第9話第9話:432の聖域 ── 星の歌が聴こえる場所

​鉄と汚水の臭いが立ち込める地下水路を抜け、二人はシアンの地図が示す「最深部」へと辿り着いた。

そこにあるのは、瓦礫で埋もれた行き止まりの壁……に見えた。

​「行き止まり? いえ、違うわ」

姫が何かに導かれるように、瓦礫の隙間に手をかざす。

「……聴こえる。懐かしい音が」

​彼女の指先が触れた瞬間、壁の表面に幾何学模様の光が走り、重厚な岩盤が音もなくスライドした。

開かれた空間から溢れ出したのは、清涼な風と、耳には聞こえないはずの「心地よい振動」だった。

​「これは……」

侍は息を呑んだ。

そこは、地下とは思えないほど広大なドーム状の空間だった。

天井には発光する苔が星空のように輝き、中央には巨大な水晶のような柱が鎮座している。その柱が、微かな「音色」を奏でていたのだ。

​「『432地区』……。帝国のデータベースから抹消された、旧時代の音楽堂か」

侍はその場の空気に触れただけで、戦いで張り詰めていた神経が解けていくのを感じた。

ここには、金剛のような「冷たい機械」が嫌う、調和の取れた周波数が満ちている。だからこそ、帝国のセンサーもここを見つけられないのだ。

​「綺麗な音……。体が、軽くなる」

姫が水晶の柱に歩み寄る。

彼女の体内に残っていた微量の毒素さえも、この空間の波動が浄化していくようだ。

足元の白い犬も、心地よさそうに床に寝転がり、腹を見せてくつろぎ始めた。

​「ここなら、少し休める」

侍は腰を下ろし、久しぶりに太刀から手を離した。

「君が言っていた『科学を超えた奇跡』というのは、こういうことだったのかもしれないな」

​「ええ。……ねえ、ハリー。私、思い出した気がするの」

姫が静かに微笑み、水晶の柱を見上げた。

「私たちが離れ離れになる前、貴方がいつも口ずさんでくれた歌。……あれも、この場所と同じ『音』がしていたわ」

​千年の時を超えて、二人の記憶が「音」で繋がろうとしていた。

外の世界の喧騒が嘘のような、静謐な時間が流れる。

だが、その安らぎは、次なる嵐への準備期間でもあった。

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