チョコレートボンボン

@kei_aohata

チョコレートボンボン

 はじめは小さなチョコレートボンボンだった。

 社内で隠れるように食べたその一粒で、不思議なほど心がほぐれた。苦手な電話にもなんとか出られるようになったし、同僚との会話に心臓を跳ねさせることもなくなった。まるで普通の人みたい。心のなかだけでふっと笑みがこぼれた。以前はこんなこと一度もなかった。粘着テープのように張り付いた緊張は剥がすときが一番痛い。チョコレートボンボンはその痛みを何倍にも薄めてくれる気がした。

 それから私は常にボンボンを鞄に忍ばせた。忘れてしまった日はそれまで以上に挙動不審になってしまうから、有事の際に必ず手元にあるように職場にもストックを置くようにした。たった一粒、それだけで今までたった一グラムだった勇気が確かな質量を感じられるまでになったのだから、これくらい安いものだと思った。

 ボンボンを一粒から二粒に増やしたのはほんの好奇心からだった。一粒で私は上司に仕事の相談ができるまでに成長した。それなら日に二粒食べるようになったら、世界は一体どんな色に見えるのだろう。はじめて山の頂上に登って天の川を目にしたときみたいな、そんな景色だったらどんなに素敵だろうか。私はついに好奇心に負けた。

 やがてボンボンは二粒から三粒に増えた。以前から比べたら格段に人と話すのが怖くはなくなったが、普通の人みたいに特定の誰かと仲良くなれるようなことはなかった。世間的には、ただの同僚であっても一緒にランチをしたり休日に遊びに出かけたりするものらしいが、私にはそんな相手はいなかった。やはり自分の根本は何も変わっていないのではないか。恐怖は一度現れるとずるずると尾を引いてついてきた。そのうち効果が薄れはじめ、焦った末に朝から数粒のボンボンを口に含んでいくようになったが、それもいずれは効かなくなるのだろうという嫌な確信から目を背けられなくなった。

 これで駄目になったらもう働けない。同僚にも見放されるし、上司からも蔑まれる一方だ。もっと食べなきゃ、と思ってふと気がついた。チョコレートボンボンの箱の外側に書いてある度数表示。ウィスキーにしては優しめのアルコール。お菓子に使用されるのだから当然だ。

 それならもっと度数の強いアルコールを使ったボンボンを、いやいっそのことウィスキーそのものを飲めばいいじゃないか。

 そのアイデアは見事に当たっていた。同僚ともうまくやれる。ずっと温めていた企画がはじめて上司に褒められ、上の会議にあげてもらえることになった。

 しかし忘れた頃にまた効果は薄れはじめる。出勤する前に200ミリ飲み、お昼と夕方にさらに200ミリずつ。念の為と多めに持ってきていた100ミリを追加で飲み切ることもある。それでも足りなくなれば、朝飲む量を増やす。その分身体はキツイけど、会社に着く頃には”普通”になれる。

 突然、満員電車で嘔吐して倒れた。あの人いつも酒臭かったと周りの人間が話しているのがぼんやり聞こえていた。

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