第2話
「どうなってるの?」
そう思いながら、恵は水の方へ歩いていった。
自分の目に映る光景が信じられなかった。
けれど、それは確かに現実だった。
「君もできるよ!」
少年は別の方向を見ながら言った。
そして彼女は、水の上に足を置いた。だが、水を突き抜ける感覚はなかった。足元は、しっかりと固かった。
(……ありえない……)
恵はしばらくその場に立ち尽くしていたが、前へと体を押し出し……もう片方の足を置いた。
彼女は、砂浜に寄せては返す水の上に立っていた。その揺れに身を任せていた。
彼女は歩き出した。圧倒されながら。だが、波がこちらへ近づいてくるのが見えた。落ちるか、さらわれると思った。
しかし違った。波は突然左右に分かれ、若い女性を通した。
「信じられない……」
呆然としながら、恵は説明を求めるように少年を見た。だが、見えたのは彼の背中だけだった。彼は何事もなかったかのように、地平線へと遠ざかっていった。
「うわああああ!」
これほど大きな歓声を上げたのは、子どもの頃以来だった。その声の大きさに、少年は立ち止まり、そして……
恵は走り出した。全速力で。果てしなく広がる水の上を、それはまるで、大きな自由の空間のようだった。
足取りが速くても、水は跳ねなかった。水面が揺れ、恵が何度も転びそうになりながらも、彼女は立ち続け、走り続けた。
少年は、短いやり取りの中で初めて、彼女を見た。彼女が笑っているのを、初めて見た。すると彼もまた、無表情だった顔に、初めてわずかな笑みを浮かべた。
恵にとって、時間は止まっていた。水の上を走り、未知へと向かうこの瞬間、まるで世界が息を止めているかのようだった。それは、非現実的だった。
そして、彼女は転んだ。
「痛っ!」
彼女は水に倒れ込んだ。水面の不規則さに、ついにバランスを失ったのだ。水しぶきも上がらず、怪我もなく、彼女は起き上がり、座り込み、
抑えきれない笑いに包まれた。
「どうなってるの? 何が起きてるの?
夢なの? それとも……もう死んでる?」
「生きてるって感じがするだろ?」
少年の声が、彼女を引き戻した。またしても、彼は隣にいた。しゃがみ込み、膝を折り、腕でそれを抱えていた。先ほどと同じように、彼はいつの間にか現れていた。
「わからない。
生きているのかどうかもわからない。
夢の中にいるみたい」
「夢だったら、君は医者になってるんじゃない?」
「寝ているときに見る夢の話よ。
その時に叶えたい夢を見るとは限らないでしょ」
「ああ! わかった。
その場合、君は眠ってない」
恵に、わずかな現実感が戻ってきた。
「ねえ……
水の上を歩けてるのって、君でしょ?
どうやってるの?」
「さっき言っただろ。
昔の人間は、思考だけですべてを成し遂げていた。
でも、それを時と共に失った」
「じゃあ……
どうしてできるの?」
「教えられたんだ。
ある意味ではね」
「誰に?」
「……それは、知らない方がいい」
穏やかで、どこか上の空だった彼の雰囲気が、
その一言でわずかに変わった。一瞬だけ、怒りのようなものが宿り、すぐに消えた。
恵は、何も言えずに彼を見つめた。少年が再び口を開いた。
「それで……
今までの人生で、一番深く潜ったことは?」
「え……?
よくわからないけど、どうして――きゃっ!」
――ドボン!
足元の硬さが消えた。
水は再び、普通の水へと戻った。
二人はそのまま、海へと落ちていった。
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