My Botsu
SB亭moya
ゴリラがバナナをくれた日(お題、未知)
『ゴリラがバナナをくれた日』
薄暗い山間を駆けてゆく特急電車。
僕は、チケットと座席表と自席を順々に眺めては、「あんぐり」と口を開いて固まってしまった。
指定席なのだが、隣の席にゴリラが座っている。
ゴリラに見える人間なのか? と一瞬思いはした。すぐに考え直した。そういうレベルでゴリラなのではない。
『ちゃんとした』ゴリラだった。
ちゃんとしたゴリラは、人間のスーツを着て、メガネをかけ、新聞を読んでいる。
ゴリラは、こちらに気がつくと、「どうぞ」と自らの足を狭めて僕に席に着くことを促した。
それは実にゴリラ的な、ゴリラが喋りそうな声だった。
戸惑いながら僕は座った。
ゴリラの匂いがする。いや正確にいうと、ゴリラの匂いと、オーデコロンの匂いが混ざった独特の匂いだ。
ゴリラの隣の席になる。当然、未知の体験だ。
なんだか落ち着かないでいると、気を効かさせてくれたのか、ゴリラの方から話しかけてくれた。
「なんで自分の席の隣にゴリラが? と言いたげな顔だな」
……あ、自分の事はゴリラって認識してるんすね。という言葉を僕は飲み込んだ。
「逆に聞くが、隣の席にゴリラが座っていて、何か不都合なことがあるのかね」
「ない……ですね」
「いいや。私が突然暴れ出して、君のバナナを奪うかもしれない。危機管理能力は持ちたまえ」
……なんだこいつ。ゴリラに説教をされた。未知のことだ。
なんとなくゴリラが読んでいる新聞に目を通してみる。
そこには、全く何語かわからない言語が書いてあった。未知の新聞だ。
「なるほど……」
真面目な顔をしながらゴリラが声を出す。
「東京五輪は、無事に終わったんだな」
…… ……
……は!? いつの情報それ!?
「ご覧。もうすぐ岩手県だ。住民の半分が、イワンギャーと呼ばれる岩でできた人種で……」
「あ、あの、ゴリラさん」
「やめてくれたまえよ『ゴリラさん』だなんて。私にも名前がある」
「はあ……」
「…… ……」
……って教えてくれないんかい!!
僕は、たった今自分が何を言いたいかも忘れた。未知の出来事だ。
すると、ゴリラはゆっくりと口を開いた。
「ミッチャン・ミチミチ・ウンチ」
「…… ……はあ?」
「私の名だ」
僕は席を立った。
「待て待て待て待て。
君の言いたいことはわかる。君たちの言語では、卑猥な言葉なのだろう。だが、私の国の言葉では、実に由緒正しい素敵な意味を持つんだ。
それも、二つも意味を持っている」
「はあ」
「一つは、『竹のようにしなやかに、強い風が吹いても折れない心を持つ者』という意味だ。
……もう一つは。『みっちゃんが道端でうんちした』という意味だ」
僕は席を立った。
「待て待て待て待て。後半のは冗談だ」
「どこの国の言葉なんですか!」
「それは聞かない約束だろう!!」
ゴリラに怒られた。未知の体験だ。あと、いつそんな約束を交わした。
「だいぶ我々の距離も縮まったと思わないか」
「そうですかねえ」
「ああ。名刺を投げ渡すくらいの関係性だ」
……わかんねえ。未知の例えだ。
「そろそろ、お互いの職業の話をしないか」
「はあ。……自分、車のセールスやってます」
「そうか……」
…… …… ……
…… ……
あんたは喋んねえのかよ!!
いや、聞いて欲しいのか!?
「みっちゃんは?」
「やめてくれ『みっちゃん』なんて。『ミッチー』でいい」
「ええじゃあミッチーは」
「…… ……カイギョウイだ」
……開業医!? 開業医って言ったか今!?
「お医者さんなんですか?」
「ああ。貝と魚専門のな」
…… カイギョ医だったかー!!
……知らねえ。未知の職業だ。
「というのは冗談だ。ゴリランジョークウホホホホホ」
未知の笑い方だ。はらたつ。
「本当は?」
「プロレスラーだ」
そっちも嘘だろ。
何から何までわからんゴリラだ。
「食べるかね」
しばらく沈黙が続いた後、ゴリラがバナナを渡してくれた。
「え、いいんですか?」
「バナナを奢るほどの関係性だ」
「ありがとうございます」
受け取ると、それはプラスチックのおもちゃだった。
なんでこんなことをするんだろう……? 本当に、未知のゴリラだ。
未知のゴリラと、未知の会話をしている。
未知の体験だ。
列車は走る。たくさんの未知を乗せて。
目指すは仙台。みちのく。
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