「お兄ちゃん、結婚しよ?」――長年、家族として溺愛してきた妹(校内一の美少女)が、実は従妹だと判明した瞬間、限界突破して襲いかかってくる件について

kuni

第1話

その日の夜、天堂家のリビングルームは、まるで通夜のような重苦しい沈黙に包まれていた。


 向かいのソファーには、父と母が並んで座っている。二人とも、何か言い出しにくそうに視線を彷徨わせ、時折、大きく息を吐き出すばかりだ。

 父は会社から帰宅するなり、「大事な話がある」と言って、俺と妹を呼び集めた。その表情の深刻さは、今まで見たことがないレベルだった。


(……なんだ? まさか、父さんの会社が倒産したとか? それとも熟年離婚か?)


 俺、天堂湊(みなと)は、悪い想像を必死に打ち消しながら、隣に座る妹の様子を窺った。


 天堂深月(みつき)。

 私立神楽坂高校の生徒会長を務め、その圧倒的な美貌と人を寄せ付けないクールな雰囲気から、校内では「氷の聖女」なんて呼ばれている自慢の妹だ。

 成績優秀、品行方正。非の打ち所がない完璧な美少女。

 それが、世間一般における彼女の評価である。


 だが、家での実態はまるで違う。


「……お兄ちゃん。怖いよぉ」


 深月は、小動物のように震えながら、俺の腕にギュッとしがみついていた。

 風呂上がりの甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。部屋着のダボッとしたパーカー越しに、柔らかい感触が伝わってくる。

 彼女は俺の二の腕に顔を埋め、上目遣いで俺を見上げていた。


「大丈夫だ、深月。俺がいる」

「うん……。お兄ちゃんがいるなら、どんな地獄でも耐えられる……」


 この通りだ。

 外では氷の聖女だが、家の玄関をくぐった瞬間、彼女は重度のブラコン甘えん坊将軍へと変貌する。

 俺が少しでも離れようものなら、「お兄ちゃん不足で死ぬ」と言って禁断症状を起こすほどだ。

 正直、高校二年生の兄妹の距離感じゃない。だが、俺たちはずっとこうして支え合って生きてきた。


「……二人とも、揃ったな」


 ようやく意を決したのか、父が口を開いた。

 俺は深月の肩を抱き寄せ、父の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「ああ。で、話ってなんだよ。変に溜めないで、はっきり言ってくれ。……何があっても、俺が深月と母さんを守るから」


 俺の言葉に、深月が感動したように「お兄ちゃん……!」と目を潤ませる。

 父はそんな俺たちを見て、なぜか痛ましそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をした。

 そして、母と顔を見合わせ、深く頷いた。


「すまない、湊。そして深月。……今まで黙っていたが、これ以上隠しておくわけにはいかなくなった」


 父が重い口を開く。

 その一言一句を聞き漏らすまいと、俺は息を呑んだ。


「実はな、湊。……お前と深月は、本当の兄妹じゃないんだ」


 ――は?


 時が、止まった。

 脳の処理速度が追いつかず、俺は間の抜けた顔で父を凝視した。

 隣の深月も、しがみついていた腕の力を緩め、ぽかんと口を開けている。


「え……? 父さん、今、なんて?」

「だから、お前たちは実の兄妹ではない、と言ったんだ」


 父の言葉が、ゆっくりと脳に染み込んでいく。

 兄妹じゃない?

 俺たちが?

 17年間、同じ屋根の下でご飯を食べて、風呂に入って、喧嘩して、仲直りして。

 そうやって育ってきた俺たちが、他人だって言うのか?


「ちょ、ちょっと待ってよ! 冗談だろ!? だって俺たち、顔だってなんとなく似てるし……!」

「似ていて当然だ。……お前たちは『従兄妹(いとこ)』同士なのだからな」


 母が、静かな声で補足した。


「湊くん。あなたはね、お父さんの弟さん……つまり私の義理の弟夫婦の子供なの。あなたがまだ赤ちゃんの頃、ご両親が事故で亡くなって……。身寄りのなくなったあなたを、私たちが引き取ったのよ」


 そこから語られたのは、俺の知らなかった出生の秘密だった。

 俺の実の両親のこと。

 父さんが、亡き弟の代わりに俺を実の子として育てると誓ったこと。

 本当の兄妹のように仲良く育ってほしくて、あえて真実を伏せていたこと。


「……そう、だったのか」


 俺は天井を見上げた。

 ショックがなかったと言えば嘘になる。

 育ての親である父と母には感謝しかないが、自分がこの家の本当の子供ではなかったという事実は、足元の地面が揺らぐような感覚を覚えさせた。


 俺は、深月を見た。

 彼女は俯き、長い前髪で表情を隠していた。

 小刻みに震えているのが分かる。

 無理もない。大好きなお兄ちゃんが、実は他人だったなんて言われたら、繊細な彼女の心は崩壊してしまうかもしれない。


「ごめんな、深月」


 俺は優しく彼女の頭に手を置いた。


「血が繋がっていなくても、俺はお前の兄貴だ。それは変わらない。これからもずっと、お前を守るから――」


「……お父さん」


 俺の言葉を遮るように、深月が低い声で呟いた。

 その声には、悲しみも絶望も感じられなかった。

 むしろ、地底から湧き上がるマグマのような、熱っぽい響きが含まれていた。


「え? な、なんだ深月」

「確認なんだけど……。戸籍上はどうなってるの? 養子縁組はしてるの?」

「い、いや。湊の実家の家名を残すために、お前たちの祖父母の意向で養子縁組はしていない。法的には、湊は『同居している甥』という扱いだ」


 父の答えを聞いた瞬間。

 バッ! と深月が顔を上げた。


 その顔を見て、俺は背筋が凍りついた。

 泣いていなかった。

 それどころか、彼女の瞳は、暗闇の中で獲物を見つけた肉食獣のように、ギラギラと怪しく輝いていたのだ。

 頬は紅潮し、荒い息を吐き、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいる。


「……つまり。法的に他人。血縁は4親等」


 深月が、俺の腕を掴む力を、ギリギリと強めた。

 痛い。爪が食い込んでいる。


「お兄ちゃんとは、近親相姦にならない……」


「は?」


「倫理的な問題はクリア。遺伝的リスクも許容範囲。法的障害はゼロ」


 ブツブツと何かを計算し始める深月。

 おい、待て。様子がおかしい。

 さっきまでの「怯える小動物」はどこへ行った?


「……やった」


 深月が小さく呟き、次の瞬間。


「やったぁぁぁぁぁぁッ!! 神様ありがとう!! ビバ! 複雑な家庭事情!!」


 深月は歓喜の雄叫びを上げると、俺の胸に飛び込んできた。

 ドンッ! と強い衝撃と共に、俺はソファーに押し倒された。

 視界いっぱいに、深月の満面の笑みが広がる。

 それは「兄妹の絆」なんて生ぬるいものではなく、もっとドロドロとした、執着と欲望に満ちた笑顔だった。


「お、おい深月!? どうした! 頭打ったか!?」

「違うよお兄ちゃん! ……ううん、もう『お兄ちゃん』じゃなくていいんだね」


 深月が俺の胸板に手を這わせ、熱っぽい視線で見下ろしてくる。

 その瞳の奥にある「女」の色に、俺の心臓が早鐘を打った。


「ねえ、湊くん」

「ちょ、呼び方!」

「大好き。ずっとずっと言いたかったの。お兄ちゃんとしてじゃなくて、異性として、オスとして、湊くんのことが大好きだったの!」


 深月の告白は、機関銃のように俺に降り注いだ。


「毎晩毎晩、お兄ちゃんの部屋の壁越しに溜息をつくのはもう嫌! 洗濯物をこっそり嗅ぐのももう我慢できない! これからは堂々とできるんだね!?」

「待て待て待て! 今さらっと犯罪スレスレの告白しなかったか!?」

「関係ないよ! だって私たち、結婚できるんだもん!」


 結婚。

 その二文字が、リビングに木霊した。

 父と母が、あんぐりと口を開けて石化している。

 俺も思考が追いつかない。


「け、結婚って……お前、まだ高校生だぞ!?」

「日本の民法では、女性は16歳から結婚できるよ(※執筆時現在。改正法の適用等は物語上の都合とする)。湊くんは17歳だから、来年になれば結婚できる!」


 深月は俺の顔を両手で挟み込み、至近距離まで顔を近づけた。

 長いまつ毛。潤んだ瞳。桜色の唇。

 学校中の男子生徒が憧れる「氷の聖女」が、今は俺を食べる気満々の顔をしている。


「ねえ、湊くん。……結婚しよ? 今すぐ役所に行こ?」

「今は夜だ! 役所は閉まってる!」

「じゃあ、既成事実だけでも……」

「やめろ! 父さんと母さんの前で服を脱ごうとするな!」


 俺は必死で深月を引き剥がした。

 彼女は「むぅ」と不満そうに頬を膨らませたが、その瞳からは獲物を逃さないという強い意志が消えていない。


「……ふふっ。覚悟してね、湊くん」


 深月は俺の耳元で、甘く、とろけるような声で囁いた。


「今まで『妹』だからって遠慮してたこと、これからは全部するから。……骨の髄まで、私に愛され尽くしてね?」


 ゾクリと背筋が震えた。

 それは恐怖なのか、それとも武者震いなのか。

 少なくとも、俺たちが17年間積み上げてきた「清く正しい兄妹関係」は、この瞬間、音を立てて崩れ去ったことだけは確かだった。


 父と母は、完全に空気にされていた。

 父が小さく、「……あれ? 感動的な話になる予定だったんだが」と呟いたのが聞こえた。


          ◇


 嵐のような家族会議が終わり、俺は自分の部屋へと避難していた。

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


「……従兄妹、か」


 右手をかざして見る。

 何も変わらない手だ。

 だが、この手で深月の頭を撫でる意味は、明日から大きく変わってしまう。


 コンコン。


 控えめなノックの音がした。

 俺が返事をするより早く、ドアがガチャリと開いた。


「……湊くん。入るよ?」


 深月だ。

 今までなら「お兄ちゃん、寝れない」と言って枕を持ってきていたが、今の彼女は手ぶらだ。

 その代わり、着ているものが違った。

 さっきまでのダボッとしたパーカーではない。

 薄手のキャミソールとショートパンツ。白い肌が露わになった、明らかに「誘っている」格好だった。


「み、深月!? お前、その格好は……!」

「だって、暑かったから」


 嘘をつけ。今は6月だ。空調も効いている。

 深月は恥ずかしがる様子もなく、俺のベッドに腰掛けた。

 そして、妖艶な笑みを浮かべて、シーツの上を這ってくる。


「ねえ、湊くん。……お祝い、しよっか?」

「お、お祝い?」

「うん。『兄妹卒業』と、『婚約初日』のお祝い」


 深月の顔が近づいてくる。

 俺は反射的に目を閉じた――が、その唇が触れる直前で、俺は彼女の額を指でピンと弾いた。


「いった!」

「……調子に乗るな、馬鹿」


 俺は深月に布団を投げつけ、彼女をぐるぐる巻きにした。


「い、いきなり距離を詰めすぎだ。俺の心の整理がついてない」

「むぅ……。湊くんのヘタレ」

「ヘタレで結構。……ほら、今日はもう寝ろ。明日も学校だぞ」


 俺は彼女を部屋から追い出そうとしたが、深月は簀巻き状態のまま、テコでも動かない構えを見せた。


「やだ。今日はここで寝る」

「深月……」

「だって……嬉しくて、興奮して、寝れないんだもん」


 深月が布団から顔だけ出して、上目遣いで俺を見る。

 その瞳は、さっきの肉食獣のそれではなく、以前と変わらない、甘えん坊の妹のものだった。


「……お願い、湊くん。今日だけ。何もしないから」

「……はぁ」


 俺は深いため息をついた。

 結局、俺はこの妹(従妹)に弱いのだ。


「分かったよ。……ただし、俺の半径1メートル以内には入るなよ」

「えへへ、大好き!」


 結局その夜、俺はベッドの端ギリギリで小さくなって寝ることになった。

 背中には、約束を破ってピッタリと張り付いてきた深月の体温と、「すー、すー」という安らかな寝息があった。


 俺はまだ知らなかった。

 家の中での変化は、ほんの序章に過ぎないことを。

 明日、学校へ行けば、俺たちの変化に敏感な「全校生徒」たちが待ち構えていることを。


 俺と深月の「禁断(じゃない)ラブコメ」は、まだ始まったばかりだ。

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