ゼロ距離のふたり、付き合ってないの!?

いすず さら

ふたりの距離

第1章

付き合ってないのに、距離がバグってる

 最初に言っておく。

 俺と白石真琴は――付き合っていない。

 これが事実であることを、まず強調したい。

 どれだけ周囲に誤解されようと、これは揺るがない。

 ……揺るがない、はずだった。

 「悠真、ネクタイ曲がってる」

 朝の大学構内。

 真琴は当然のように俺の胸元に手を伸ばし、指先でネクタイを直す。

 近い。

 近すぎる。

 「自分でできるから!」

 「できてない」

 即答だった。

 彼女は俺の顔をじっと見て、満足そうに頷く。

 「うん、これでよし」

 距離ゼロ。

 いい匂い。

 ――付き合ってない。

 通りすがりの女子が小声で叫ぶ。

 「ねえ、あれもう彼氏彼女でしょ」  「朝から糖度高すぎ」  「無理、かわいい」

 違う。

 違うんだ。

 「なあ真琴」

 「なに?」

 「人前では、もうちょっと距離を――」

 「嫌」

 即却下。

 「どうして」

 「離れる理由がない」

 正論みたいな顔で言うな。

 講義室に入ると、真琴は迷いなく俺の隣の席に座る。

 いや、座るというか寄りかかってくる。

 肩に、こつん。

 「……重くない?」

 「安心する」

 それだけ。

 ノートを取る俺の手元を、真琴が覗き込む。

 「字、綺麗になった」

 「誰のせいだと思ってる」

 「私?」

 「毎回横から覗くからだよ」

 彼女は少し得意そうに微笑った。

 「じゃあ、もっと見る」

 見るな。

 後ろの席から、三浦ひなたの声が飛んでくる。

 「高瀬先輩!!」

 「な、なに」

 「今日も付き合ってないんですよね!?」

 教室中が静まる。

 真琴が首を傾げる。

 「付き合ってない」

 俺も頷く。

 「付き合ってない」

 三浦は机に突っ伏した。

 「……じゃあなんでそんな距離感なんですか……」

 俺が知りたい。

 昼休み、学食。

 席に座ると、真琴は俺のトレーを見て言った。

 「野菜少ない」

 「余計なお世話――」

 と言い終わる前に、彼女の皿からブロッコリーが移動してきた。

 「はい」

 「……自然すぎない?」

 「習慣」

 誰との。

 食後、立ち上がろうとすると、袖を掴まれる。

 「どこ行くの」

 「コーヒー買いに」

 「一緒に行く」

 「……彼女か?」

 「彼女じゃない」

 即否定。

 でも、手は離さない。

 歩きながら、真琴がぽつりと言った。

 「悠真」

 「なに?」

 「今日も一緒に帰る?」

 当たり前みたいに。

 俺は少しだけ迷ってから答えた。

 「……うん」

 真琴は嬉しそうに、ほんの少しだけ指に力を込めた。

 その瞬間、確信した。

 ――この関係、絶対におかしい。

 なのに。

 「付き合ってないよな?」

 「うん」

 即答。

 息ぴったり。

 なのに距離は、ゼロ。

 この時点で、周囲がこう叫ぶのも無理はなかった。

 「え!そこまでして付き合ってないんですか!?」

第2章

周囲のツッコミが仕事を放棄しました

 大学という場所は、本来もっと自由であるべきだと思う。

 講義を受け、友人と話し、たまにサボって怒られる。

 それくらいが、健全な大学生活だ。

 少なくとも、

 恋愛観察ドキュメンタリーの舞台ではない。

 「……また見られてる」

 俺がそう呟くと、真琴はきょとんとした顔で首を傾げた。

 「誰に?」

 「全員に」

 学内の中庭。

 ベンチに座っているだけなのに、視線が多すぎる。

 右斜め前、女子三人組。

 スマホを構え、ひそひそ話。

 左後方、男子グループ。

 ニヤニヤしながらこちらを見ている。

 そして当の本人――白石真琴はというと。

 「悠真、ちょっと動かないで」

 そう言って、俺の肩に頭を乗せてきた。

 重さはない。

 でも、存在感がすごい。

 「……理由を聞いてもいい?」

 「今、ちょうどいい位置だから」

 位置とは。

 俺は耐えきれず、声を潜めた。

 「なあ真琴」

 「なに?」

 「これ、どう見えてると思う?」

 真琴は少し考えたあと、答えた。

 「仲良し」

 その瞬間、背後から悲鳴が上がった。

 「無理無理無理!!」  「その距離で仲良しは無理!!」

 三浦ひなただった。

 彼女は今日も元気に限界を迎えている。

 「白石先輩!!」

 「なに?」

 「高瀬先輩の肩、完全に枕にしてますよね!?」

 「うん」

 肯定した!?

 「それで付き合ってないんですか!?」

 「付き合ってない」

 即答。

 俺も頷く。

 「付き合ってない」

 三浦は両手で顔を覆った。

 「大学生活で一番意味が分からない……」

 そのまま膝をつく。

 「もういいです……勝手にしてください……」

 勝手にしてるつもりはない。

 ……ないはずなんだが。

 昼休み、学食。

 俺が席を確保していると、真琴がトレーを持って戻ってきた。

 「悠真、はい」

 そう言って、俺の前に置かれたのは――

 「俺の好物しかないんだけど」

 唐揚げ。

 オムライス。

 プリン。

 「覚えてるから」

 「……彼女か?」

 「彼女じゃない」

 ここでも否定。

 でも真琴は、俺の唐揚げを一つ取って言った。

 「一口ちょうだい」

 自然すぎる。

 周囲の女子が一斉に机を叩いた。

 「無理!!」  「一口ちょうだい出ました!!」  「恋人ムーブです!!」

 真琴は首を傾げる。

 「一口ちょうだいは恋人?」

 「恋人です!!」

 「ふうん」

 納得したような、してないような顔。

 午後の講義。

 眠くなった俺が少し姿勢を崩すと、真琴が囁いた。

 「寝る?」

 「いや、起きてる」

 「じゃあ、寄っていい?」

 許可制!?

 返事をする前に、彼女は俺の腕に抱きついていた。

 講義が終わるころには、

 教授ですらこちらを一度見てから咳払いをしていた。

 帰り道。

 夕焼けの中、俺と真琴は並んで歩く。

 当然のように、手は繋がれている。

 「なあ」

 「なに?」

 「これ、本当に付き合ってないよな?」

 「うん」

 即答。

 でも、指は絡められたまま。

 俺は空を仰いだ。

 ――大学生活、難易度高すぎる。

 その背後で、三浦の叫びが響いた。

 「え!!

 そこまでして!!

 付き合ってないんですか!!?」

 今日も、学内は平和だった。

 俺たち以外は。

第3章

独占欲が隠れる気ゼロ問題

 最初に異変に気づいたのは、たぶん俺だった。

 「……あれ?」

 昼過ぎの中庭。

 ベンチに座ってレポートの相談をしていただけなのに、妙に背中が寒い。

 いや、寒いというより――

 刺さる。

 視線が。

 ゆっくり振り返ると、そこにいた。

 白石真琴。

 腕を組み、じっとこちらを見ている。

 無表情。

 でも、何かがおかしい。

 「……真琴?」

 名前を呼んだ瞬間、彼女はすっと近づいてきた。

 「なにしてるの」

 静かな声。

 「レポートの相談だけど」

 「ふうん」

 俺の隣に座る。

 ――いや、座るというか、割り込む。

 相談相手の女子が一瞬固まった。

 「あ、あの……」

 真琴はその女子を一瞥してから、俺の腕を掴んだ。

 ぎゅ。

 「もう行くよ」

 「え、ちょっと待――」

 問答無用で引っ張られる。

 数メートル歩いたところで、真琴は足を止めた。

 「……さっきの人、誰」

 「同じゼミの人だけど」

 「ふうん」

 納得してない声。

 「真琴」

 「なに?」

 「今の、どう見ても――」

 「独占?」

 先回りされた。

 「……自覚あるんだ」

 「ある」

 即答。

 「でも付き合ってないよな?」

 「うん」

 そこは譲らない。

 「じゃあ、なんでそんな顔するんだよ」

 真琴は少しだけ目を伏せた。

 「……嫌だったから」

 小さな声。

 素直すぎて、胸が詰まる。

 「悠真が、他の人と楽しそうなの」

 「ただの相談だって」

 「分かってる」

 分かっててこれか。

 その日の午後。

 俺は完全に“回収対象”になった。

 廊下を歩けば、自然に腕を掴まれる。

 座れば、隣。

 立てば、袖を引かれる。

 三浦ひなたが、もはや真顔で観察していた。

 「……白石先輩」

 「なに?」

 「それ、付き合ってない人にやる距離感じゃないです」

 「そう?」

 「そうです!!」

 真琴は少し考えてから言った。

 「でも、やめる理由がない」

 「理由しかないです!!」

 夕方、図書館。

 俺が席を立とうとすると、また袖を掴まれた。

 「どこ行くの」

 「トイレ」

 「すぐ戻る?」

 「……戻るけど」

 「じゃあ待つ」

 待つ必要ある?

 戻ってくると、真琴は俺の席に座ったまま本を読んでいた。

 「……俺の席」

 「知ってる」

 どく気配なし。

 「ここ、落ち着く」

 完全に自分の居場所認定してる。

 俺は隣に座り、ため息をついた。

 「なあ、真琴」

 「なに?」

 「独占欲、強すぎじゃない?」

 彼女は本を閉じて、俺を見る。

 「悠真は、私の大事な人」

 心臓に直球。

 「それは……ありがとうだけど」

 「だから守る」

 「誰から」

 「全部」

 範囲が広すぎる。

 その日の帰り道。

 夕焼けの中、俺たちは並んで歩いていた。

 当然のように、手は繋がれている。

 「ねえ」

 「なに?」

 「今日、他の人と話すたびに、私のところ戻ってきた」

 「無意識だけどな」

 「うん」

 満足そう。

 「……これさ」

 俺は指を絡めながら言った。

 「完全に恋人の距離だよな」

 「うん」

 「でも、付き合ってない」

 「うん」

 「……意味分からなくない?」

 真琴は少し考えてから、静かに答えた。

 「好きだから」

 歩みが止まる。

 「え」

 「好きだから、離れたくない」

 言い切り。

 「それ以上でも、それ以下でもない」

 夕焼けが、やけに眩しかった。

 背後から、三浦の声が飛んでくる。

 「聞きました今の!?

 好きって言いましたよね!?

 それでまだ付き合ってないんですか!?」

 俺は頭を抱えた。

第4章

公開処刑(※砂糖の雨)

 その日は、朝から嫌な予感がしていた。

 理由は簡単だ。

 真琴が、やたら静かだった。

 「……おはよう」

 「おはよう」

 返事はある。

 でも、いつもより声が低い。

 そして――

 手を繋いでこない。

 「……真琴?」

 「なに?」

 「今日、なんか距離ない?」

 「あるよ」

 即答。

 あるの!?

 「今日はね」

 真琴は俺を見上げる。

 「ちゃんとする日だから」

 嫌な予感、確定。

 講義室に入ると、異変はすぐに起きた。

 真琴が、俺の隣に座らない。

 一席、空けて座った。

 ざわっ。

 「距離ある!?」  「え、別れた!?」  「いや昨日好きって言ってたよね!?」

 三浦ひなたが俺に小声で詰め寄る。

 「高瀬先輩、何したんですか」

 「何もしてない!!」

 心当たりがなさすぎて怖い。

 講義が始まっても、真琴は一切こちらを見ない。

 ノートだけを、静かに取っている。

 ……落ち着かない。

 休憩時間。

 俺は我慢できず、声をかけた。

 「真琴」

 「なに?」

 「なんで距離取ってるんだよ」

 彼女は少しだけ視線を落とした。

 「……悠真が、何も言わないから」

 「え?」

 「好きって言った」

 言った。

 「でも、その先がない」

 心臓が、嫌な音を立てた。

 「このままでもいいって、思ってるのかなって」

 そんなわけない。

 でも――

 言葉にしてなかったのは事実だった。

 「……真琴」

 「今は、講義中」

 ぴしゃり。

 逃げ場、消滅。

 地獄は昼休みにやってきた。

 三浦ひなたが、教室の中央で叫んだのだ。

 「皆さん!!

 今日は決着の日です!!」

 何の。

 「白石先輩と高瀬先輩の関係!!」

 やめろ!!

 教室、即座に静寂。

 全視線集中。

 俺は真琴を見る。

 真琴も、俺を見る。

 ――逃げられない。

 三浦が言う。

 「白石先輩!!

 高瀬先輩のこと、どう思ってますか!?」

 真琴は、立ち上がった。

 ゆっくりと。

 そして、はっきりと。

 「好きです」

 即答。

 空気、爆発。

 「キャーーーー!!」  「直球!!」  「心臓止まる!!」

 次に、真琴は俺を見る。

 「……悠真は?」

 心臓が、限界を超えた。

 俺も立ち上がる。

 「好きだよ」

 即答。

 「最初から」

 どよめき。

 「一緒にいるのが当たり前で」  「離れるのが嫌で」  「取られそうになると、嫌で」

 俺は真琴の前に立つ。

 「でも、ちゃんと言ってなかった」

 真琴の目が、少し潤む。

 「……だから」

 深呼吸。

 「付き合ってください」

 一秒。

 二秒。

 世界が止まったみたいな静寂。

 次の瞬間――

 真琴が、笑った。

 泣きそうな顔で、嬉しそうに。

 「……はい」

 抱きつかれた。

 完全に。

 腕を回され、離れない。

 「やっと言った」

 耳元で、囁かれる。

 「ずっと待ってた」

 教室、崩壊。

 「尊いーーーー!!」  「やっと公式!!」  「でも距離変わらなさそう!!」

 真琴は、俺の胸に顔を埋めたまま言った。

 「今日から、恋人」

 「うん」

 「独占、していい?」

 「……今までは?」

 「練習」

 殺す気か。

 放課後。

 二人きりの帰り道。

 真琴は当然のように腕を組んでくる。

 さっきより、もっと近い。

 「ねえ」

 「なに?」

 「告白、嬉しかった」

 「俺も」

 「これからは」

 指を絡めて、恋人繋ぎ。

 「遠慮しない」

 「……覚悟はしてる」

 真琴は満足そうに微笑った。

 「じゃあ、いっぱい甘える」

 夕焼けの中。

 俺たちは、完全に溶けていた。

最終章

付き合った後の方が、致死量でした

 結論から言う。

 付き合ったら、真琴が止まらなくなった。

 「悠真」

 「なに」

 「恋人だから」

 万能ワードやめろ。

 翌朝。

 大学の正門前で待っていると、真琴が小走りでやってきた。

 「おはよう」

 「おはよう」

 その瞬間――

 ぎゅっ。

 抱きつかれた。

 朝。

 外。

 人前。

 「ちょ、真琴!?」

 「恋人の挨拶」

 そんな文化はない。

 でも真琴は満足そうに俺の胸に頬をすりっと寄せる。

 「……安心する」

 周囲、即死。

 「朝から抱きついた!?」  「距離ゼロどころじゃない!!」  「昨日より悪化してる!!」

 腕を離したと思ったら、次は指を絡めてくる。

 恋人つなぎ。

 がっちり。

 「離れないでね」

 「講義室までだからな?」

 「講義中も離れない」

 「それはダメ!!」

 講義室。

 当然のように隣に座る真琴。

 当然のように肩に寄りかかる真琴。

 当然のように俺の袖を掴む真琴。

 「……なあ」

 「なに?」

 「昨日と変わらないどころか、悪化してない?」

 「進化」

 言い切るな。

 ノートを取っていると、真琴が小声で囁く。

 「悠真」

 「今、講義中」

 「好き」

 不意打ち。

 手が止まる。

 「……今言う?」

 「恋人だから」

 最強すぎる。

 昼休み。

 学食に向かう途中で、真琴が突然立ち止まった。

 「どうした?」

 「……見られてる」

 「今さら?」

 真琴は俺の腕にしがみつく。

 ぎゅ。

 「取られたくない」

 「誰に」

 「世界」

 壮大。

 席に着くと、真琴は俺のトレーを覗き込む。

 「交換」

 「また?」

 「恋人だから」

 俺の唐揚げが、彼女の皿へ。

 彼女のプリンが、俺の前へ。

 「あーん」

 来た。

 「……人前」

 「恋人だから」

 最終兵器やめろ。

 覚悟を決めて口を開けると、

 真琴は嬉しそうにプリンを運んでくる。

 「どう?」

 「……甘い」

 「私も」

 俺のせいにするな。

 三浦ひなたが机に突っ伏した。

 「もう無理……尊すぎる……」

 放課後。

 二人で帰る道。

 夕焼け。

 恋人つなぎ。

 真琴が、急に立ち止まった。

 「ねえ」

 「なに?」

 「昨日、付き合えてよかった」

 珍しく、少し照れた声。

 「私ね」

 胸に額を預けてくる。

 「ずっと、悠真の隣がよかった」

 「……俺もだよ」

 そう言うと、真琴は顔を上げて、にこっと笑った。

 「じゃあ、これからも一緒」

 「一生?」

 冗談のつもりだった。

 でも。

 「うん」

 即答。

 「一生」

 心臓、停止。

 「……重くない?」

 「全然」

 真琴は、俺の胸に手を当てる。

 「ここ、私の居場所」

 ぎゅっと抱きしめられる。

 「離れない」

 「……離さない」

 夕焼けの中。

 二人だけの世界。

 背後から、聞き慣れた叫び声。

 「ねえ!!

 付き合った後の方が!!

 距離近くなってませんか!!?」

 俺は空を仰いだ。

 真琴は、俺の腕にしがみついて言う。

 「恋人だから」

 ――ああ、そうだな。

 付き合う前が助走だっただけで、

 本番はここからだった。

 タイトルは、もう一度回収される。

 「え!そこまでして付き合ってなかったんですか!?」

 今は胸を張って答えられる。

 ――付き合ってます。

 全力で。

 激甘で。

 限界突破で。

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