広井と有沢
けりまる
コンビニ
壁に掛けてあるモッズコートを羽織る。
それだけで私の支度は終わる。
1kの小さな部屋から出て鍵をかける。
きちんと鍵がかかっていることを確認すると、すぐさま横にスライドして隣人のドアを叩く。
「広井ー、コンビニ行こうぜー」
返事はない。おそらく寝ている。
さっきまで部屋の薄い壁の向こうから寝息とイビキの合いの子のような声が聞こえてきていたから。
預かっている合鍵を使って中に入る。
自分の家と同じ間取りの狭い廊下の先の部屋に、広井のケツが転がっているのが見える。
「パンツで寝てると風邪引くぞ」と転がったケツを軽く蹴り飛ばすと、ぼんやりと覚醒した広井が目を開けてこちらを見たのでコンビニ行こうぜと改めて誘いをかける。
「寝てたのに」
広井は随分と染め直しておらず、すっかりプリンになって肩まで伸びた金髪をガシガシと掻きながら立ち上がり、その辺に積んであった服の塊からスウェットパンツを見つけて適当に履いた。
「今日はバイトないから暇なんだよ。散歩がてら付き合ってくれよ」
「肉まん買ってくれるなら行こうかな」
「奢っちゃる奢っちゃる」
食べ物をぶら下げれば大概の要求は通るので広井は楽だ。
同じフリーターでも一つの店でずっとバイトし続けてる私と違って、こいつは色んなところを短期間で転々としている。
そんな社会不適合者がスカジャンを床から拾い上げて羽織り、「じゃ行こうか」とだるそうな顔をして言う。
広井はそもそもだるそうな顔がニュートラルなので別にでかけるのがだるいわけではない。
連れ立って家の玄関から出て、広井はそのまま階段を降りて一階の共同玄関へ行こうとするので慌てて声をかける。
「鍵閉めなくていいのか」
「なんも盗るものがない」
曲がりなりにも女の一人暮らしにおける防犯意識がそこまで低くていいのか。
……まぁ広井の家の盗めそうなもので一番価値がありそうなのは未開封の日本酒の瓶くらいだろうか。
それも今日の夜には開けられてしまうかもしれないから、心の中で「泥棒さん、盗るなら今日ですよ」と忠告しておく。
二月の寒空の下、コンビニまでのそう長くない道を並んで歩く。
隣で縁石に乗ってフラフラと歩く広井を見る。
こいつの顔は綺麗な二重で鼻筋も通っているし、まぁ整っている分類にあたるのだろう。
が、三白眼で目つきは悪く見えるし、ケアをしないのでよく見ると唇は荒れている。
初見でこいつを見た時、実は美人だという点に気付くやつは少ないと思う。
「どした?」
「なんでもない」
美人だと思っていた、なんて知られるのも癪なので適当にごまかす。
去年諸事情で金がなくなり、それまで住んでいた賃貸マンションから引っ越した先の家賃二万八千円のボロ下宿の隣の部屋の住人が偶然高校の同級生だったこいつで、三年ぶりに再会した。
初めの頃は元の暮らしに戻らなければと色々と息巻いていたけれど、こいつと過ごすうちに元の暮らしに戻った先にあるものに興味を失った。
今は隣で便所サンダルの底をカランカランと鳴らしながら歩くこいつより少しだけマシな生活をするくらいがちょうどよくて心地いい。
「お菓子も買いたい」
広井が前を向いたまま、真顔でそんなことを言う。
「一つだけ買ってやるよ。ただしこないだみたいにアソートパックのでかい袋を抱えてくるのは無しな」
「弁えた」
そう言ってヘラと笑ってこっちに振り返ってくる。
本当にわかってんのかこいつ。
ほどなくして家から一番近いコンビニに着くと広井はさっさとお菓子コーナーに消えた。
カゴを手に取り、適当に雑誌コーナーを一瞥してアルコールの棚から缶ビールを何本か放り込む。
つまみも適当に選んでいると広井がポテトチップスの袋を放り込んでカゴを覗き込む。
「有沢ぁ、昼間から飲むんか?」
「そ、今日はこんな昼間から飲んじゃう」
「……じゃあうちで飲めば」
私と目を合わせずにそっぽを向いたまま、そんなことを言う。
「そうしよっかな」
……ふむ。まぁ最初からそのつもりだったが、改めてお誘いを受けてしまうとなんだか肘のあたりがソワソワとする。
見ると広井はプリンもカゴに入れようとしてきていたので「一つって言っただろ」と釘を刺す。
それでもヘラヘラ笑いながら「有沢の分も買うから」とプリンを二個カゴに入れてくるが、金を出すのは私だ。
自分で買えと嗜めても、そもそもこいつは財布を持ってきていないし、寝ていたところを連れ出したのも私だからこれくらいは目を瞑ることにする。
レジで広井の肉まんを会計に追加した。
ビール缶でそれなりに重いビニール袋を持って店を出る。
帰り道、広井は縁石に乗らなかったが公園に寄りたいと言ってブランコを少し漕いだ。
揺れに合わせてなびくプリン髪を見ながら、私はまた広井は綺麗だと思った。
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