目の前であぐらをかいた広井が喉を鳴らしてビールを飲む。

 私も目の前に座って手に持った缶を傾けて、中の水分の重さを感じていた。

 広井が私の部屋に来た。

 昨日の今日で。

 結局あの女が何者なのかわからないし、聞いてもはぐらかされそうな気がする。

 でも私の胸は広井が今日訪ねてきたことで、なんというかいっぱいになってしまった。

 下を向いたまま広井の膝をつつく。

 おそらく今広井は私を見ている。

 私はなんとなくそっちを見れない。

 頭のてっぺんに感じる視線から逃げるように広井がいる方にずりずりと移動するとすぐに頭が肩にぶつかる。

「うー……」

 詰まった胸から溢れる何かを抑えられずに頭をこすりつけると広井が私の頭をポンポンとたたいた。

「どうしたの」

「ちょっかいかけたいだけ」

 言いながら頭を広井の肩に預けると、首元に新しい小さな傷が見えた。

 私が昨日つけたのだ。

 今とは違う感情が溢れ出して抑えられずに。

「痛い?」

 赤い傷を指でそっと触れながら聞くと「もう痛くないよ」と優しい声が降ってきて、髪を撫でてくれる。

 指を離して顔を近づけ、そこに口付ける。

 二回、三回と繰り返し、舌を押し付けるとかさぶたになりかけているのか、そこだけ触れた感触が違う。

 傷が癒えるようにと願いながら、舌を這わせる。

「ありさわ……」

 この傷をつけたときも広井は私を呼んだ。

 あの時と違って、痛みに耐える苦悶の声ではない。

 その声でもっと私を呼んで欲しい。

 広井の金髪をかきあげ、口づけを上へと移動していくと首から耳へと辿り着く。

 耳たぶにリズムを刻むように何度も軽く歯を立てて挟むと背中に腕が回され、しがみつかれる。

 耳の形を舌でなぞると回された腕に力が込められるので、私も広井の両肩を掴む手に力が入る。

「広井、きもちいい?」

 無防備に晒された耳に囁くように尋ねると、ゆっくりと頷いて応えてくれた。

 かわいい。

 そっと舌を耳にさし入れる。

「んっ……」

 広井の身体から力が一気に抜け、ゆっくりと畳の上に倒れ込むので追いかけるように覆い被る。

 さっきは見れなかった広井の顔を見る。

 いつも気怠げな広井が呼吸を浅くして私を見ている。

 広井の頬に触れると一瞬目を逸らされるが、すぐに私を見上げてくる。

 そんな広井の目が私を吸い込むような錯覚を覚えた。

 広井から出た引力が私を引っ張り、逆らえない。

 ゆっくりと私の視界で近づいた広井の目が閉じたとき、私たちの距離はゼロになった。

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