ほんとに」


 肩で息をしながら、文香は自分の席に鞄を置く。

 彼女の席は僕の斜め前だ。


「おはよ、文香」


 声をかけてきたのは藤宮彩音ふじみやあやね

 文香の友人で、しっかり者のクラス委員だ。


「あやねちゃん、おはよう……」

「また夜更かし?顔色悪いよ」

「うん……でも原稿は進んだから……」

「もう。身体壊したら元も子もないでしょ」


 藤宮が心配そうに文香の顔を覗き込む。

 ……藤宮は僕と目が合うと、少し視線を逸らした。

 男子と話すときだけ妙によそよそしいのだ。

 まあ、男子慣れしてないんだろうけど。


「冬木くん、いつも文香を起こしてくれてありがとね」

「いや、別に大したことじゃないから」

「そ、そう……」


 藤宮は小さく頷いて、自分の席に戻っていった。


「おはよー! 二人とも!」


 やたらと明るい声がした。

 振り向くと、三条凪さんじょうなぎが満面の笑みで立っていた。


「凪。おはよう」

「おはよう、なぎちゃん」


 凪は僕と文香の幼馴染だ。

 小学四年の時に転校してきて、

 文香が「一緒に遊ぼう」と声をかけたのがきっかけで仲良くなった。

 僕らのマンションからは歩いて5分くらいのご近所さんでもある。


 コミュニケーション能力が高くて、誰とでも仲良くなれるタイプ。

 内向的な僕らとは正反対の性格だけど、昔から三人でよく一緒に遊んでいた。

 最近は、僕と文香が二人で過ごすことが増えたのが少し寂しくもあるけど。


「二人とも今日も一緒に登校?」


 凪の声にはからかうような響きが含まれていた。


「マンション同じだし」

「遅刻ギリギリだったけどね……」


 文香が苦笑する。


「ふみちゃんの小説、新刊楽しみにしてるよ! いつ出るの?」

「再来月以降……かな。まだ途中だから」

「頑張ってね!ふみちゃんのことはいつも応援してるから」


 凪はにっこり笑って、自分の席に戻っていった。

 なんというか、凪はこうやって線を引く行動が増えた気がする。

 昔はもっと三人で仲良くやっていたはずなのに……。


(いやいや。考えすぎ)


 無意識に、指先が机をトントンと叩いていた。考え事をするときの癖だ。


◇◇◇◇


 放課後。


 そういえば、今日は珍しく、文香に原稿チェックを頼まれなかった。


(今頃は文芸部であーでもないこーでもないと原稿書いてるのかな) 


 そんなことを考えながら、一人で帰路につく。

 マンションのエントランスで、ふと足が止まった。


(今日、言おうかな)


 唐突に、そんな考えが頭をよぎった。


 きっかけは些細なことだった。

 今朝、ベランダ越しに文香を起こしたとき。

 寝ぼけた彼女が「りっちゃん」と呼んだ、あの声。


 十年以上聞いてきたはずの声なのに、なぜか特別に聞こえた。


(でも——)


 いつもの思考が始まる。

 告白する。断られる。気まずくなる。今の関係が——


「りっちゃん?」


 声をかけられて、はっとした。

 文香がすぐ後ろに立っていた。


「ふみちゃん。いつの間に」

「さっきから声かけてたんだけど。また考え事?」

「……ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


 文香は呆れたような、でもどこか嬉しそうな顔をした。


「りっちゃんって、考え事始めると本当に周りが見えなくなるよね」

「自覚はある」

「私が隣で話しかけても気づかないこともあるし」

「それは本当にごめん」

「……ねえ、何考えてたの?」


 文香がじっと僕の目を見る。

 観察力の鋭い彼女には、隠してることがバレているのかもしれない。


「……ふみちゃん」

「うん?」

「今から、ちょっといい?」


 自分でも驚くほど、声が震えていた。


「どうしたの、りっちゃん。なんか様子変だよ」

「マンションの公園。行こう」

「え?うん、いいけど……」


 文香は首を傾げながらも、僕についてきてくれた。


◇◇◇◇


 マンションの中庭にある小さな公園。

 幼稚園の頃、僕と文香が初めて出会った場所だ。


 十一月の夕方。日が落ちるのが早くて、もう空はオレンジ色に染まり始めていた。


「ねえ、りっちゃん。急にどうしたの?」


 文香が不安そうに僕を見る。


 今更ながら、心臓がうるさい。

 頭の中では相変わらず最悪のシナリオが再生されている。


 断られたら。

 気まずくなったら。

 今の関係が壊れたら——


 でも。


(このまま何も言わないまま、十年、二十年経ったら)


 それこそが、本当の最悪のシナリオなんじゃないか。


「ふみちゃん」

「う、うん」


 彼女の顔が少し赤い。

 もしかして、僕が何を言おうとしてるか、察してるのかもしれない。


「僕は——」


 言葉が詰まる。喉の奥に何かが引っかかったみたいだ。

 心臓が耳元で暴れている。うるさい。集中できない。

 こういうとき、文香みたいに言葉を紡ぐ力があればいいのに。


 でも、僕には僕のやり方がある。

 直球で、シンプルに。余計なことは考えるな。


「僕は、ふみちゃんのことが好きだ」


 言った。

 声が震えていた気がする。でも、言った。

 十年以上言えなかった言葉を、やっと言った。


 文香は目を見開いて、僕を見つめている。

 数秒の沈黙。その数秒が、永遠のように長く感じられた。

 心臓がうるさい。返事を待つ時間がこんなに怖いなんて知らなかった。


「……りっちゃん」

「ごめん。急に。でも、もう我慢できなくて」

「ごめんって言わないで」


 文香の目に、涙が浮かんでいた。


「私も……私もずっと、りっちゃんのことが好きだった」


 え。

 頭が真っ白になる。


「嘘じゃないよ。私、小説家なのに、自分の気持ちだけは言葉にできなくて。りっちゃんが私のこと、どう思ってるか分からなくて。でも、毎朝起こしてくれるのも、原稿見てくれるのも、締め切り前に差し入れ持ってきてくれるのも、好意からじゃないかなって——」


 文香が早口になっていく。照れると言葉が止まらなくなるのは、昔からの癖だ。


「——全部、分かってたの。でも、確証が持てなくて、自分から言う勇気もなくて、だから待ってたっていうか、いや待ってたわけじゃなくて、えっと——」

「ふみちゃん、落ち着いて」

「——ごめん。照れると早口になるの、自分でも分かってるんだけど……」


 涙を拭いながら、文香は笑った。

 その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「……僕も同じだよ。ふみちゃんが僕のことどう思ってるか、分からなくて。告白して断られたら、って最悪のシナリオばっかり考えて」


 二人で笑った。

 馬鹿みたいだ。お互い好き合ってたのに、ずっと何やってたんだろう。

 でも、この十年があったからこそ、今があるのかもしれない。

 ガラにもなくポエミーな言葉が浮かぶ。


「じゃあ……私たち、付き合うってことで、いいの?」

「うん。いいよ。っていうか、僕からお願いしたい」

「……えへへ」


 文香が照れくさそうに笑う。

 その笑顔が愛おしくて、僕は——


「ふみちゃん」


 気づいたら、彼女の手を取っていた。


「りっちゃん……」


 距離が近づく。

 文香の瞳に、夕日が映り込んでいる。


 そして——


◇◇◇◇


 気づいたら、僕はベッドの上にいた。


「……え?」


 天井が見える。自分の部屋の天井だ。


 夢?

 今のは夢だったのか?


 慌ててスマホを手に取る。


 11月14日、木曜日、午前7時28分。


 待て。

 さっきは夕方だったはずだ。

 文香に告白して、両想いで——


「……は?」


 混乱する頭で、RINEを開く。

 文香とのトーク履歴を確認する。


 ない。

 今日送ったはずのメッセージが、ない。

 最後のメッセージは昨日の夜「原稿チェックよろしくね」という文香からの連絡で止まっている。


 何が起きている?


 パニックになりながら、僕はベランダに出た。

 隣の部屋のカーテンは閉まっている。

 いつもと同じ、文香がまだ寝ている朝の光景。


 本当に朝に戻ったのか?

 さっきまで夕方だったのに?


 でも、それなら——あの告白は?

 文香の「私もずっと好きだった」は?

 全部、なかったことになるのか?


「……嘘だろ」


 震える声で、そう呟くことしかできなかった。


 これは夢か、現実か。

 僕にはまだ、分からなかった。


☆☆☆☆1話あとがき☆☆☆☆

こんにちは、久野です。今回は第1話をお読みいただき、ありがとうございました!

これまでほとんどの作品が幼馴染とのラブコメオンリーでしたが、

今回はタイムリープ要素と、そしてちょっとのミステリー要素もいれてみました。

恋愛要素だけでなく、謎解き要素も楽しんでいただければ嬉しいです。


応援していただける方は、カクヨムでのブックマークや

★レビューをいただけると励みになりますので、よろしくお願いいたします!

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月3日 06:56
2026年1月4日 06:55
2026年1月5日 06:56

恋人タイムリープ ~幼馴染への告白が成功するとループするので、二人で脱出条件を「検証」しながらイチャイチャしてみたけど、イチャイチャしようとしてもループする~ 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画