異常なし

k-ing/きんぐ

昨夜のできごと……

 年末年始、病院で働く俺は日勤の仕事を終えて実家に帰省する。

 疲れた体に鞭を打ち、祖母を迎えにいく。

 毎年一月一日、実家に祖母を連れて行き、食事をするのが恒例だからだ。


「ばあちゃん、足は大丈夫?」

「もう痛くないよ。自転車にも乗っているからね!」

「それ退院する前にリハビリの先生に注意されてるでしょ?」

「ははは、この前自転車に乗って受診してきたわ!」


 去年、祖母はスーパーから帰宅する際に自転車が落ちてきて大腿骨を骨折した。

 なんでも、カゴに荷物を入れすぎて、自転車を止めている間に自転車に挟まれるように転倒したらしい。


「はぁー」


 そんなことがあっても元気に生活していることにホッとするが、同じリハビリ職をしている俺としてはため息が出てしまう。

 そんな話をしていると実家に着いた。


「ただいまー!」

「帰ってくるのおっせーぞ!」

「腹減ったー」


 甥っ子たちが走って玄関まで迎えにきた。

 大きくなっても可愛い姿につい頬も緩んでしまう。

 上の子なんて、小学五年生になっても抱っこしろって言ってくる。

 正確にいえば、抱っこして振り回せって意味合いなんだけどな。

 おじさんはじゃれあい担当なんだろう。


「ねぇねぇ、帰る時駐車場まで競争しよう!」

「僕もやる!」


 案の定、帰りは駐車場までのダッシュが決まった。

 年々、甥っ子は足が早くなり、俺は年老いていく。

 そのうち競争しても勝てなくなる日が来るのだろう。


「ほらほら、そんなところで話してないで手を洗ってきなさい」


 そんな話をしていると母が玄関までやってきた。


「あけましておめでとう」

「今日はカニとすき焼きがあるわよ!」

「会って早々飯の話かよ……」


 言葉を聞いただけで俺のお腹は鳴る。

 甥っ子に手を引かれながら、家の中に入っていく。


「唐揚げとおせちまである……」


 机の上には普段食べないご馳走が並んでいた。


「あんた達がたくさん食べるから大変なのよ」


 そう言いながら俺の好きな唐揚げを毎年欠かさず出してくれる母に少し嬉しくなる。

 相変わらずの食いしん坊だと思い、母はたくさんの料理を用意しているのだろう。

 年齢を重ねる度に食べる量も少なくなってきているのに、母の中では家を出たあの時に時が止まっている気がした。


 俺がゆっくり椅子に座ると、姉や義兄さん、父たちも椅子に座る。


「あっ、あけましておめでとうございます」


 そう言って、俺は鞄からお年玉を取り出す。


「おっ、毎年サンキュー!」


 俺は仕事をするようになってから、毎年両親にお年玉を渡している。

 父は少し照れ臭そうにポケットにしまった。


「あけましておめでとうございますって言ったよ?」

「ほらほら!」


 相変わらず甥っ子たちはあいさつが済んだら、お年玉をもらえると思っているのだろう。

 俺が渡すと、嬉しそうに駆け回っていた。


「あっ、課金はするなよ!」

「「えー!」」


 俺と同じでゲームが好きだから、すぐに課金しようとするからな。

 お小遣いを渡すたびに課金をしていいか、聞かれる義兄さんの気まずそうな顔を見てみなさい。


「いつもありがとうございます」

「いえいえ!」


 今回は事前に俺が食い止めたから大丈夫だと言いたい。


「じゃあ、食べましょうか」


 母の声に俺たちは目の前のご馳走に手を伸ばしていく。

 久しぶりに食べるカニはやっぱり無言だった。

 それに――。


「ほら!」

「ありがとうー! うまっ!」


 俺は甥っ子のカニの専属殻剥きだ。

 しれっと姉が甥っ子たちから一番遠い席に座ったのはそのためだろう。

 姉に逆らえない弟と義兄さんは黙々とカニの殻を剥く。


「早くカニはまだかなー?」

「おい、俺のも食べようとするなよ!」


 隣で口を開けて待っている甥っ子に、俺はついつい自分のカニも無造作に入れる。


「誰に似て食いしん坊になったのやら……」

「すみません……」

「あっ……ごめん」


 そういえば、義兄さんは俺よりも大食いだったな。

 そんな穏やかでワイワイした正月が過ぎていく。


「ねぇ、この間家に警察を呼んだのよ」


 すき焼きを食べている最中に聞こえた祖母の声に、視線は祖母に集まる。


「何かあったの?」


 すぐに母は祖母に確認する。

 近くに住んでいても、一人暮らししているから心配なんだろう。

 それに母もその話は聞いていなかったようだ。


「いやね……この間インターフォンが鳴ったけど誰もいなくてね?」

「うん。それで?」

「その後にベランダの扉を強く叩く音が聞こえたのよ」


 一定の強さで何度も叩く音が気になった祖母はベランダにも見に行ったようだ。


「でも誰もいなかったのよ」

「あー、闇バイトで泥棒とかもあるから怖いもんね」


 世間では闇バイトで集まった人たちが家に侵入したニュースを目にする。

 それもあって祖母は警察を呼んだのだろう。


「警察を呼んで監視カメラを調べてもらったんだけど、誰も映ってなかったのよ」

「インターフォンも?」

「うん……」


 まるで死角を狙ったような犯行に、余計に泥棒ではないかと思ってしまう。


「しばらく警察がパトロールとかもしてくれたから大丈夫だと思うけどね」

「そうだよね。何もなくてよかったね」


 その時はみんな食べることに夢中になっており、特に祖母の話は気にならなかった。

 全員が食べ終わり、ふと話はあの時の祖母の話に戻る。


「ねぇ、ばあちゃんって認知症じゃないよね?」

「幻聴や幻覚があるってこと……?」

「ばあちゃんも84歳だからさ」

「んー、それはないと思うけどね」


 医療現場にいれば認知症の人をたくさん目の当たりにする。

 ただ、祖母と話している限りそんな素振りもないし、会話も特に問題ない。

 質問や難しいことも普通に答えていたから、よほどのことがない限り認知症ではない気がする。


「それに毎週母さんが会ってるでしょ?」

「うん……」


 それに母が自転車に乗らないように、毎週祖母に会って買い物に連れて行っている。

 だから尚更認知症の可能性が低いだろう。


「ちょっと家の周囲見てきて」

「わかった」


 俺は姉と共に祖母を自宅まで送ることにした。


「今日はありがとね!」


 何も気にせず降りていく祖母に俺たちも着いていく。


「玄関にも怪しいものはないよね」

「ポストにも何もないよ」


 特に玄関周囲に異変を感じるようなものは置いてないし、マークなどの書き込みは特にない。

 やはり泥棒に入るための判別したような物はなかった。


「じゃあ、ばあちゃん元気でね!」

「またね!」


 祖母を自宅に送り届けてから、外からベランダの方に回っていく。


「ねぇ……ここって登れると思う?」

「いや、無理でしょ……」


 一階に住んでいる祖母。

 だけど、俺よりも背の高い外壁があり、登っていかないとベランダの扉は叩けないだろう。

 近場には足場になるものはないし、相当運動ができる人じゃないと無理だ。

 試しに俺も手を伸ばして見たが、外壁の一番上を触るのは一苦労。

 それに目の前には喫茶店もあるからな。


「うわっ……寒気がする」

「寒いから早く帰ろうか」


 外は鳥肌が立つような寒さで全身が震える。


「ばあちゃんも歳だもんね……」

「そうだね……」


 祖母の優しい顔は、昔から何一つ変わっていなかった。

 俺は仕事柄、幻覚やせん妄を何度も見てきたが、祖母の様子はそのどれにも当てはまらない。

 それに気づいたのは、祖父の命日が一月四日だったと思い出した時だった。


✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦

【あとがき】


 初めて書いたホラーがノンフィクションになるとは……。

 昔から何かは見える体質だが、何もわからないものが一番ゾクっとしますね。


 ⭐︎評価、レビューなどお待ちしております。


 何もしないと次はあなたの家のインターフォンが鳴るでしょう。

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