【短編】お嬢様が思い付いたようです

翠雨

第1話

「あら? また、いらっしゃらない……」


 思わず声が出てしまいましたが、我が主でいらっしゃるエマ様が勝手にいなくなるのは、一度や二度ではありません。


 こんなときは、だいたいキッチンにいらっしゃいます。そして、何かを企んでいらっしゃるのです。


 自然とキッチンに向かっていました。近づくといい匂いまで漂っています。


 これは、尋常ではありません。


「エマ様? ここにいらっしゃったのですね」

 難しい顔でお鍋を覗き込んでいらっしゃったエマ様が、私を見て満面の笑みを浮かべました。


 大輪の花がほころぶようで、女の私でもクラっとしてしまいます。もちろん恋愛感情はありませんとも。彼女は私の自慢のご主人様なのですから。


「ガーネさん! いい感じ? にできていますよ」


 なぜ首をかしげているのでしょうか? 思った通りのものが、できなかったのでしょうか?


「いい匂いですね」


「美味しいはずです。イリウスさんのお墨付きをもらえましたので」


 洗い物をしていた料理長が笑顔を見せる。


「今日はご馳走ですね」


 エマ様がキッチンに立たれているのだから間違いないはずです。きっと今朝、思い付いたのでしょう。


 明日が一年の始まりの日で、豊作と豊漁をお祈りしましょうとお話ししたからだと思われます。


「そうです。明日が一年の始まりってことは、お正月ってことですよね。季節は春で変な気分ですけど」


 エマ様は変な気分なのですね。私は当たり前ですけど。


 私との違いにいちいち驚いていたら、話が進みません。彼女はニポンという名前の国からきたらしいのです。


 体は元々のお嬢様のものですが、エマ様の魂が入ってしまわれたのです。


 前のお嬢様とは急なお別れでしたが、これが何も悲しくないのですよ。薄情ですか? 前のお嬢様とエマ様、両方にお仕えしている私ですから、嘘はつけません


 今の方が忙しくて大変で、心配なこともたくさんあるんですけど、それでも楽しいんです。


「それは、夕食に出るんですよね」


「本当は、この鯛ではないんですけど」


 黒っぽい大きな鯛が見えました。乾燥させた鯛を買ってきたようです。ワイン煮込みでしょうか? ふっくらと美味しそうです。


 彼女はニポンの料理を作ってくれることがあるのですが、同じ食材が手に入らないらしく、いつも少し不服そうです。


 もちろんエマ様だって同じ食材を手に入れられないことはわかっていらっしゃいます。少しだけ、ほんのすこ~しだけ表情に出ているだけなのですが。


 それですらわかってしまう私って、どれだけエマ様のことを見ているのでしょうか?


 嫌われない程度にしなければなりませんね。


「とりあえず、鯛はこのままにしておいて」


 今度は、グツグツ音を立てて煮えている鍋の中に、白い長いものをいれていらっしゃいます。


「醤油がないから、塩かな~」

 また、知らない単語を呟いていらっしゃいます。


 魂が変わってしまったことを料理長は知らないのですから、あまりにひどいと私が誤魔化さなければなりません。今回は、聞き流してくれたようです。


「そろそろかな~」

 1本取り出して食べてみて「まだだな」と繰り返していらっしゃいます。


「よし!」


 納得できるものができたようです。


 白いものをざるにあけて、水で洗っているようです。水をたくさん使う、贅沢な料理ですね。


 お皿にちょこっとずつ、ちょこっとずつ盛り付けていらっしゃいます。


 あの料理はなんでしょう?


 使用人の分もあるようです。綺麗に盛り付けた自分達の分をワゴンで運ぶようです。


「あの、私がお持ちいたします」

「えっと、ガーネさんはバサルを呼んできてください」


 ワゴンは渡してもらえませんでした。エマ様が作った料理ですし、自分でお披露目したいのでしょう。私は急いでバサル様を呼びに行きます。


 彼はエマ様がご馳走を作っていることを知っていて、待っていらっしゃったようでした。


「やっとできた!」


 ぴょんと跳ねて部屋から飛び出していかれました。


 ほとんど走っているような歩調で食堂へ向かいます。


「姉様! なに作ったんだ?」


「じゃ~ん」


 エマ様は効果音までつけて大皿の蓋を取りました。


 大きな鯛の煮物です。


「おぉ~! すげぇや」


「鯛の尾頭付き? 本当は赤い鯛でやるんですけど、これはイシダイかな? まぁ、めでタイってね~」

「・・・・?」

 エマ様も首を捻っていらっしゃるではありませんか。


「それで、これが、年越し蕎麦ならぬ、年越しうどんね~。初めて作ったら、コシがありすぎだけど」


「うぐっ。うまいぞ。ちょっと顎がつかれるけど」


 すでにバサル様は口いっぱいに頬張っていらっしゃいました。


「なんで今日がご馳走なんだ?」


「明日から新しい一年なんでしょ。年越しだよ。前夜祭みたいなものかな?」

「変なの~」

「楽しければいいの」

「そりゃそうだ」


 バサル様は簡単に納得されてしまいました。まぁ、ある意味、エマ様は平常運行。変なことを言うのは、いつも通りなのです。


 エマ様は少しだけ白ワインを飲んでいらっしゃいました。それは料理の残りでしょうか。本当に庶民的と言うかなんと言うか……。


 バサル様を寝かして、もう真夜中になってしまいました。

「えっと、時間はよくわからないけど、新しい年になったら日本では『あけましておめでとうございます』って言うんです」


 私は少し言いづらかったので、何回か練習しました。


「せーの」

「あけましておめでとうございます」


 他国の風習でしたが、これはこれで楽しいですね。







 エマ様を主人公にした小説を連載してます。


『転生したら没落寸前!? ~可愛い弟のためにも、建て直してみせます!~』


https://kakuyomu.jp/works/16818622175707085015/episodes/16818622176337116108


読んでいただけたら嬉しいです。

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