第3話 休日の主任
じゃらじゃらじゃら、ぱちぱちぱち、時折聞こえる電子音、女は銀の玉の行方を真剣に追いかけている。一つ、また一つと銀の玉は吸い込まれていく。時折釘の合間を上手く抜けた銀の玉が、盤面の中心より少し下にある小さな箱に入ると、女は少しだけ満足そうな表情をして、また作業を続ける。
どこの地域でも見られる、変わらない景色。休日にパチンコに興じる平均的な庶民だろう。時折スマートフォンで何やらメッセージを送っている姿も、なんら不思議はない。
他所と違う点をあげるなら、ウミネコの声が店内まで聞こえる事だろうか。海に囲まれた小さな半島にあるこの街では、何時でもどこでもウミネコが鳴いている。鳥たちに浸食されていると言ってもいいくらい、本当にどこでもいる。
ちょっと移動して別の街に行けば、それが特別だとわかるが、街の人間がそれに気が付くのは大概原付の免許を取った頃だから、すっかり当たり前だと刷り込まれている。
残念ながらこの街には鉄道はもう通っておらず、バスはあるものの隣町まで行く路線は大分前に廃止になってしまったので、もっぱら自力で移動する事が求められる。
「お、今日はまだか」
馴染みの店員が声をかける。通路には女以外の姿はない。
「まだ許せるよ。早い所出してよね」
女はパチンコ台の下皿辺りを左手で優しく撫でた。銀の玉が一発ずつ弾かれていく音がはっきり聞こえ、台から発せられる音楽も軽快で子気味いい。
「コーヒー、今日は百円だよ。ほら」
店員は有無を言わさず提供した。
「今日はちょっと濃いめを目指して配合したんだが、まずいと言われてね。だから百円」
ポケットをまさぐって硬貨を渡してから、
「んー、私は好きな香りだよ」
「そうか! やっぱりあんたは違いが分かってくれる人だ!」
今にも泣きそうな店員を見かねてか、海ちゃんが画面に現れ「リーチ」と発した。
「はいはい、長くなるならまたね。これは熱いよ」
どうやら海ちゃんは女の肩を持つ様だ。
「ありがとね」
店員が言った。
「どうせまた回って来るんでしょ。待ってるから」
女は台を見たまま左手を挙げた。コーヒーを飲んでみたら、香りの通り美味かった。
あまり手入れが行き届いていない髪を後ろで束ねて、思わず鼻息が荒く出た。軽快な音楽が流れ電飾がピカピカと光る。これは当たりだと言うのが素人でもわかるくらい眩しい。
そして盤面の下方の一部がぱかっと開くと、女はそこめがけて玉を流し込む。一つ玉が入る度に何倍もの玉が台から排出される、出玉だ。一万発出たとかこの店は出ないとか言われるのはこの出玉の事で、これをどれくらい集められたかで今日の成果が決まる。
手元に出しておいたタバコは白いパッケージに黒い帯が縦に走る、奥の方からするバニラの香りが美味い物だ。左手で一本咥え、また左手で火をつける。利き手は玉を繰り出すハンドルから一ミリも離さず、絶えず出玉が飛び出すじゃらじゃらという音が場を支配している。
そうしていつもより少し気分よく、お気に入りのタバコをゆっくり吹かすのは、大当たり中にだけ許される至福の一服だ。
「なんだ、今日はもう終わりか?」
さっきコーヒを売りつけてきた店員が、景品交換カウンターで新聞を読んでいた。
「ああ、もう満足したんで」
慣れた手つきでカードを差し込んで機械を操作する。
「コーヒー、まだあるぞ?」
新聞をたたんで、店員は言った。
「じゃあ貰おうかな」
女がポケットから小銭を取り出そうとすると、
「もう金はいらねえよ」
ちょっと寂しそうだった。
「まあ、味の好みはそれぞれだから」
励ます様に言って、機械から出た幾つかの小さな箱をさっとポケットにしまった。
「あんだよ、結構出たな」
女は表情を変えず、
「この間の貯金が帰って来たのさ」
そうしてカウンターの横にあるソファーに座った。
「さっき隣に持っていったら、またマズイって言われたよ」
折角豆から挽いたのに、とつぶやいた。
「私は好きだよ。ただ万人受けしないんじゃないかな」
タバコに火をつける女。
「癖が強い物とか尖った物ってのは、売り方に工夫が必要なのよ。」
「わかっちゃいるんだが、なんともな……」
店員は寂しそうにコーヒを注いで、女へ渡した。
「この紙コップが悪いんじゃない? 凝った物には凝った物を当てる……、マグカップで出してみたら?」
紙コップに入ったコーヒーを一口飲む、やはり口に合う。
「それか、こんなお客のいないパチンコ屋なんてさっさと畳んで、喫茶店にでもすれば?」
常連からすればわかる店内の静けさ、賑わっているパチンコ屋は玉の出る音やら機械からの音声が絶えず聞こえるものだが、この店にはそれがない。ただ百台以上あるパチンコ台の存在感から、どこか人がいる気配はするのだ。
「あの台好きだったじいさんは、こないだ死んだし。よく不味いお菓子くれたばあさんも施設行ったしな。もう辞めるか」
椅子の背もたれに身を預けて、店員は両手を上げた。もうお手上げの万歳だ。閑古鳥鳴くこの店がなぜ潰れないか、それはこの店員が雇われ店長ではなくオーナー兼店長だからだ。それに、
「この間のコインランドリーって、もうやってんの?」
女が聞くと嬉しそうに、
「最近多い外国人にも対応してみたら、思いのほか回りがいいのよ」
「あそこらへんはホテルが結構あるよね」
「だろ? だからホテルにある洗濯機よりいいやつにしてみたのよ、これが結構効いてるんだわ」
そこら辺の商売に関する嗅覚もなかなか鋭い、きっとこのコーヒーが評価されないのは環境のせいだろうか。
「よかったねえ」
タバコを吹かして、コーヒーで少し乾いた口を潤す。
「あの一番でかいホテルあるだろ、あそこの支配人が言ってたんだけど、日本の客も結構増えてるらしいのよ」
「へえ、そうなのか?」
「外国の方々が日本の良い所を再発見してくれてるみたいでよ。それを見て日本人が来るんだってさ。お陰で観光地の流行りが変わったって言ってたわ」
店員は続けて、
「それに関しては、お前さんの所だって詳しいだろうよ?」
テンションの上がっている店員に対していつも通りの女は、
「まあ、ぼちぼちかな」
さらりと言って、タバコを吸う。
「あいつがもう少しやる気を出せば、今の倍は稼げるはずなんだがな」
あいつ、とは女の職場の店長だ。
「これ以上忙しくなるなら、私は今のままで十分いいよ」
「そうか? 従業員だってもっと増やせるぞ? そしたらお前さんも少し余裕が出るんじゃないか?」
店員は満足気に自分で入れたコーヒーを飲んだ。
「そんなもんかね」
「あいつも結構センスいいんだけどさ、欲がないよな。あんないい所に土地持ってて、マネジメントも出来るのにな」
あいつも、という言葉が少し引っかかった。
「でもこんな風に取り上げられたら、今更改装とか出来ないか」
「え、なにそれ」
「お前知らないの? ちと待ってな……」
店員は店の裏をガサゴソと探し始めた。
「おお、あったあった。これもんよ」
新しく取り出したタバコが半分くらい無くなった頃、店員は元気な声を上げた。
「アメリカの新聞が選んでるのよ、お宅のお土産屋を」
ぱらりと置かれた雑誌、見開きには世界で行くべきお店ベスト100とあった。
「なんでまあこんな僻地に外国の方が」
「なんせここよ、世界で最も絶景にあるお店、だとよ」
そこにはドローンで空撮したであろう上から見下ろした写真があった。
「お前がいるのにこう言ったらあれだけど、あのボロ屋をよくもまあこんなに綺麗に映せるよな」
「へえ、こんな写真あるんだ」
そこには色褪せた看板に「味がある」と評価されているではないか。
「お前、これ大分前のだぞ? 何にもしてないのか?」
女は少し考えながら、タバコを吹かす……。
「……店長が、何か作りたいって言ってたけど、忙しくてそれどこじゃなかったんだわ」
店員はがっくりして、
「折角のチャンスだって言うのに、お前らと来たら……」
「イカ焼きがいつもより売れる様になって、冷凍庫パンパンなんだよね」
「そこじゃねえだろ……」
店の奥の方から機械の声がリーチと言った。
パチンコ屋というのは大概初めての者に対して不信感を抱かせる点が多々ある。その最たる例はこの景品交換だろう。出玉は景品と交換できるのだ。楽しく遊んで、その結果が物として返って来るのだ。タバコやお酒、食べ物なんかと交換できる。
そこで問題になっているのが、「パチンコはギャンブルなのか」、これは長年日本を悩ませている由々しき問題だ。しかし一度興じて見ればそれは誠に簡単な仕組みで、パチンコで出た玉を特殊景品という金属と交換し、それをたまたま隣にある景品交換所が買い取ってくれる、という仕組み、所謂三店方式だ。
小難しい話はとりあえず置くとして、要するに景品もしくは特殊景品と交換する事が出来る。適度に遊べばこれだけ人を楽しませてくれる遊びと言うのは世界広しと言えど、中々ない事は確かだ。景品うんぬんもあれど、ただ玉の行方を追いかけるだけでこれだけ楽しいのは、やはりパチンコという遊びそのものが持つ魅力だと言える。
先程の得た特殊景品を手に、店の外にある特殊景品買取のお店に来た。駅の窓口の様にガラス越しに店員と会話をする。そして始めて来る者は大概迷うのは特殊景品を手渡しではなく間接的に渡す事だろう。
穴の中に特殊景品を置くと窓口の向こうに行ってしまう。そして特殊景品は買い取られ、現金が先程の穴からお金が渡されるのだ。
「あんた、今日は早いね」
もうすっかり顔なじみになった年配の店員がマイク越しに言った。
「こないだ負けた分返してもらって、ちょっとだけプラスになったんで今日はもう」
特殊景品を置くと、すーっと窓口の向こうに持っていかれた。
「あれか、またバイトかい?」
「うーん、まあそんな所かな」
なんだかはっきり言わない女。
「あんたはいつもそうだよ、バイトの連絡が入った時は必ず当たってる」
金額がデジタルメーターに表示され、女は小さく頷く。するとメーターに表示された金額が窓口の向こうからすーっとやって来た。
女は不思議そうに、
「そうかな?」
「私はこう見えても本業は占い師でね」
女は冷静に落ち着いて現金を茶色の長い財布に仕舞った。
「へえー、じゃあここはバイトだ」
年配の店員は楽しそうに、
「ああ、そうだとも。ここで練習をしているんだ。人相や行動から来る人の未来を占う練習をね」
女は好奇心から、
「じゃあ、私を占ってもらえます?」
と言うと、
「……そうだな、働くことが好きでじっとしているのが苦手だろう?」
「ほお」
言いながら、それなら誰でも言えるだろうと思った。
「あとは、あまり群れるのを好まない性格、だろうか」
あまりぱっとしないな、そう思って、
「まあ今度店にでも行くよ、そこで詳しく聞かせてね」
そう言って立ち去ろうとしたが、
「今度の客は二人だ」
女は去り際、ありがとうと右手を上げて見せた。
勝っている時は何も考えず、真っ直ぐ帰る事にしている。勝ち逃げだ。でもそうしないと、よくわからない雑念に身を任せてしまい、折角の勝利も無駄になる事が多々ある。だから私はさっさと車に乗り込み、自宅へ向かうのだ。
こういう時の運転は、とにかく気分がいい。たかだか数千円のプラスという事より、楽しく遊べたと言う事が大きな理由だろう。不思議な事で同じ遊びをしているのに、負けた時はもうこんな事しないと悔い改めるのに、またしばらくすると足が勝手に向かっているのだ。
中毒と言われても仕方がないかもしれない。それでも、たまにはこんな遊びでもしていないと、生活に追われるだけのつまらない日々になってしまう、そう思っている。
でも本当は、心のどこかで父の姿を追っているのかもしれない。まだ幼かった私がぼんやりと覚えているその姿は、頼もしく立派だった。母はあんな男とよく言っていたが、それでも二人が結ばれて私が産まれたのは変えられない事実だ。
海沿いの道を自宅方面に少しだけ走る。仕事終わりとは違い今はお昼、眩しい光が海を青く照らしている。時折すれ違うバイク、観光バス、キャンピングカー、自然と目が向いてしまう。きっと今この瞬間を楽しく過ごしているんだろう、そう思うと急に寂しさが襲って来る。きっとお昼をまだ食べていないからだ、そう言い聞かせて家路を少し急いだ。
さっきの占い師が言っていた様に、今日はこれからバイトだ。十六時に行くとだけ連絡して、冷蔵庫を開く。チーズや魚肉ソーセージ等のちょっとしたおつまみ、後は缶ビールが大半を占めている。いつから置いてあるか不明な調味料達が、恨めしそうに私を見ている気がした。
そうして夕方までの数時間でやる事を決める。食事を軽く済ませて、部屋の掃除をしようと思っていたが、メイクの時間を考えなければならない。それから持ち物を確認して、衣装を確認して、やる事はそれなりに多い。
それでも私には、これくらいが丁度いい。天気のいい昼下がりに何か趣味がある訳でもなければやる事もない。だからそのうちあれが不安だとか将来がどうとか考えだして、苦悩に満ちながらお酒を飲んで今日が終わる。それなら働いている方が気が紛れて楽だ。
家を出る前に、しっかりと施錠を確認する。窓、勝手口、そして金庫。
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