因果に抗う勇者の残滓

eternalsnow

第1話

 王国の騎士たちが御触れを出したと、お隣さんから耳にした。

 僕は鍬を置き、御触れの看板を見るために駆け出した。

 ――あいつの名前が書いてるはずだ。

 魔王討伐のため、勇者として選ばれたアイツ。

 幼馴染の近況を知る唯一無二の方法だった。


 王家からの、世界の公式発表。


 だが、その言葉は無情にも僕の中を響いた。

 足を止め、文字を読み上げる。


「白銀の勇者、死す――」


 目の前の文字が波のように揺れて、頭の中で崩れる。

 汗が目に入ったのか、すべてがぐにゃりと歪んで見えた。

 そして同時に、胸の奥で何かが震えて、全身を走った。


 握った石が、握力に反して粉々に砕けた。

 割れることはあっても、握力で粉々にしたことなど、当然一度もない。

 胸の奥で震えたのは、絶望か、力か、それとも――アイツの残滓?

 まるで、アイツの力が、僕に触れたような気がした。


「……勇者の、ちから?」

 

 世界が、僕を、勇者として認めた瞬間――そんな気がした。



――――――――――――




 ほどなく、僕は次代の勇者として、旅立った。

 アイツが使わなくなった剣を王国で受け取り、旅路に就く。


「て、てめえ、銀髪の悪鬼の……後継、かよ」

 うるさい魔物を切り捨て、一直線に魔王城へと向かった。

 途中、魔王軍の砦を破壊し、食料を背負い、水源をたどった。

 勇者らしいあり方とは違った、そんな旅だった。


 旅の間に、剣の重みと孤独に慣れた。

 鍬より、取り扱いにもう慣れただろう。

 それでも、アイツのことは胸に刺さったままだった。



――――――――――――



 禍々しい魔王城にたどり着いたころ、僕は一人前の剣士になっていた。

 左足を斬るようなバカな真似はもうしない。

 剣は、鍬より手に馴染む。

 もう、いっぱしの剣士を名乗れるだろう。

 ただ、アイツの剣士としての技は、僕を上回っていた。

 それでも、僕にはアイツ以上に力がある。

 魔王を殺せると本気で思っていた。


「はぁ!!」


 重々しいミスリル銀の輝きをした扉を切り捨て、城内に踏み込んだ。

 空気が重く、先ほどの衝撃で壁にかすかなひび割れが走っている。

 ここに何かが――待っている、確かに。

 それだけは確信できた。

 



 

 城内には、魔物はおろか、魔族も誰もいない。

 ここだけ、世界が呼吸を止めたみたいだ――俺を待っていたかのように。

 ただ、魔王はここにいる。

 じわりと汗と剣の重さを感じた。

 これだけは、僕の中の勇者がそう告げている。そんな気がする。





 入口よりさらに重厚な扉。

 無骨で装飾もない、ただ大きく頑丈な扉を切り捨てる。

 『ギィイン』と弾かれるような音と共に、扉はズレて粉々の粒子になって砕けた。

 ――魔力の扉?

 封印の、類か??

 そして、濃密な殺気と共に、目の前に兜をかぶった男が拳を振り上げて待っていた。


「死ね」

「っちぃ!!?」


 ――奇襲。

 振り下ろされた拳が、床に突き刺さると大きいクレーターが生まれた。

 床は粉々に砕け、地面と魔王城の壁のほぼすべてが吹き飛んだ。

 だが、間合いが遠い。

 おそらく、奴が剣でも握っていれば直撃していたに違いない。


 歩き方は余裕を見せる右足を前にした摺り足。

 右利きだから足を斬らないように踏み込む、ある剣士の癖。

 ――アイツの癖にそっくりだ。

 模倣しているのか、それとも……


 人とは違う。

 魔物とも違う。

 当然、魔族とも。

 

 これが、魔王か。

 お前が、まおう。

 そして……アイツの仇か。



―――――――――



 幾度かの攻防で分かった。

 動きの一つ一つ、歩き方や間合いの取り方――すべてがアイツと重なった。

 熟練の剣士、だから間合いが似ているのだろう。

 

 だが、なんでこれほどアイツと重なる?

 なんで、こんなにもアイツに見えてくる?

 体型すら、なにもかもアイツがダブって見える。

 僕の油断を狙っているのか?

 

 だが、無手だ。

 腰には禍々しい剣を帯剣しているのに?

 つまり、全力は出していない。

 なら、油断を狙うなんてことはしないはずだ。

 

 つまり、こいつは、魔王は。

 僕を舐めている。

 アイツ以下の剣士である僕を舐めているんだ。

 ――好都合だ。


 魔王が剣を握る前に決着をつける。

 僕はアイツみたいに強くはない。

 だけど、アイツの仇に優しく全力を待ってやるほど、人間はできてない!

 


――――――――



 もう一度と振り上げた体の内側に踏み込み、膝を急所に叩き込む。

 

 金属の音もしない。直撃のはずだ。

 なのに、効かない。奴の振り下ろされた拳が頬をかすめ、血が舞う。

 なぜ顔を殴らない?

 避けられると想定したのか?

 それとも我慢しているのか?


 鋭い拳が僕を捕らえ、体が跳ねた。

 間一髪で躱すも、奴の狙いは明らかにフェイントだった。

 無理な回避に態勢が完全に崩れてしまった。

 

 次に突き出された拳を剣を握らぬ左手で受けて、肘から先が吹き飛ばされた。

 なら、左手はくれてやる。

 そのまま、剣を心臓に突き刺した。

 魔力を剣先から送り込み爆発させた。

 ……当然、爆心地の僕もただでは済まなかったが、構わない。


 魔王を殺せれば。それでいい。

 僕の命で、魔王を殺せるなら、十分すぎる。

 

 

「この程度じゃ、やっぱ死なないかー」

 魔王が拳を振り上げた。

 余裕がある。ほんとに嫌になる。

 じゃなきゃ、アイツを殺せはしないよな!


 無くなった肘の先から魔力を爆発させる。

 追撃、だ!

 共に死のう。魔王。

 アイツに、一緒に会いにいこうぜ?






 幾度かの爆発と同時に蹴り飛ばされ、宙を舞った。

「ぐぅ、あ」

 全身の骨が折れたかのような激痛。

 言葉すら出ず、視界は赤く染まる。


「あ、はは。

 やっぱり、キミは強いな……」

「は? お、お前……」


 吹き飛んだ兜から見えたのは、銀色の髪。

 そして、どこか見覚えのある顔。

 口からこぼれる赤い血。

 魔族ではない、人間の血――。

 心の奥底で、信じたくはなかったけれど……

 目の前のそれは、確かに――アイツだった。



――――――――



「ああ、ほんと、俺はバカだなぁ。

 次の勇者がお前なら、余計、そう思う」

 

 目を細めて、言ってくる。

 しみじみとしたいい口、この態度。

 ――アイツの癖だ。

 明らかで、頭の中で理解できないと、何度も言葉が生まれてくる。


「なんで、お前が魔王、なんだよ。

 勇者、だったはずだろ」


 零れた言葉でも、自分が処理しきれていないのが分かる。

 客観視したいわけでもないのに。なぜとすら分からない。


「やっぱりさ。

 俺はキミの言う勇者なんかじゃない。

 どうにかするつもりで、どうにもできなかった」

「は?」

「時機、魔王が継承される。

 だから、覚悟を決めなきゃいけないのに……ごめん、ごめんよ……。

 お前が、勇者でも俺は、勇者を……」



 アイツの伸ばした手は、空に唐突に消えてなくなった。

 そこから、ガラスが砕けるように粉々になっていく。


「まて、行くな。

 魔王でもなんでもいい、死ぬな。

 ふざけんな、お前、なんでおい。」


 もはや言葉は返らなかった。

 誰もいなかったというように、何もなくなった。

 

 ただ、一つ言葉が反芻する。

 魔王が、継承される?

 どういう、意味だ。



――――――――



 ……気が付けば、唐突に叩き込まれた記憶に混乱した。

 目の前の魔王――かつての勇者だったアイツ。

 理解が、どうしても追いつかない。


 魔王を殺した者は、次代の魔王になる――

 そんな、唐突すぎる『世界の掟』を、僕は知らされるまでもなく理解させられた。


 意味が分からない。

 どうしてかすらもはや分からない。

 ただ、唐突に理解させられた。

 何が起きた??

 何で??



――――――――



 それはほどなく分かった。

 単純な話だ。

 次代の勇者らしき存在が来て、考える間もなく、僕の腕が勇者の体を貫いた。

 口をパクパクとさせ、何も言うことなく、崩れ落ちたその体を抱えて、僕は泣いた。

 理解しがたい。

 理解したくない。

 だが、確実に僕は魔王になってしまった。

 人を殺す、存在になり果てた。


 人を相手に対峙したら、何を思っていても、何をしていても無駄だった。

 そう、僕は魔王で、混乱はもうない。


 今までの勇者たちは魔王を倒し、

 魔王となり、勇者と相打ちを狙っていた。

 次代の魔王を生まれさせないために。

 二度と魔王を生み出さないために。


 だが、唐突に次代の勇者が現れて、僕は今までの歴々の勇者たちと違い、

 僕は、意味も分からず全力で初めて魔王として勇者を殺して、しまった。



「ああ」



 後悔などではない。

 だが、頭の中を反芻する苦しい言葉。

 死にたい。

 それも、叶わない。

 自刃しようと刃を立てても、刃は砕け散った。

 もはや、いかなる刃とて、自らの命を絶つことはできない。

 拳を自らに当てても、ぺちっと音がしただけだ。

 神様は、そんなところまですべてお見通しだったらしい。


 反吐が出る。




―――――――――――――――――――――



 ――もう何年たったか分からない。

 勇者も幾度となく倒した。

 いつしか、自分の終わりを望むようになった。



「ああ」


 また扉が開かれた。

 魔王を封印する、神の遊戯がまた開かれた。




―――――


 明確に、今までと違うのは、

 勇者一人ではなかった。

 5人の勇者たち――幼い勇者、戦士、修道女、斥侯、老練な爺さん。

 初めての事だった。

 勇者が仲間と共に来るのは。

 誰も仲間がいなかったわけじゃない。

 仲間なんて、連れていく余裕などない旅路であった。

 人外れの勇者だけが、その死の旅に耐えられたというのに。


 だが、まともに戦えるのは勇者ただ一人だけだった。

 拳一つで戦士は血だるまになった。

 腕が吹き飛んでも、修道服の少女が癒して何度も戦い続ける。

 それでも、止まらない。 

 死すら恐れない。

 その覚悟が命と意志をつなぎ留めているのだろう。

 斥侯の少女は、最初こそ震えていたが、今は戦士を助けて、彼を何度も修道女へと引きづった。


 体が勝手に追撃を仕掛けても、勇者と爺さんの魔法が僕を阻んだ。

 まるで傍観者のように、僕は手に汗握った。

 彼らなら、僕を開放してくれるかもしれないと。


 だが、それが夢幻となったのは必然だった。



――――――――



 勇者へ拳が直撃した。

 僕と同じく、左手が吹き飛んだ。

「あ、ああああああああああああ!!!」

 肘から先が消え、情けない叫び声をあげた。

 無理もない、見た限り15歳にも届かない子供だ。

 ……戦士は幾度となく腕は跳びまくっていた。だが、彼と勇者では心の在り方があまりにも違いすぎた。

 

「勇者!!」

 声をかけながら、他の仲間たちは集まる中、たった一人で僕の前に立った。

 それは、戦士ではなかった。

 諦めと、決意の瞳を見せた爺さんだった。


「皆は下がりなさい。

 そして、いつか魔王を倒してください」

 自己犠牲の決意の言葉に、僕は初めて今回全力で行動に抗った。

 震える手で杖を握りしめ、僕に対峙する爺さん。

 だが、僕の意志とは関係なく突き出された拳が、爺さんを貫いた。

 ……ああ。


「ごぶっ。お、お逃げください勇者。

 戦士! 担いででも勇者を逃がせ、

 早くしろ、最後にカッコ悪いところ見せたくない……!

 はやく!!」

「っ!? すまない爺さん!!」

 戦士が勇者を抱え、走って逃げていく。


 ふざけるな。止まってくれ僕の体。

 追撃を仕掛ける僕の足を全力で踏み留めるが、爺さんの横へ足を逸らせるのが精いっぱいだった。



「はは、勇者様は、相変わらず、お優しいことですじゃ。

 ですが、これがワシの最後の使命。

 あなたに救われたワシの最後の……」


 もたれかかるように声をだした爺さん。

 なんだ、どうして。

 お前は、誰だ??


 光が圧縮されていく。

 魔力だ。

 わかる、これは自分の命と魔力を圧縮して……。

 まて、爺さんあんたまで、その命を散らせる必要はない!


「……致命傷。というやつですなぁ。

 分かっております、もはや手遅れだということは。

 ゆえ、そんな無駄はいたしませんよ。

 共に行きましょう勇者様。ワシが地獄への道案内を務めさせていただきます」


 光が包まれる。

 命の力。

 魔力の力。

 それが混ざったと思った時、僕の意識はまた途切れた。



――――――――



 僕の前には、爺さんが手を振った。

 伸ばした手はすり抜け、爺さんは天に昇った。

 浮いた体から地面を見ると、大きいクレーターだけがあり、

 他になにもなかった。

 魔王の城も丘も結界も扉も、なにもなかった。


 空から手を引かれる。

 アイツだ。

 苦笑いの中で、言葉は聞こえずとも――

「よく頑張ったな」


 ああ、色々な事があった。

 魔王なんかになってしまった。

 でも、もう魔王を倒した存在は、いなくなった。

 もう、魔王が生まれることはない。


 世界は、救われたんだ。




 しかしその瞬間、引かれる手が溶け、

 その手は溶けるように変化し、光に満ちた美しい形を帯びる。

 人なのか、魔族なのか、全く見当もつかない。

 ただ、無邪気な、声が頭に響いた。


「みーつけた」

 誰なのか分からない、その手が僕を空に引き上げた。

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