「涙腺科」という実在しない診療科名は、医療の現場に物語を滑り込ませる装置として機能し、海堂尊『チーム・バチスタの栄光』冒頭を思い出させる。この作品は、チーム・バチスタの栄光のようなミステリーではない。しかし、物語世界における「真実」へとたどり着く道筋は、どこか共通している。医師が患者を診る――そこから、すべてが始まるからだ。 実在しない診療科「涙腺科」という設定は、物語を非現実へと踏み出させる装置である一方、診察の進め方そのものはきわめて誠実で現実的だ。患者の訴えに耳を傾け、涙という症状を手がかりに、その奥にある感情や関係性を読み解いていく。その過程は謎解きではなく、理解へ向かうための診療である。
この物語が取り上げているのは、病名や数値では測れない涙の重さだ。流れすぎる涙も、流せなかった涙も、どちらも否定されることなく受け止められる。その静かな眼差しが、本作を医療ファンタジーに留めず、人の物語として印象づけている。
涙は、『記号』だ。涙は、自ら御せない程に感情が昂っていることを、周囲に示すサインだ。
だから私たちは、涙に『嘘』をついてしまう。何も感じずとも涙を流すし、涙を流したくても、必死に堪えることもある。あざとい演技だったり、大切な誰かへの思いやりだったりもする。
涙医師・逢坂透の治療とは何か? そんな人間関係の中で凝り固まった涙を、本来あるべき姿へと還すことが、彼の治療ではないか。
涙は、『あたたかい雫』なのだ。涙は、言葉に出来ない想いが抑えきれずに、溢れ出した証なのだ。
そう思い出させてくれる、あたたかくて、やさしい短編。
是非お読み頂き、この読後感を体験頂きたいと思う。