撤退判断 ― AIレスキュー試験部隊ガードライン・実証編
よみひとしらず
第1話 実証開始
朝のニュースは、数字から始まった。
「昨年度、二次災害による救助隊員の死亡者数は――」
画面に表示されたグラフは、静かに右肩上がりを描いている。
倒壊後の崩落。
ガス爆発。
浸水。
原因は違っても、結末は同じだった。
助けに行った人間が、死んでいる。
「これを受け、政府は二次災害予知AI〈S-HAD〉と
半自動自立支援無人機を用いた
特別災害対応部隊――通称ガードラインの
実証運用を開始しました」
淡々としたアナウンサーの声。
そこに感情はない。
同じ時刻。
官邸。
内閣総理大臣は、短く告げた。
「本事案について、
特別災害対応部隊ガードラインに出動を要請する」
要請は即時、各系統へ送信された。
上空、巡航高度。
地震計の数値。
衛星画像。
自治体からの救援要請。
整理された情報が、地上へ送信される。
◆
早瀬 迅は、共有映像をオフにした。
表示は、S-HADの待機画面に切り替わる。
ヘルメットを手に取る。
内側の表示が起動した。
S-HAD:スタンバイ
支援無人機:オンライン
管制からの通信が入る。
「夕凪経由、状況共有します。
沿岸部から内陸にかけて広く揺れを観測。
内陸住宅地を中心に、震度6強。
木造住宅密集地域で倒壊報告、複数。
余震、継続中。救援要請、断続的に入っています」
過去に一度、
判断を遅らせたせいで、仲間を一人死なせた。
助けられたかもしれない。
そう思う夜は、今でもある。
だから今は、
判断を早めるための仕組みの中にいる。
《ガードライン》。
守るために前に出る部隊じゃない。
引くための線を引く部隊だ。
◆
現場は住宅街だった。
震度6強。
木造と鉄骨が混じった建物が、
歪んだまま、かろうじて立っている。
「ガードライン、展開完了」
指揮車内。
モニターには構造図と数値が並ぶ。
「無人機、先行投入」
早瀬の指示と同時に、
四脚型の支援無人機が二機、瓦礫の隙間に滑り込んだ。
「構造スキャン開始」
「支保可能範囲、表示します」
画面に色分けされた構造図が浮かぶ。
赤、黄、緑。
無人機のアームが伸び、
傾いた梁を、静かに支えた。
「支え、安定」
「人はまだ入るな」
これが、実証運用だ。
人が危険に踏み込む前に、
無人機が時間を稼ぐ。
その瞬間、
ヘルメットの内側で電子音が鳴った。
――ピッ。
――ピッ。
――ピッ。
撤退アラーム発令
二次崩落リスク:高
想定猶予時間:2分40秒
早い。
現場に入って、まだ一分も経っていない。
無人機は、まだ動いている。
支保も、切断準備も整っている。
「判断官」
無線が、早瀬を呼んだ。
S-HADは命令しない。
進めとも、止まれとも言わない。
ただ、
残された時間だけを示す。
早瀬はモニターを見つめた。
無人機は有能だ。
だが、支えているだけだ。
人が入れば、
次に崩れたとき、逃げるのは人間になる。
「……撤退」
一瞬の沈黙。
「了解。撤退します」
「無人機、離脱」
支援中断
離脱ルート確保
無人機が梁から離れ、後退する。
全員が引いた直後――
鈍い音。
次の瞬間、建物の奥が崩れ落ちた。
「……無人機が入ってなかったら、
最初に人が巻き込まれてたな」
誰かが低く呟く。
撤退アラーム解除
試験データ取得完了
モニターに、冷たい文字が並ぶ。
◆
早瀬は、ゆっくりとヘルメットを外した。
「無人機は、
命を守るための時間を作る」
誰も否定しない。
「引くかどうかを決めるのは、
人だ」
正解かどうかは分からない。
だが――
誰も死んでいない。
それだけで、
今日の実証は成功だった。
明日も、
その次も、
この判断を繰り返す。
それが、
ガードライン判断官・早瀬 迅の仕事だ。
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撤退判断 ― AIレスキュー試験部隊ガードライン・実証編 よみひとしらず @yomihito2026
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