僕の夢は夢を見ることなんだ

紫陽

第1話

日本のどこか、ある朝の海辺に、恵は立っていた。21歳の若い女子学生だった。


「検査の結果、非常に稀で致死性のある遺伝性疾患が確認されました。

誠に残念ですが」


それは、前日に医師から告げられた言葉だった。


彼女は海を見つめていた。波がうねり、そして砂浜に打ち寄せていた。


この時間帯、彼女以外に誰もいなかった。太陽はまだ昇りきっておらず、空は灰色がかっていた。


「不公平だ。

 一生、夢を叶えられない」


彼女は虚ろな表情でそう言った。


茶色の髪はボブカットで、顔の輪郭を縁取っていた。彼女は細身だった。ベージュのウールのセーターに、えんじ色のズボンを身に着けていた。


「夢があるんですか?」


恵のすぐそばで声がした。彼女は驚き、勢いよく声のした方へ顔を向けた。


若い男性が、彼女の隣でしゃがんでいた。まったく気づかなかった。


(いつからそこにいたの?)


その青年もまた、波打つ海を見つめていた。膝を折り、腕でそれを抱え、砂浜に座っていた。


白いセミロングの髪。琥珀色の虹彩を持つ瞳。


彼は、自分には明らかに大きすぎる黒いスーツのジャケットを着ていた。あまりにも大きいため、手は長い袖の中に完全に隠れていた。赤いネクタイが首元から垂れていた。下には黒いスーツのズボンを履いており、それは彼の体に合っていた。だが、足元の白いスニーカーだけが、明らかに場違いだった。


「えっと、夢があるんですか?」


「えっと…… あ、はい……」


「どんな?」


「えっと……」


その質問に、恵は一瞬戸惑った。だが、医師の宣告を思い出した。その瞬間、彼女の中のすべての壁が消え去った。もう気恥ずかしさはなかった。もし、この見知らぬ人との会話が、人生最後のものになるのなら、せめて正直でありたかった。


「医学部で勉強しているので……

 医者になりたいんです」


「へえ、医者?

 それはすごいね」


話しながら、青年は一度も彼女を見なかった。

それでも、興味がないようには見えなかった。

その声色には、確かな好奇心があった。


「ねえ」


「はい?」


「人間は、昔、思考だけで病を治せたって知ってる?」


「え? そうなんですか?」


恵は青年の真似をして海に視線を戻しながら、

半信半疑のまま彼の話を聞いていた。


「うん。

 それだけじゃなくて、他にもいろんなことができたんだ。

 でも人間は、その力を時と共に失ってしまった」


「へえ……」


「見て」


青年は突然立ち上がり、恵は思わず飛び上がった。立ち上がっても、彼は背中を丸め、手は相変わらず袖の中にあった。彼は水際へと歩いていった。


恵は、何が起きているのか理解できないまま彼を見ていた。


(その格好で泳ぐつもりなの?)


青年は、波が濡らした砂の上に到達した。

水が迫る中、彼は何気なく足を上げて……

靴のまま、水の上に足を置いた。


そう。水の中ではなく、水の上に。


彼は一歩踏み出し、さらにもう一方の足も水の上に置いた。


水は砂浜に触れて引いていった……

その上に青年を乗せたまま、まるで揺れる地面のように。


「何をしてるの……?」


恵は、その位置からではよく見えなかった。


青年は、水の上を文字通り歩きながら、岸から離れていった。


「え……?」


今度は、はっきりと見えた。


青年は立ち止まり、そして浜の方を振り返った。


「来る?」


「えっ!?」

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