第2話 出会いのピザトースト

「はあ、お腹空いたな……」

 年始の仕事始め、何とか定時で終わらせた帰り道、グーっと主張する腹を撫でながら歩く。最近は近くの牛丼屋かハンバーガーのチェーン店ばかり寄っているから、たまには違うところに行こうか。そう思いながらいつもと違う道を歩いていると、ふとある木造の建物が目に留まった。ステンドグラスのような彩り豊かな窓とその下に小さな花が咲いた花壇。「Open」と書かれた札がかけられた扉のドアノブを、自然と握っていた。

「いらっしゃいませー!」

 カランカランという鈴の音と共に中に入った僕を、カウンターを拭いていた女性の声が出迎える。カウンター内には男性が立っていて、濡れたグラスを拭いていた。「空いている席にどうぞ!」という女性の声に促され、僕は窓の近くの席に座る。机に置かれたメニューを手に取り、そこに載った文字と写真を指でなぞる。

 サンドイッチ、卵にハムにツナもあるんだ。あとナポリタンも美味しそう。キーマカレーもあるんだ。どれにしようかな……。そう悩む僕の前に、水の入ったグラスが置かれた。底には小さく切られたレモンの皮がいくつか沈んでいた。「ご注文お決まりですか?」とグラスを運んできた女性に尋ねられ、慌てた僕は目に留まった「ピザトースト」を指差した。

「あ、えっと、じゃあ、ピザトーストを一つ」

「はーい。お飲み物はどうされます?」

「えーっと、あ、カフェオレで」

「はーい。少々お待ちくださいね」

 僕の注文をさらさらとメモした女性はにっこり笑うと、そのままカウンターに向かった。その時、カランカランという鈴の音と共に、扉が開かれた。カウンターの女性と男性と共に、僕もそちらに視線を向ける。店内に入ってきたのはスーツ姿の女性で、その人はカウンターの女性と目が合うと、お互いに嬉しそうに顔を輝かせた。

「わあ! 今日も来てくださったんですね! 嬉しいです!」

「えっと、どうしても食べたくなっちゃって。ここのトースト食べたら、自分で焼くのとはやっぱり違って、それで」

「嬉しいです! 嬉しいです! 良かったですね、マスター!」

「ええ」

 三人の会話を聞く限り、スーツの女性は最近ここに来るようになったらしい。それにしても、そんなに美味しいトーストなんだ。慌てて頼んだ注文だけど、これは期待できるかも。そんなことを考えながら、僕はグラスの水を一口飲む。レモンの爽やかな香りと苦味が、口内を潤す水と共に広がった。

「あ、今日はあそこの席にしようかな」

 グラスを机に置いた時、スーツの女性が僕の隣の席に座る。席に着いた途端、真っ先にメニューを開いた女性は、「どれにしようかな」とメニューを指でなぞる。そして、ある一点を指差して、グラスを運んできた女性にその指の先を見せた。

「このピザトーストとカフェオレを一つ」

「はーい。少々お待ちくださいね」

 同じように注文をメモした女性は、再びカウンターに戻る。「今日はピザトーストが人気ですね」とカウンター内の男性に話しかける女性の声は、とても楽しげだ。店内で流れるジャズのBGM。そう言えば昔、両親に連れられて近所の喫茶店に行ったことがあった。あの店でも、似たようなBGMが流れていたっけ。店内に漂うコーヒーの香りと共に、両親との思い出を振り返っていると、カウンターの女性がお盆を持ってこちらにやってきた。

「お待たせしました、ピザトーストとカフェオレです」

 女性が僕の前に、ピザトーストとカフェオレを並べていく。ピザソースとカフェオレの匂いが鼻腔をくすぐる。「熱々ですので、火傷しないように気をつけてくださいね」と女性はにっこり笑ってそう言うと、カウンターに戻っていった。

 女性の言った通り、少し触れても思わず指を離してしまうほどピザトーストは熱々だった。それでも何とかピザトーストを手に取り、「いただきます」と呟いてから、思いきってかぶりつく。サクっというトーストの食感と共に、ピザソースの酸味とトーストの上に乗った玉ねぎの焦げた味、ピーマンの苦味とかすかな甘味。それと分厚いサラミの食感と肉肉しさ、チーズの塩味とトーストの甘味が混ざりあって、一口かじっただけなのに頬が緩んだのがわかった。

 ゆっくりと何度も咀嚼し、ピザトーストをじっくり味わう。口の中のトーストを全て飲み込んだ後、すぐにもう一口、さらにもう一口と止まらない。確かに、こんなに美味しいトーストは生まれて初めてかもしれない。ピザの具材はもちろん美味しいのだが、何よりこのサクサクした食感とパン自体が甘く、焦げ目もいいアクセントだ。あっという間に食べ終わってしまい、グラスの水も一気に飲み干してしまった。

「ふーっ……」

 本当に美味しかった。グラスを机に置くと、中の氷がカラカラと鳴った。ふと隣を見ると、こちらを見ていたスーツの女性と目が合った。「あ、す、すみません!」と慌てた様子の女性が、申し訳なさそうに頭を下げた。「あの、本当に美味しそうに食べてらっしゃったので、つい……」と続ける女性に、僕はドギマギしつつも「あ、僕よくそう言われるんで、気にしないでください」と笑顔を作った。

 それはよく言われることだ。何でも、僕の食べている様子を見て、僕が食べている物を食べたくなるんだとか。「いい食べっぷりだね」「君を見てるとお腹空いてきた」と直接言われたこともある。そう言われると少しこそばゆいのだが、褒められたみたいでちょっと嬉しい。すると、カウンターの女性がこちらにやってきて、スーツの女性の前にピザトーストとカフェオレを並べる。

「お待たせしました、ピザトーストとカフェオレです。熱々ですので、火傷しないように気をつけてくださいね」

 そう言って去っていく女性。顔を赤らめたスーツの女性に、「でも、このピザトースト、本当に美味しかったんで、思いきってかぶりついてください!」と拳を握った僕を見て、スーツの女性は一瞬呆けた顔をしたが、すぐににっこりと微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、心臓が大きく高鳴ったのを感じた。

「じゃあ、私もさっそくいただこうかな。いただきまーす」

 そう言った女性は、ピザトーストを手に取ると、大きく口を開けてピザトーストをかじった。サクっという小気味良い音と、「うーん、やっぱり美味しい!」と女性は顔をほころばせた。その笑顔があまりにも綺麗で、僕は顔が熱いのを誤魔化すようにカフェオレをすすった。コーヒーの苦味とミルクの甘味が混ざりあった味は、心臓の音を誤魔化すことができなかった。

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