第3話 幕開け

 部屋の隅でモゾモゾと動く袋へピエロは近づき袋を開けた。

 袋を開けるとピエロと瓜二つの少女が口を塞がれ、手足が縛られた状態で入っていた。

「いや〜良かった良かった〜。君を攫ってから一年以上目覚めないから心配したよ。

このまま牢屋に放り込もうか迷ったけど、村の男どもは飢えているからね。子を孕まれたら困るから、そうしなかったんだ。」

 ピエロは少女に能面を見せ「ピエロだよ」と言った。

「君が一番攫うの大変だったんだよ〜このまま死んでしまうかと思ったけど、要らない心配だったみたいだ」

 少女は、優しく笑う自分と瓜二つ誘拐犯ピエロの前で、ただ芋虫のように這い口のテープ越しに「んー!んー!」と声を漏らすだけだった。

「あぁ〜この姿のことかい?しばらくの間、君の姿を借りる事にしたんだ」

 気さくに笑い、縄を解き口のテープも取った。

「これからお話するんださっきまでの体制じゃ辛かろ?」

 ピエロは立ち上がり窓際の椅子に腰を下ろした。

「さぁ、取引と行こうか座りなさいな」

 少女はドアに近づきピエロの様子を伺った。

「逃げるのかい?」

 窓の外を見つめながら続けた。

 少女に逃げ場は最初から無かった。

ぼくは別に構わないけど…」

 そう言われドアノブに手を掛け開こうとした瞬間、ピエロは嘲笑うかのように言った。

「このまま逃げれば、何一つとして変わらない。得られないよ」

 少女は理解していた。

 目の前の道化の前では抗う余地も、選択の余地も無いことを。

「……」

 少女の瞳に覚悟が灯った。

「いい目をしているね」

 ピエロは少女を見て言った。

 震える足を動かし、椅子に座った。

 目の前には得体の知れないドッペルゲンガー自分の影が笑っていた。

「…そ…それで、取引とは」

「まずは君の名だよ。教えて?」

 ピエロと同じ声が部屋に響く。

「わ…ワタシはリリス ガーネット」

「いい名前だ」

 同じ容姿、同じ声の二人がテーブル越しに話し合う奇妙な光景。

「これら話す条件は中々にいいものだと思うよ、三人目の神の器 リリスガーネット嬢」

 そう言い、ピエロは取引内容を話し始めた。

 一通り話し終えるとリリスを見つめニヤリと笑った。

「さぁ、ぼくと一緒に来い。リリスガーネット」

 ピエロは右手の手袋を取りリリスへ差し出した。

「それしか…なさそうですね」

 リリスはピエロの手を取り、ピエロは嬉しそうに笑った。

「取引成立。ようこそ!後悔はさせないさ」

 双方はテーブル越しに笑い合う。

 一人は妖しく笑みを浮かべる。

 もう一人は唇を震わせながらも笑みを浮かべる。

 二人の道化は、日が沈みランプの炎が揺れる部屋の中、二つの笑みは互いに映し合い、目の前で揺れる炎が、二人の影を壁に歪め、まるで二つの肉塊が踊り狂っているかのようだった。

 夜は深まり、部屋の外で雨粒が地を打ち付ける音も、風が唸る音すら、今は二人だけの世界の拍動のように聞こえる。

 そしてリリスは、確かに理解していた。

 ここでの選択は一つしかない。

 抗うことも、逃げることも、もう許されない。

(何が来ようとワタシはやり遂げる)

 心の中で静かに、だが力強く言い聞かせた。

「それじゃあ、取引終わったし買ってきた焼き菓子を食べようか。甘い物は好き?」

 先程までの妖しい笑みから何かを期待した目で焼き菓子の入った箱を取り出した。

 あれから約一年後。

  村から離れた森の中、灰色の髪に深紅の瞳、聖女を思わす服装の少女が森の闇に立っていた。

 かつて攫われた愛娘を取り返そうと、アススとリルマーシュは村へと数名の騎士を連れ来ていた。

「…誰だ」

 低く、怒りの混じった声で質問した。

「お待ちしておりました。」

 灰色の少女の声と容姿は正しく神に与えられたとしか思えないほどに美しく、とても不気味だった。

「今一度問う。何者だ」

 アススが腰の剣に手を添え問うも、灰色の少女は答える事は無く両手を合わせ祈りを捧げた。

「……「異能力・創破双誓アリストテレス」」

 次の瞬間、森が沈黙した。

 木々が塵となり、地面が蠢き出す。

「異能!?お前、魔神か!」

「……魔神?いええ。あたしは魔神などではありませんよ」

 灰色の少女は祈る手を崩しかつて木々だった塵が集まり剣の形を成した。

「エミリーロザリアを助けに来たのでしょうが、今はまだ帰すわけには行きませんので、お引き取り願います。」

 虚空から無数の土塊の槍が創造され、アススとリルマーシュそして、騎士達に刃先が向く。

「それが出来ぬのならば、どちらか片方、死ななければなりません。」

 灰色の少女の言葉にアススは剣を抜き、騎士達やリルマーシュも戦闘態勢に入った。

「すぅ…「異能力・全能ノ書グリモワール」アスス、みんな、援護は任せて」

 リルマーシュの手に握られた魔術書が、ぱらりと自らページをめくった。

「…」

「……」

 両者は沈黙を決め、互いの隙を伺うはずだった。

「…っ」

 初めに沈黙を壊したのは、灰色の少女だった。

 少女の創った土塊の槍が地面を穿ち、アスス達の視界を奪った。

 少女はまず初めに周りにいる騎士達に触れた。

土煙が晴れ、視界が戻る頃、騎士達は体の内側から突き出た槍により貫かれ無惨な死体となっていた。

「…けほっごほっ…まだ、帰る気にはなりませんか?」

 少女は血を吐きながらも、平然と立ちすくむ。

 アススとは静かに武器を構え、リルマーシュは魔法陣を展開した。

「…戦うと言うのなら、リルマーシュさん。厄介な貴方から死んでもらいましょう。」

 切先をリルマーシュに向けた。

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狭すぎた世界と広すぎた牢獄 叶空 @1610Aoki

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