「有沢さん、この間迎えに来てた人ってお姉さん?」

 仕事中にそんなことを聞かれる。

「友達です」

 ふむ。

 広井と私だと広井が姉に見えるのか。

 あのちゃらんぽらん代表みたいな広井が姉だと苦労しそうだ。

 まぁそもそも友達がバイト終わりに迎えに来るなんて普通じゃないのかもしれない。

 あの日、広井は予告通り私を迎えに来た。

 しかもシラフで。

 それから何度かバイトには出勤したけど、広井が迎えに来たのはその日だけだ。

 何をするにも気まぐれだから、あまり意味はないのだろう。

「お疲れ様です」

 更衣室で着替えて家路を歩く。

 途中、コンビニでビールを買う。

 夕飯は賄いが出るから買わなくてすむけど、少し飲んでから寝たい。

 帰ってきた音を聞きつけて広井が来るかもしれないので一本余分に買っておく。

 三月に入ったばかりの夜はまだまだ寒く、モッズコートのポケットに手を突っ込んで身を縮こませて足早に帰る。

 緩やかな登り坂の先、自宅のボロ下宿が見えてきたところで一台の乗用車が止まっているのが目に入る。

 車の脇には人影が二つ。

 背の高い眼鏡をかけた髪の長い女と……。

「広井……?」

 見知らぬ女と下宿の前で何か話しているのはいつものスカジャンを羽織った広井だった。

 私はその場で立ち止まってその様子を見てしまう。

 女は二言三言何か言うと、右手で広井の手を取る。

 ふむ。

 女はまた何かを言うと車に乗り込み去っていった。

 広井は車が走り去る方角をしっかり見るでもなく、横目で見送っている。

 ふむ。

 ふむふむふむ。

 広井が共同玄関に歩き出そうと身体を反転させたタイミングで金縛りから解けたように私の足が前に出る。

 早足で歩きながら自然と声が出る。

「広井」

 呼ばれた広井はすぐに私の声に反応してこちらへ振り返った。

「有沢、おかえっ……」

 言い終わる前に私は広井の腕を引いて共同玄関に入る。

 そのまま階段を上がり、空いている方の手で自室の鍵を出し扉を開ける。

 そのまま部屋の中へ身体を身体を滑り込ませ、広井も引っ張り込んだ。

「有沢…?」

 玄関で困惑の声を出す広井の方へ振り返り、閉まったドアへと身体を押しつける。

 スカジャンの首元を鎖骨の辺りから手を滑り込ませて引き、露出した広井の首に歯を立てる。

「……っ……ありさわっ……」

 痛みに反応した広井の声が頭の上から聞こえるが無視して歯に力を込める。

 二人でそのまま玄関にずるずると座り込むが噛みついた箇所は離さない。

 広井が私の脇に手を回し、コートを引っ張る。

 力を込めた噛みつきから解放して見ると、そこには小さく血が滲んでいた。

 小さな赤い血溜まりに舌を押し当てる。

 傷口を舐め上げると広井の身体が一瞬びくりと震える。

 鉄の味が口の中に広がる。

 舌先で傷口を何度も何度も拭う。

 やがて血の味がしなくなったとき、私はようやく広井から顔を離す。

 何か口に出す前に立たせて、背後のドアノブを回して開け、外へと押し出す。

 広井の身体が完全に外に出たのを確認してすぐさまドアを閉め、鍵を回す。

 薄いドアの向こうで広井が何か言ったかも知れないが、聞こえなかったフリをして振り返ると、コートを適当に床に落とし、敷きっぱなしのままの布団に潜り込んだ。

 

 

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