エデンアーカイブ

OTONARI

第一部 エデンの約束

第1章 銀色の奇跡


プロローグ



12月31日。


地球最後の年越しを、世界は静かに迎えていた。



ヒビノのタブレットに映る断片的なニュース

ーーー


欧州の記録的暴風雨、アジアの経済破綻で暗闇に沈む都市、中東の再燃する戦争の炎、そして子どもたちを蝕む原因不明の病。


青白い頰の幼い患者たちが画面に並び、医師たちは首を振る。


薬は効かず、寿命は数ヶ月と宣告される。


ーーー

その映像を、軌道衛星上の研究施設「EDEN」で、ヒビノは眺めていた。




§1 ー EDEN ー




EDENは先端科学の研究プラットフォームとして設計された。

全長800メートル。

閉鎖生態系と太陽光発電で自給自足し、地球環境修復技術とナノ医療の長期検証を主目的とする。


収容人員は研究者と最小限のスタッフ・家族を含め、3,200名に厳格制限。中央ドームの人工森や無重力ラボは、研究継続のためのクリーン環境だ。

施設の運用は管理AI『ガーディアン』が担い、研究者の日常を監視・支援する。


家族同伴は例外——子どもたちは、研究者の精神的安定のための“付随物”に過ぎなかった。


ヒビノの研究室は外縁部に位置し、窓外に青く病んだ地球が浮かぶ。

手元の古びたタブレットには、娘セリアの最新診断データが表示されていた。




§2 ー オッドアイの少女 ー




セリア・ヒビノ。

EDENで生まれ育った12歳の少女。

来月、13歳の誕生日を迎えるはずだった。生まれた時からオッドアイ。右目は淡い青、左目は鮮やかな琥珀。

今、その瞳が痛々しく輝いている。病の進行で、ナノレベルの変異が視神経を刺激している。


施設の主治医は半年前、告げた。


「変異の進行から……あと数ヶ月。誕生日まで持たないでしょう。」


声は冷たい。


「対処法なし。延命も無意味。」


ヒビノは拳を握りしめた。

かつて人類の未来を追うあまり、家族を顧みなかった男。妻は地上の混乱で病に倒れ、亡くなった。セリアをEDENへ連れてくる直前だった。

最後の言葉「セリアを、守って」が耳に残る。

来月の誕生日、父と娘だけで祝うはずのすべてが、失われようとしている。


「絶対に救う。」


呟きは、無重力の部屋に浮遊するように消えた。




§3 ー 禁忌の光 ー




ヒビノは夜通し、古いコンピューターと廃材の部品で開発を進めていた。微小機械の群れ——ナノマシーン。体内の病巣を検知・修復する理論はあったが、実用化は禁じられた領域。


素材は闇市場でしか入手不可。

倫理委員会はナノマシーンのプロトタイプで、実験区画の全生物が異常増殖し、酸素を急速に消費して窒息死した事例グレイ・グーのような暴走を恐れ、禁じている。シミュレーションは99%成功だが、残り1%で異常増殖が起きる可能性を、無視できない。

しかし、ヒビノはためらわず、密輸船の連絡を辿った。


EDENのドッキングポートの影で、謎の男と接触。男の顔には戦火の傷跡。声を変調させて


「これが最後の素材。戦争残党が狙う技術だ。地球側の反乱勢力が動き出してるぜ、博士。」


ヒビノは言葉を無視し、銀色の容器を受け取った。男の目は闇で輝いていた。


闇の中で、銀色の液体は完成した。




§4 ー ナノの光 ー




セリアのベッドサイド。


ヒビノは注射器を握り、動けなかった。

成功するか? シミュレーションは99%。だが1%は、セリアの命。娘を実験台に? 治療か、エゴか。妻の死を繰り返す? 禁忌で怪物に変える?

セリアが弱々しく微笑む。


「パパ、どうしたの? 怖いの?」


12歳の少女は、病に蝕まれながら知的な光を宿す。

誕生日を楽しみにしていた。ヒビノの手に力が入る。針が細い腕に触れる。


「パパ、右目が怖い空みたい。でも左目は、きれいな森を探してるの…… 想像力で逃げ切れるかな……?」


言葉が迷いを断ち切った。ヒビノは注入した。


「これで君は強くなる。誕生日、一緒に迎えよう。」


銀色の液体が血管へ。ナノマシーンが動き始める。

ヒビノは息を止め、見守った。


セリアの瞳が、一瞬不気味に輝いた。




次章予告




第2章 遊びと希望の光


銀色の粒子がセリアの体に奇跡を起こす——だが、それは地球への新たな脅威の始まりか。


回復した少女はガーディアンに遊びを教え、ナノは広がる。

だが、希望の光に、最初の影が忍び寄る——


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