ラルスからやり直そう Lullus: The New Beginning
りつ
第1話
2025年12月24日。聖夜。
深夜のコンビニ。
良くできた生成AIのポスターがクリスマスの店を飾り立てている。
自動ドアが開き「イラッシャイマセー」と外国人店員の声が響く。
律子は軽く店員に目をやる。東南アジア系だろうか、可愛らしい小柄な女性。
(コンビニのレジ打ちは、私には無理かな…。覚えること多そう。ていうか、私にできる仕事あんのかしら)
律子は店の奥に進み、おにぎりひとつとカップ味噌汁を手に取った。
店内には『サンタが街にやってきた』が流れ、クリスマス一色の夜だ。
風間律子。27歳。独身。派遣バイト歴5年。
イベント会社に登録し、明日の保証のない毎日が続く。
クリスマスイベントに駆り出され、ついさっきまで1日だけのサンタだった。
(さっきまで何十人といるサンタのひとりだったわ…。わたしは社会の歯車でさえないわね。使い捨て。あってもなくても変わんない。レジも打てないし…)
ぼんやり店に貼られたポスターを眺める律子の耳に、さっきの店員と男性客の会話が聞こえてきた。
「よろしかったじゃねーだろ! よ、ろ、し、い、で、しょ、う、か。だ」
「日本語もっとお勉強してからレジに立ちなさいな。お金もらって仕事してんでしょ」
温められたお弁当を間に挟み、客が店員に絡んでいる。
ニヤニヤしながら。ネチネチと。赤ら顔で。
「ぁ、はい。スイマセン。はい、はい、気をつけます。スイマセン」
小さな声で縮こまる店員。
「『よろしかったでしょうか』で合ってるでしょ」
律子の口から思わず声が出た。
「あなたが、お弁当を選んだのはさっきでしょ」
「今、決めてんの?もう温めてもらってるじゃない」
「過去のことよ、店員さんが言っているのは」
男性客はキョトンとして、律子を見つめる。
「だーかーらー」
律子がたたみかける。
「さっきなんだから『よろしかった』」
「これからなら『よろしいですか』」
「わ、か、る?」
「ん? え? は? え?」
とまどう男性。
「よろしかった? よろしい……? え?」
目が泳ぐ。
「よろしければ?」
「よろしかろう、よろしいとき……?
あれ?」
酒が入っているその男性は、ろくに思考も働かず、訳が分からなくなっている。
気まずくなった彼は、しきりにあたりをキョロキョロみまわし、さっさと会計を済ませると、逃げるように出口に向かった。
「アリガトゴザイマシタ…」
やや力ない声で店員が見送る。
その声を背に、男性はブツブツ言い続ける。
「??? する、される?」
「するとき、すれば、するならば……?」
「あれ? あり? あり、おり、はべり、いまそかり?」
「酒は呑め呑め呑むならば? さぁ ご一緒に さぁーけぇはー、のーめぇー、のーめぇー、のぉむぅなぁらぁばー」
誰に言うのでもなく、勝手に歌いだしながら、ふらふらとクリスマスの街へ去っていった。以外にちょっと歌上手い。
店員は律子に向かって、しきりに頭を下げる。
「いーんですよ、別に。あ、これ」
律子もかえって気まずくなり、おにぎりと味噌汁の代金を払い足早に店を出た。
「アリガトウゴザイマシター!」
店員の大きな声が、クリスマスの夜に響く。
生成AIポスターの笑顔が彼女を見送る。
冷たく点滅するイルミネーション。
律子は小さく鼻をすすると、とっくりセーターに顔をうずめて、一人のアパートに向かった。
スマホがコートのポケットで小さく鳴ったが、彼女はそれに気づいていない。
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