第十話 鉄と肉の墓標
施設の中は、死の静寂に包まれていた。
非常灯の赤い明かりだけが、無機質な廊下を照らしている。床には乾いた血痕と、何かを引きずったような黒い跡が奥へと続いていた。
「……ひでえ臭いだ」
鼻をつくのは、腐敗臭と薬品の混じった吐き気を催す臭気だ。
俺たちは警戒しながら最深部を目指した。
「レン。この先が動力炉心(リアクター)。核バッテリーの反応あり」
「了解。罠に気をつけろよ」
厚さ五十センチはある防爆扉を、ナインがハッキングで強引に開ける。
プシューッ、と空気が抜ける音と共に扉が開くと、そこは巨大な円形のホールになっていた。
中央に鎮座するのは、青白い光を放つ円柱状のユニット。
間違いない。あれが『核バッテリー』だ。
「よし、当たりだ。ナイン、回収手順を――」
俺が駆け寄ろうとした、その時だった。
「……あ、あァ……」
ホールの天井付近、太い配管の影から、呻き声のような音が降ってきた。
俺は足を止め、ネイルガンを頭上に向けた。
「誰だ!」
「……イタイ……コロ、シテ……」
ドサッ!!
黒い肉塊が、俺たちの目の前に落下してきた。
俺は息を呑み、後ずさる。
それは、かつて人間だった「何か」だった。
上半身は筋肉が異常に肥大化した男だが、腰から下は多脚戦車のキャタピラと融合している。
右腕は巨大なチェーンソーに置換され、背中からは数本の機械アームが蜘蛛の足のように生えていた。
乃乃重工の人体実験の成れの果て。機械と人間の融合体(キメラ)だ。
「……ウゥッ、アアアア!!」
男の顔――半分が金属プレートで覆われた顔が歪み、絶叫した。
その瞳は濁りきっているが、確かに涙が流れていた。
「レン。対象、暴走状態(バーサーク)。識別コード『被験体・零(ゼロ)』。推奨、即時排除」
ナインが冷徹に告げる。
だが、俺の指はトリガーに掛かったまま震えていた。
こいつも、俺たちと同じスラムの住人だったのかもしれない。ただ生きるために身体を売り、こんな姿にされたのか?
「……クソッ!」
俺が迷っている間に、キメラのキャタピラが唸りを上げた。
速い!
重量級の巨体が、信じられない速度で滑るように迫ってくる。
「レン、回避!」
ナインに突き飛ばされ、俺は床を転がった。
直後、俺が立っていた場所にチェーンソーが振り下ろされ、コンクリートをバターのように切り裂いた。
ギャギギギギッ!!
凄まじい火花と轟音。
「殺してくれって言いながら、本気で殺しに来んじゃねえよ!」
俺はネイルガンを連射した。
だが、硬化した皮膚と鋼鉄の装甲には弾かれる。五寸釘程度じゃ足止めにもならない。
「……ウガァァッ!」
キメラが背中の機械アームを伸ばし、俺の足を薙ぎ払おうとする。
俺はパイルバンカーを盾にして受け止めたが、衝撃で身体ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
「レン!」
ナインが割って入る。彼女は素手でキメラのチェーンソーを受け止めようとしたが、出力差がありすぎる。
火花を散らしながら、ナインの足が地面を削り、後退していく。
「警告。出力負け。装甲破損率、20%上昇……!」
「どけ、ナイン!」
俺は血を吐きながら立ち上がった。
あいつを助けなきゃいけない。迷っている暇はない。
こいつを救う方法は一つだけだ。――楽にしてやること。
「ナイン! リンクだ! 最大出力で頼む!」
「了解。……でも、レンの身体が保たない」
「構わねえ! こいつと同じ地獄には落ちねえよ!」
俺の叫びに、ナインが覚悟を決めたように瞳を光らせた。
「リンク接続(アクセス)。リミッター、完全解除(フルバースト)」
ドクンッ!!
脳髄が沸騰する感覚。
視界が赤く染まり、キメラの身体に無数の「構造的弱点」が光って見えた。
心臓部。あそこだ。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
俺は吼えた。全身の筋肉が断裂する音を聞きながら、ブースターを点火して突っ込む。
キメラも反応し、チェーンソーを振り上げる。
相打ち覚悟の特攻。
――いや、違う。
チェーンソーが振り下ろされる直前、ナインがキメラのキャタピラに鉄骨を突き刺し、動きを止めていた。
一瞬の隙。
俺はキメラの懐に潜り込み、パイルバンカーの杭を、その剥き出しの心臓へ押し当てた。
「……あ……」
男の濁った瞳と、俺の目が合った。
恐怖か、それとも安堵か。
俺は歯を食いしばり、トリガーを引いた。
「眠りな!!」
ズガァァァァァァンッ!!
杭が肉と機械を貫き、背中まで突き抜けた。
衝撃波がキメラの巨体を吹き飛ばし、ホール全体を震わせた。
轟音が止み、静寂が戻った。
キメラだったモノは、もはや動かない肉塊となって沈黙していた。
俺はその場に膝をつき、荒い息を吐いた。
左腕の感覚がない。また寿命を削っちまったな。
「……レン、生存確認。バイタル、危険域だが安定」
ナインが駆け寄ってくる。彼女の服もボロボロだったが、怪我はないようだ。
俺は震える手で、キメラの亡骸に向かって手を合わせた。
「……悪かったな。せめて安らかにな」
「レン。彼は、敵だった。なぜ謝罪する?」
ナインが不思議そうに問う。
俺は自分の義手を見つめながら答えた。
「紙一重なんだよ。俺も、力を求めて身体を機械に変えてる。一歩間違えれば、俺もああなってたかもしれない」
恐怖はある。
だが、それでも進むと決めた。
「行こうぜ。こいつの死を無駄にしないためにもな」
俺たちは沈黙の中で『核バッテリー』を回収した。
ずっしりと重いその輝きは、俺たちの未来を照らす光であり、同時に破滅へのカウントダウンのようにも見えた。
だが、今は振り返らない。
翼を手に入れるための鍵は、揃ったのだから。
プールアイランド Nenui @Nenui_moz
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