舞い上がる鷹を手に入れろ 〜流れ者が女騎士の夫にされるまでの長い道のり〜

普通のジョンソン

プロローグ『英雄』

父が歩いていた。


大地を踏みしめるその一歩一歩が、周囲の空気を震わせているように見えた。


悠然とそして揺るぎなく前へ進む背中。身体から自然と放たれる威圧の気は、見る者の言葉を奪い、圧倒した。


父は貴族ではなかった。


山の民の蛮族と蔑まれながらも、力で生き残ってきた者たち。その頂点に立つ大首長。それが、私の父だった。


戦斧を一振りすれば、十人の歩兵の首が宙を舞う。反乱を起こし、民の為に戦い、やがては王国に帰順した。


酒場ではそう語られ、吟遊詩人は誇張を重ね、英雄譚として歌い上げる。


だが私は知っている。あれは誇張ではない。父は、本当にその域に立つ男だ。


父の投げた槍が、狼を文字通り消し飛ばした事を思い出す。


父の背後には、やはり歌に語られるような武人たちが続いていた。


竜殺しのカレッサ、暴風のイスカンダ、断頭のイシュマエル。彼らは皆、父の背に従い、迷いなく歩いている。


道の脇に集まった民は、恐れと羨望をない交ぜにした眼差しで父を見ていた。その視線の意味が、私にははっきりと分かっている。


尊敬だ。


私は、その血を継いでいるはずだった。


父の娘であり、山の民の血脈。そうであるなら、同じように剣を振るい、同じように力を示せるはずだと、幼い頃は信じていた。


だが現実は違った。


訓練用の丸太一本すら、一撃で断ち切ることができない。


何度剣を振り下ろしても、刃は木肌に食い込み、鈍い音を立てるだけだった。


もちろん普通の人間は断ち切る事など出来ないのだが。


代わりに私が得意としたのは、政治と謀略、そして人の心を読むこと。


それは、父を婿として貴族にした母と同じ能力であった。


母はその能力で父を夫にした。山の民として反乱を起こし、王国に帰順した父は、本来なら国王軍に入れられる筈だった。


誰が嘘をついているか、誰が不満を抱えているか。

それを理解し、配置し、操ること。


家に仕える臣下たちは、表では私に頭を垂れながら、裏では囁いている。


政治が得意な奸臣女。


山の民の血を引いてるとは思えない娘。


その言葉は、深々と自分の胸に突き刺さっている。賄賂を取る様な部下を抱える貴様らにそれを言う資格があるのかと言いたくもなった。


私の為に命を賭して働いてくれる者はいる。私と共に民の為に働きたいという者はいる。


しかし、竜を一撃で仕留める様な、斧の一振りで敵陣を壊滅させる様な、2000人の軍で1万人の軍を撃ち破る様な、そんな英雄・豪傑は私の元にはいない。


私はこれ以上父を見ることが出来なくなって、目を逸らした。

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