星の記憶を巡る夜、空から舞い降りたのはきっと君の声だった
happy song
導入部 2019.10.26
いつもの河川敷のサイクリングロードを小学校二年生の光太と散歩していた。二十時。そんなに深い夜の時間ではない。きっと二十時という時間は、昼間の喧噪が消えて火照りとなり、夜の静寂に包まれる一歩手前の曖昧な境界線のような時間なのだろう。それは親子の時間として機能させるのには、適した時間だと言えた。早すぎもせず、遅すぎもしなかった。アキがいた頃は家族三人でよく散歩をしていた。それは僕にとって本当にかけがえのない時間で、光太にとっても、特別な母親との時間だったのだと思う。母親との何気ない会話と夜空に鳴り響く花火の思い出は、大切な分、余計に光太を複雑な気持ちにさせているのかもしれない。僕らは歩きながら、アキがいないことを実感した。アキは一年前に事故で亡くなっていた。
秋の少し寒い夜、僕らはその日の出来事を話しながら、季節の風を頬で感じていた。光太は今サッカーがとても面白くて、休み時間にサッカーをやるのが本当に楽しみなんだと嬉しそうに語っていた。
記憶の狭間で揺れている僕は思った。この夜の匂いがアキへの道しるべとなればいいのに。僕らはこの匂いにつられて、どこまでも歩いて行く。すると君がいるんだ。アキが今でもどこかにいる気がしてならなかった。彼女の気配を感じていた。それは、横を歩いている光太の笑顔が、アキとそっくり重なって見えたからかもしれない。
一匹の猫が僕らの近くを横切っていく。その足取りは少し親しげに見えた。僕は思わず足を止める。この光景を見たときがある、そう直感したからだ。光太と猫。その組み合わせが僕をそわそわとさせた。デジャヴだ。意識の裏側では、若い、ショートカットのアキが猫を抱き上げて僕に何かを言っている。僕は愕然とした。僕が知っているアキは長い髪だった。だけど、僕が知らないはずの、若くてショートカットの彼女を、僕は見たときがある、そんな気がしたのだ。
「大丈夫?」光太は不安そうだ。
「うん、大丈夫だよ」と僕は答えた。
「あの猫はママに会いに行くのかな?」
「どうだろうね、きっとどっか暖かい場所に行くんじゃないかな」
「ママに会いたい」
「パパもだよ」と僕はそう答えた。そうだね、僕もそう思う。
横切った猫とアキの横顔は、なぜかルノアールの画集を思い出した。アキはルノアールの絵が本当に大好きで、特に少女が猫を抱きかかえている絵がお気に入りだと言っていた。彼女の部屋にも画集があったはずだ。僕はそれを思い出すと、なぜかその猫が気になって仕方がなかった。先ほどの光太と猫の組み合わせ。若いショートカットのアキと、抱えられている猫がこっちを見ているような気がした。
僕の脳裏には、知らない若いショートカットのアキが出てくるものだから、これは失われた自分を取り戻すための切実な手がかりになるかもしれないと思った。
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