解体屋の俺、なぜか世界最強ギルドの顧問に指名される 〜「原子レベルの分解」で魔法も魔物もバラバラにしていたら、最強の女帝に拉致されました〜
いぬがみとうま
第1話:その解体屋、ただ者ではない
錆びついた鉄の匂いと、腐敗した魔力の異臭。
都心部の華やかさから切り離された第十三廃棄区画――通称「ゴミ溜め」は、今日も人類の強欲と怠慢が積み上がっていた。
ダンジョンから運び出された魔物の残骸。使い潰された魔導武装の残骸。それらは山をなし、重力に従って崩落を繰り返す。
俺は、その不潔な残骸の中で一人、巨大な鋼鉄の塊と向き合っていた。
「おい、カイ! ボサッとするな! その『鋼鉄のライノ』を今日中にバラし終えねえと、明日の飯は抜きだぞ!」
後方から、肥え太った現場監督の怒声が飛ぶ。
俺は適当に手を挙げて応え、右手の中に馴染んだ安物の解体ナイフを握り直した。
目の前にあるのは、ランクCの魔物『アイアン・ライノ』の死骸だ。
その皮膚は特殊な魔導金属の鱗で覆われており、通常の解体重機では刃が立たない。無理にこじ開けようとすれば、火花を散らして重機の方が壊れる代物だ。
この世界の魔導技師たちは、これを「魔力による超硬化現象」と呼び、高出力の魔法で強引に焼き切るのが唯一の正解だと信じ込んでいる。
(……足し算でしかものを考えられないのか、この時代の奴らは)
俺は内心で毒を吐く。
俺の視界には、連中には見えない「真理」が映っている。
前世の俺は、物質の最小単位――原子や分子の挙動を研究する物理学者だった。
五十年前、科学が文明の絶頂にあった時代。俺たちは世界を数式で解き明かし、構造を制御していた。
だというのに、三十年前に出現した「ゲート」と魔法が、人類の思考を停止させた。
面倒な数式を組むよりも、呪文一つで火が出る方が楽だったからだ。
結果として、人類は「なぜ物質が硬いのか」という根本的な理屈を捨て去り、ただ結果だけを享受する退化した猿へと成り下がった。
(金属結合の格子欠陥、魔力の定在波による共振点……そこだ)
俺の左眼に宿る『構造解析』の異能が、鋼鉄の鱗の「継ぎ目」を捉える。
どれほど強固な物質であっても、原子レベルで完璧な結合など存在しない。
俺は無造作に、ナイフの先をライノの首元に添えた。
力を込める必要さえない。
特定の周波数で微振動を加え、結合のエネルギーを「解いて」やるだけでいい。
パキッ、という乾いた音が鳴る。
次の瞬間、軽トラック一台分ほどもある巨体が、まるでパズルのピースが弾けるようにバラバラへと崩落した。
切り口は、分子レベルで整えられた鏡面のように滑らかだ。
重機を使っても数日はかかる難作業。
それを俺は、わずか数秒で、しかもホームセンターで買った一五〇〇円のナイフで完遂した。
「……ふう。今日のノルマはこれくらいか」
俺は額の汗を拭い、軍手を外した。
今の俺は、ただの解体屋だ。
魔力総量は一般人以下。魔力測定器にかけても、針一つ振れない。
ゆえに、この「魔法至上主義」の社会では、俺は底辺のゴミとして扱われる。
それで構わなかった。
廃棄区画は、魔法で無茶苦茶に加工された素材の「残骸」が手に入る。
前世で辿り着けなかった物理学の深淵を、俺はこの世界の魔法という異常現象を使って証明したい。ただそれだけが、俺の知的好奇心を刺激た。
だが、そのささやかな平穏は、空を割るような女の声と共に崩れ去った。
「――どきなさい! そこを退きなさい」
第十三廃棄区画のゲートが、強大な熱量によって吹き飛ばされた。
砂煙の中から現れたのは、場違いなほど美しい、純白の装甲を纏った騎士団だ。
そしてその中心には、燃えるような紅蓮の髪をなびかせ、圧倒的な威圧感を放つ少女が立っていた。
シエル・アークライト。
世界ランク一位ギルド『銀翼』の副長であり、現代最強の火炎魔導師。
テレビのニュースの向こう側にいるはずの「選ばれし者」が、なぜこんな不潔な掃き溜めに現れたのか。
「責任者はどこ!? 今すぐ『黒金(くろがね)の魔竜』の角を持ってきなさい!」
シエルの声には、隠しきれない焦燥が混じっていた。
彼女の背後では、血を流した魔術師たちが、折れ曲がった魔法剣を抱えて担架で運ばれている。
状況は察しがついた。
ダンジョンでの戦闘で、主戦力の武器が破損したのだ。
そして彼女たちが求めている『黒金の魔竜の角』は、魔法を反射し、あらゆる物理干渉を受け付けない最高難度の素材だ。
「し、シエル様! 魔竜の角なら、あちらの保管庫にございますが……まだ未加工のままでございます!」
現場監督が、地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで跪く。
シエルはその保管庫に転がっている、十メートルを超える巨大な黒い角を指差した。
「加工なんて後でいいわ! 今すぐそれを削り出しなさい! 仲間の防壁を修復するための触媒が必要なのよ!」
「そんな! 無茶をおっしゃいます! あれをバラすには、本部の大型魔導カッターでもない限り……本部の加工職人を呼ぶにしても、三時間はかかりますし」
「だめよ! あと一分で仲間の魔力結界が消えてしまう! 誰でもいい、あれを削れる奴はいないの!?」
シエルの叫びが、ゴミ溜めの空に響き渡る。
責任者が青ざめ、狼狽した。
シエルの表情が絶望に染まる。彼女の手には、仲間の命を守るための結界石が握られていたが、その光は今にも消えそうだった。
エリート騎士たちは、無能な作業員たちを忌々しげに睨みつけ、絶望に顔を歪めた。
彼らが持っている最高級の魔法剣を叩きつけても、魔竜の角は火花を散らすだけで傷一つつかない。
魔法を使えば、その魔力はすべて拡散して跳ね返ってくる。
まさに難攻不落の要塞だ。
俺は、その様子を遠巻きに眺めていた。
関わりたくはない。
俺の平穏が壊される予感が、全身を駆け抜けていた。
……だというのに。
担架で運ばれている男の、今にも消えそうな魔力の波形が、俺の良心を苛んだ。
彼は仲間のために、その身を挺して魔竜のブレスを受けたのだろう。
その勇気の結果が、この無能な文明のせいで死に至るのだとしたら。
それは、無意味な損失だ。
「……ふん、度し難いほど不合理だな」
俺は無造作に、シエルたちの中心へと歩み寄った。
エリート騎士の一人が、怒声を上げる。
「何だ貴様は! 下賎な作業員が近寄るな、汚らわしい!」
「死にたくなかったら、その玩具みたいなナイフを引っ込めろ。お前らがやってるのは、ダイヤを豆腐で叩いてるようなもんだ」
「何だと……!?」
俺は彼らの制止を無視し、巨大な魔竜の角の前に立った。
シエルが驚愕の表情で俺を見つめている。
彼女の目には、俺がただの無力な作業員に映っているはずだ。
「あんた、死ぬ気なの!? その角は、中途半端な干渉をすれば、あんたの体内の魔力を全部逆流させて破裂させるわよ!」
「そうだな。お前らのやり方なら、そうなる」
俺は、ポケットから二本目のナイフを取り出した。
さっきのライノの解体で刃こぼれした、使い古しの安物だ。
俺は魔力視を極大まで展開し、黒い角の内部構造を「透視」した。
複雑に絡み合った、魔力のベクトル。
原子の配列が歪み、特定のポイントに「応力」が集中している。
この素材は、外部からの力には無敵だが、内側からの「位相のズレ」には脆い。
俺は、角の根元から三・五センチの地点に、指先を添えた。
そこは、この巨大な構造物を支える、唯一の「特異点」だ。
「……足し算しかできない奴らには、一生かかっても解けないパズルだ」
俺はナイフの柄を、コン、と軽く叩いた。
瞬間。
キィィィィィィィン、という、空間そのものが悲鳴を上げるような高周波が響いた。
シエルが耳を塞ぎ、騎士たちが後退する。
直後、山のような魔竜の角が、冬の湖の氷が割れるように、一点の曇りもなく三分割へと裂けた。
断面は、磨き抜かれた黒水晶のように輝いている。
「…………え?」
シエルの声が、小さく震えた。
周囲の喧騒が、完全に消滅した。
今、何が起きたのか。
人類最高峰の魔術師である彼女ですら、その現象を理解できていない。
ただ、彼女の目の前には、不可能を可能にした結果だけが、厳然と横たわっていた。
俺は切り出した角の一枚を拾い上げ、呆然とするシエルの手に押し付けた。
「ほら、さっさと持ってけ。あと三十秒で、あそこの男の魔力結界が溶解を始めるぞ」
「……あ。……あ、ありがとう……。でも、あんた、今の、一体……」
「ただの解体だ。用が済んだなら帰ってくれ。残業代は出ないんだよ、ここは」
俺は背を向け、自分の作業場へと戻り始めた。
だが、背後から凄まじい熱波が押し寄せてくる。
振り向くと、シエル・アークライトが、顔を真っ赤に上気させ、瞳に異常なほどの光を宿して俺を凝視していた。
「逃がさないわよ……! あんた、名前は!? いいえ、名前なんて後でいいわ! 今すぐ私と一緒に来なさい!」
「は? 断る。俺は今日のノルマをまだ……」
「ノルマ!? そんなもの、私がこの廃棄区画ごと買い取ってあげるわ! あんた、自分が何をしたか分かってるの!? 現代魔導学の常識を、たった一撃で粉砕したのよ!」
シエルの叫びが、第十三廃棄区画を震わせる。
――こうして。
俺の「平穏な解体屋生活」は、一人のわがままな天才魔術師によって、唐突に終わりを告げた。
――これが、後に「魔導工学の父」と呼ばれる俺と、世界最強の女帝シエルとの、最悪で最高の出会いだった。
――あとがき
新作です。1章が書き終わったので、ドバっと投稿いたします。
人気が出てくれればいいなと思っております。
頑張って書いていくので、【フォロー】していただけると嬉しいです。
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