飛ばない魔法少女としゃべらない相棒
からき
第1話 未登録の魔法少女
デスクに積まれた報告書の山を見て、神崎晋一郎は小さくため息をついた。
特務対策室。
魔物災害に対応する政府機関の中でも、魔法少女の支援と保護を専門とする部署だ。
神崎はそこで対策官を務めている。
四十二歳。
この仕事に就いて、もう八年になる。
八年前、魔物が初めて出現したとき、世界は絶望に覆われた。
通常兵器が効かないわけではない。
だが、効果が薄すぎた。
戦車の砲弾を何発も撃ち込んでようやく倒せるような化け物が、街中に現れるのだ。
被害は甚大だった。
有効な対策が打てないまま、追い詰められていった。
そこに現れたのが、魔法少女だった。
魔法の国から来たという妖精マスコット。
彼らと契約した少女たちは、魔法の力で魔物を退治できた。
戦車の砲弾より、少女の放つ光の矢の方がよほど効く。
皮肉な話だ。
だから大人たちは組織を作った。
少女たちを支援し、育成し、そして──守るために。
子どもを戦わせている。
その事実は、八年経った今も神崎の胸に重く沈んでいる。
どれだけ「支援」と言い繕っても、「保護」と言い換えても、最前線に立つのは十代の少女たちだ。
その現実から目を逸らすことだけはすまいと、神崎は自分に誓っていた。
せめて、この手の届く範囲だけでも。
せめて、大人として恥ずかしくない仕事を。
そう思いながら、この仕事と向き合っている。
今は気がかりな事があり、激務が続く中、なんとか時間を作って関連する報告書を手元に集めたところだった。
報告書の一枚目を手に取る。
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報告書 第2847号
日時:九月十五日 午後十一時二十三分頃
場所:■県■市■区 工業地帯
報告者:早月ひより
監視班がC級魔物の出現を確認。
出動要請を受け現場に急行したところ、未登録の魔法少女が単独で魔物と戦闘中だった。
戦闘スタイルは極めて特異。
魔法攻撃を一切使用せず、身体能力のみで戦闘を行っていた。
飛行能力も確認されず。
武器は──ぬいぐるみ?
接触を試みたが、魔物を撃破後、無言で立ち去った。
追跡を試みるも見失う。
外見的特徴:
・年齢十五歳前後
・黒髪、肩にかかる程度の長さ
・服装は変身後の魔法少女衣装ではなく、一般的な私服(パーカー、ジーンズ)
・胴の長いウサギ型のぬいぐるみを所持
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神崎は眉をひそめた。
魔法を使わない魔法少女。
飛ばない。
魔法も撃たない。
武器がぬいぐるみ。
一般的な私服ということは変身していないのか、それとも出来ないのか。
そして、魔法を使わないのに魔法少女?──いや、少女が魔物を撃破できている時点で何らかの魔法的な力を持っているのは間違い無い。
悪い冗談かと思った。
だが、報告者は早月ひより。
彼女は真面目で、虚偽の報告をするような少女ではない。
次の報告書を手に取る。
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報告書 第2851号
日時:九月十八日 午前二時四十分頃
場所:■県■区 住宅街
報告者:檜原なぎさ
深夜の緊急出動中、路地裏にて未登録魔法少女を目撃。
B級魔物と交戦中だった。
戦闘は既に終盤。
対象はぬいぐるみ(ウサギ型、胴長)を魔物に叩きつけることで攻撃していた。
打撃時、ぬいぐるみから「ドゥー」という音が発生。
魔物の反撃はすべてぬいぐるみを盾にして防御。
身体能力は異常なほど高い。
壁を蹴って三階の高さまで跳躍するのを確認。
ただし飛行ではない。
あくまで跳躍。
声をかけようとしたが、魔物撃破と同時に走り去った。
足が速すぎて追いつけなかった。
悔しい。
備考:魔物の死骸が消失していた。
撃破後、ぬいぐるみが「食べた」ように見えたが、暗くて確認できず。
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「悔しい、じゃないんだよ……」
神崎は報告書を置いて、こめかみを揉んだ。
檜原なぎさは勝ち気な少女だ。
報告書は客観的に書けと何度言っても直らない。
だが、彼女らしいといえばらしい。
それにしても。
魔物の死骸を「ぬいぐるみが食べた」?
神崎は三枚目の報告書に目を落とした。
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報告書 第2863号
日時:九月二十四日 午後八時十五分頃
場所:■県■市 商業施設跡地
報告者:監視班 映像解析
監視カメラ映像を解析。B級魔物との戦闘を記録。
対象の戦闘スタイルを詳細に分析した結果、以下の点が判明。
1. 魔法攻撃は一切使用しない
2. 身体能力強化に全魔力を集中していると推測
3. 飛行能力なし
4. 攻撃手段:ぬいぐるみによる打撃のみ
5. 防御手段:ぬいぐるみを盾として使用
6. 魔法少女変身中の認識阻害について魔法的痕跡確認できず。変身していないものと推測。
7. 戦闘後、ぬいぐるみが魔物の死骸を「捕食」する映像を確認(添付ファイル参照)
対象の戦闘能力は極めて高い。
B級魔物を単独で撃破可能。
しかし、戦闘スタイルは無謀かつ危険。
近接戦闘に特化しすぎており、不意の攻撃に対する防御手段が乏しい。
精神状態についても懸念あり。
映像を見る限り、戦闘中の表情に恐怖や緊張は見られない。
むしろ──
※この表現が適切かどうか迷いますが、正直に記載します
──憎悪。
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神崎は報告書を置いた。
憎悪。
十五歳前後の少女が、魔物を殴り殺しながら浮かべる表情が、憎悪。
胸が締め付けられるような感覚があった。
どんな経緯でそうなった。
何があった。
なぜ組織に来ない。
なぜ一人で戦う。
なぜ──誰も、この子を助けなかった。
***
翌朝、神崎は上司に呼び出された。
特務対策室室長、五十嵐靖子。
五十代の女性で、この組織の創設時からのメンバーだ。
神崎と同じか、それ以上に魔法少女たちと向き合ってきた人間。
「例の報告書、読んだわ」
「はい」
「あなたに調査を命じます」
五十嵐は一枚の写真をデスクに置いた。
監視カメラから切り出した画像だろう。
暗い路地裏で、ぬいぐるみを抱えた少女が立っている。
顔は影になっていてよく見えない。
だが、小柄な体躯と、肩にかかる黒髪は確認できた。
「この未登録の魔法少女について、身元の特定、そして──保護」
「保護、ですか」
「ええ。未登録の魔法少女は放置できないもの。
それで無くとも多感で不安定な年頃の子を一人になんてさせておけないし、危険よ──あの子自身にとっても」
神崎は写真を見つめた。
抱えられたぬいぐるみは、胴の長いウサギのような形をしていた。
ボタンの目が、こちらを見ているような気がした。
「必ず見つけ出して、保護しなさい。
あの子がこれ以上、一人で戦わなくて済むように」
「……了解しました」
神崎は写真を手に取った。
十五歳。
自分の娘がいたら、ちょうどそのくらいの年齢だろうか。
神崎に子どもはいない。
結婚もしていない。
この仕事に没頭するうちに、そういう機会を逃してしまった。
だが、だからこそ。
この子たちを守ることが、自分の仕事だと思っている。
「君がどんな子なのか、まだわからない」
神崎は写真に向かって、小さく呟いた。
「だが──必ず見つける。
君が何に怒っているのか、何を憎んでいるのか。
全部聞く。
だから、待っていてくれ」
写真の中の少女は、答えない。
ただ、ぬいぐるみだけが、こちらを見ていた。
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