甘やかされたい先輩と甘やかしたい後輩
十坂すい
第1話 晴芽先輩は甘やかされたい
(よし、今日の授業もこれで終わり……っと)
シャーペンの芯を机に当ててひっこめて、
5、4、3、2、1……
キーンコーンカーンコーン
秒針が12を指すのと同時に、教室にチャイムの音が鳴り響いた。
日直の声に合わせて礼をして、今日最後の授業が終わる。
(今日もお疲れ様、私)
自分で自分を労いながら伸びをする晴芽。
机の上に広がった教科書類を片付ける……と、廊下からドタバタと誰かが走ってくる音が聞こえる。
「はーーーるーーーめーーーせぇぇぇんぱぁぁぁい!!!」
姿は見えないのに大声だけが聞こえてくる。
クラスメイトはこの様子にもう慣れてしまったようで、初期の頃のざわつきが起きることはない。
(あの子だな……)
小さくため息をついて教室の扉の方に目をやる。
晴芽の名前を連呼して、サイドテールをぴょこぴょこ揺らしながら教室に入ってくるのは晴芽の後輩、
彼女は晴芽のルームメイトであり、恋人だ。
(ゆあ……今日も癒される……可愛い)
先のため息はどこへ行ったのか。元気なゆあを見て思わず口元が緩む。
恋人を見るだけで癒されるのはどのカップルでもあることなのではないだろうか。
(……じゃなくて。いかん、ここは先輩として注意するところだ。ゆあの可愛さに流されるな私!)
蕩けるような表情を一瞬で切り替えて、晴芽は手を腰に当てる。
一応これでも先輩なのだ。後輩を注意する責任がある。
「こら。廊下は走らないって言ってるでしょ。まだ放課後じゃないんだよ?ホームルーム終わっていないじゃない。しかもこの速度、チャイム鳴ってからダッシュで来たよね?」
「だめでしたか……?」
ゆあは10cmほど上を、きゅるんとした目で見上げる。
(……ああずっとこの目に見られてよしよしされたい)
気を抜けばまた蕩けるような表情をして、でもすぐに切り替えて晴芽は言う。
「だーめ。もうすぐホームルーム始まっちゃうんだから教室に戻りな」
「え〜もうちょっと先輩と一緒にいたいです……」
「う゛」
晴芽の喉から変な声が出る。
本当は今すぐにでも2人きりになってゆあに癒されたかった。
けれど晴芽は真面目でしっかり者だ。心を鬼にする。
「そんなに可愛いこと言ってもだめなものはだめなの。ほら、教室に戻る!また寮で会えるでしょ」
「いやだぁぁ」
嫌がるゆあを強引に教室から追い出し、教室の扉を閉める。
あまりに非情な自分の行動に晴芽は泣きたくなった。
(神よ……愛しのゆあをあんなふうに扱ってしまったこと、どうかお許しください……)
扉に手をかけたまま晴芽は思う。
自分だってあんなふうにしたくなかったんだ、あのまま一緒にホームルームの時間を一緒に過ごしてもよかったんだ、と。
「蒼野さん、彼女にもしっかり者なんだね」
「ね!公私混同しないってかっこいい!」
クラスメイトが口々に言う。
(そんなんじゃない、私はそんな立派な人間では……!)
でも。
「ま、まぁ、ね。みんなの邪魔にもなっちゃうかなって……あ、あはは」
クラスメイトが、おお〜!と感嘆する。
人前ではどうしても取り繕ってしまう。それが蒼野晴芽の生態だった。
(こんなんじゃ言えないよ……。本当は愛しのゆあにめちゃめちゃに甘やかされたい、なんて)
しっかり者でいてしまう晴芽は、この悩みを友人にも、ゆあ本人にも言えずにいた。
毎日、寮の自室で今日も頑張ったねってよしよしされたいし、えらいえらいって抱きしめられたいのに、晴芽の生態がそれを邪魔する。
可愛い癒しの存在のゆあを甘やかすのもいいけれど、自分だって彼女に甘やかされたいのに。
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