説明するほどのことでもないエッセイ
白石恒一
第1話 ワインとチーズと雑煮と女優
俺は昔から、派手な女優が苦手だった。
声を張って、感情を前に出して、「分かってほしい」と迫ってくる人を見ると、どうしても居心地が悪くなる。
大原麗子が好きだった。
理由を聞かれると、うまく説明できない。
美人だから、と言うには軽いし、色気があるから、と言うのも違う。そもそも、彼女に向かって「好き」という言葉を使うこと自体、少し乱暴な気がする。
大原麗子は、そこにいるだけで空気の温度を下げる人だった。
怒っていても、泣いていても、喜んでいても、感情が前に出てこない。感情は彼女の後ろに控えていて、必要な分だけ、そっと顔を出す。こちらに何かを要求することは、決してなかった。
声が低くて、柔らかくて、少し掠れている。
大きなことを言わないし、正しさも振りかざさない。
なのに、見ているこちらが勝手に気を遣い、勝手に大切にしたくなる。
あれは才能というより、たぶん、生き方だ。
酒を飲んでいると、たまに思う。
もし隣に大原麗子が座っていたら、会話はきっと弾かない。沈黙のほうが多いだろう。
でも、その沈黙が苦にならない相手こそ、大人になってから本当に価値がある。
彼女は、人生を変えてくれたり、救ってくれたりはしない。
ただ、「無理をしなくていい時間」を、一瞬だけ置いていく。
俺が大原麗子を好きだったのは、たぶん、それだけの理由だ。
何もしてくれない。
何も求めてこない。
それでも、そこにいてほしいと思わせる。
女優というより、空気に近い存在だった。
グラスの底に残ったワインを飲み干して、テレビを消す。
冷蔵庫を開けると、取引先の誰かにもらったフリーズドライの雑煮が入っている。
常温でいいはずなのに、なんとなく冷蔵庫に入れてある。昭和の癖だ。
正月用に買った、少し上等なチーズの残りもある。 包み紙を戻すのが面倒で、皿にのせたままになっている。
名前も産地も、もう覚えていない。
明日も、たぶん同じような一日だ。
それでいい。
大原麗子が好きだった。
その事実だけが、 ワインとチーズと、冷蔵庫の奥の雑煮みたいに、静かに残ってる。
説明するほどのことでもないエッセイ 白石恒一 @chghagu666
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